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ここは恋文専門郵便局 ーあなたの恋、届けます。ー  作者: 藤原ゆう
2.秘密の恋、届けます。
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1.王女への恋文

このところ、恋文配達の依頼がない。


先日の失敗を取り戻す機会がないまま、コトハは洗濯や掃除に精を出していた。


コトハは庭掃除の途中に箒を持ったまま、ぼんやり突っ立っている。


(はあ。依頼がないのって、わたしのせいなんじゃないだろうか……)


そのことが頭から離れてくれないのだ。


あれから主さまがどのように解決してくれたのか、主さまから詳しい説明がないのも、コトハを不安にさせる要因だった。


話す機会はいくらでもあるのだ。食事の時は毎回顔を合わせるのだし。


主さまに教える気がないとしか思えなかった。


(よっぽど、わたしって頼りにされてないんだわ……)


あんな失敗をした以上、仕方ないとは思うけれど。


それでも、もう少しフォローがあってもいいんじゃないかと思ってしまう。


(わたし、ここにいる意味あるのかな)


今までここで働いた人は、きっともっと要領良く仕事をこなしていたに違いない。


はあと溜め息を吐いて、思い出したように箒を持つ手を動かし始めた。


広い庭をあらかた掃いてしまうと、そろそろお茶の時間かという頃になっていた。


食事は主さまが手際良く作ってくれるけど、女の子だもの。せめてお茶くらいは淹れなきゃと、コトハはお茶の用意は担当していた。


箒を片付け、中に入ろうとした時、街道を通る馬車の音がして、何気なくそちらを見た。


馬車が通るのは珍しいことではない。

真っ直ぐに王都へと続く街道だから、むしろよく通る。


この馬車も王都へ向かうのだろうと、コトハはさして気にもせず、入り口の扉に手をかけた。


すると馬車の音が、通り過ぎることなく、彼女の背後で止まったのだ。

(あれ?)と思って振り向くと、庭の端に馬車が止まっていた。


そして中から、一人の男性が降りて来た。


彼は入り口で佇むコトハに気付くと、軽く会釈した。


コトハもつられて会釈する。


とても上品な男性だった。

若そうだけれど、浮ついた感じはなく、地に足が付いているような、落ち着いた雰囲気だった。


彼はコトハの前まで来ると、被っていた帽子を取った。

羽付きの、豪華な帽子。


そして、マントも取って、片手に抱える。


「こちらが、恋文を届けてくれるという郵便局ですか?」


「は、はい。そうです」


依頼人だ。


仕事だ。


コトハはたった今目が覚めたように、きびきび動き始めた。


男性を中に招き入れ、カウンター前の椅子に座らせたところで、主さまを呼びに行った。


また書き物をしている最中だった主さまは手を止めると、コトハにお茶を淹れるように指示して部屋を出て行った。








カウンター越しの二人は、なんだかとても深刻そうだった。


コトハは遠慮がちにカップを置くと、お盆を持ったまま壁際に控えた。


上品な男性は、光の加減もあるのか、先程よりもやつれて見える。


主さまはいつもの通りのようにも思えるけど、それでも幾分表情が厳しくなっているように思えた。


(どんな依頼だったんだろう)


コトハは緊張してきて、お盆を持つ手に力を込めた。


「おい」


その時主さまがコトハを呼んだ。


「は、はい!」


いきなりなことで驚いて、声が上ずってしまった。


「こちらは、今回の依頼主のモンティーノ卿だ。これが、その恋文。きっちりかっちり配達して来い」


「え?」


声を上げたのは、そのモンティーノ卿だった。


「何か?」


「あの、失礼だが……あなたではなく、こちらのお嬢さんが届けてくれるのですか?」


それは、至極当然な質問だった。


(わたしだって、わたしよりは主さまに配達してもらいたいって思うわよ。絶対)


「これが、うちの配達員ですから。ご心配なく。きっと、あなたの恋文をお相手に」


「はあ」


モンティーノ卿はまだ不安そうに、コトハと主さまを見比べている。


「あ、あの、それで、どなたに配達すればいいんですか?」


モンティーノ卿は一瞬言い淀んだが、すぐに顔を上げ、


「王女さまに」


と思いの外はっきりとした口調で言った。


「王女さま?」


王女さまと言えば、あれだ。王さまの娘だ。


「え?ええ!?王女さまあ?」


コトハはひっくり返るくらいに驚いた。


まさか、まさか、王女さまに配達するの?


「落ち着け」


主さまの鋭い声が飛ぶ。


「王女だろうとなんだろうと、お前がすることはただ一つ。恋文を無事に届けることだけだ。しっかりしろ」


「それは、そうですけど……」


あまりにハードルが高い気がするのは、コトハだけなのだろうか。


いや。やはりモンティーノ卿は不安なようだった。


「無理でしたら、いいのです。所詮叶わぬ恋ですから。私も諦めがつきます」


きっと、モンティーノ卿は悩みに悩んで、ここを訪れたのだろう。


コトハの胸がキュッと痛んだ。


(わたし、仕事頑張るって、この前誓ったばかりじゃない)


不可能に思えるからと、やる前から無理だと諦めてしまいたくない。


やるだけやってみよう。


コトハはモンティーノ卿に近付いた。


「わたし、王女さまに必ず恋文届けます。だから、モンティーノ卿も諦めずに待ってて下さいね」


「……いいんですか?」


「はい。わたし、頑張ります」


拳を握り締めるコトハを、モンティーノ卿はあまり期待していないような目で見ていた。








モンティーノ卿が帰ったあと、主さまは細かな指示をコトハに出していた。


居間のテーブルに地図やら書類やらを広げ、いつもよりも念入りに、コトハに説明する。


それは、やはり届け先が王女だからだろう。


「王城の警備は固い。それをどう突破するかは、お前の運と度胸次第だ」


あっさりと言われ、コトハは愕然とした。


「……どっちもなかったら、どうしたら?」


恐る恐る尋ねると、主さまはにやりと笑った。


「荷物まとめて、さっさと元の世界に帰るんだな」


(うわーん。冷たあい)


もうちょっと、ここにいたい。


それが、コトハの正直な気持ちなのだから。


それを知っていてそんなことを言っているなら、主さまはよっぽど意地悪だ。


コトハはシュンと項垂れたが、主さまの次の言葉で一気に立ち直った。


「まあ、今回は特殊なケースだ。俺もサポートしてやる」


「え、本当ですか?」


「あくまでもサポートだからな。直接手は下さないぞ」


念を押すように言われ、コトハはこくこくと首を縦に振った。


「はい。それでも、主さまにサポートしてもらえてると思うだけで安心です」


「じゃあ、この恋文。きっちりかっちり配達して来い」


いざ、王城へ。


コトハの小さな胸は、不安と緊張でいっぱいになっていた。





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