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ここは恋文専門郵便局 ーあなたの恋、届けます。ー  作者: 藤原ゆう
1.異世界で郵便屋さんになりました。
5/42

5.失敗は成功の……?

デコン通りを駈けていると、徐々に目的の住所が近付いてくる。


コトハは足を緩め、肩で息を吐きながら歩きだした。


……18、19、20。

そして辿り着いた21番地は、こじんまりとして、小綺麗な住宅だった。


「アウル。ありがとう」


きょろきょろと辺りを見回し、身を隠せる所を探す。


その辺りには陰と言えば植え込みしかなく、コトハは仕方なく、茂みの中にゴソゴソ入って行った。


チュニックを脱いで、下着だけになり、巻いていた布を解く。

そして急いでチュニックを着直すと、布から封筒を取り出した。


「え……」


コトハの顔から、さっと血の気が引いた。


「なんで……」


いや。よく考えれば分かりそうなものなのだ。


体に巻き付けていれば、汗をかくし、動きに合わせて折り目が付く。


何処かの誰かの大切な恋文。


それが、よれよれのぐしょぐしょになっていた。


「なんで……」


それしか言えないコトハ。


いつもは手に持って配達に行っていたのに、今日はどういう訳か、この方が安全じゃないかと思い立ってしまった。


布で巻きつけている間は、(わたし、ナイスアイデーア)なんて得意になっていたのに……。


良かれと思ってした結果がこれだとは。


どうのくらいの時間、そこで茫然自失していたのか。


「コトハ?」


後ろから遠慮がちに声が掛けられた。


ハッと我に返り、振り返れば、そこにはアウルがいた。


「あんまり帰って来ないから心配になっちゃってさ。そこで、何してんの?」


「アウル……」


ぶわっと涙が溢れ出た。


「わっ。コトハ、どうしたんだよ!?」


アウルの顔を見て思わず気が緩んでしまったけれど、詳細を話すわけにはいかなかったと、このギリギリの状態で思い出した。


「ううん。ごめん。ちょっと、自分の馬鹿さ加減が嫌になっちゃって……」


コトハはぱたぱたと砂埃を払って立ち上がると、茂みから出て、デコン通りを元に戻ろうとした。


「ちょっと待てよ。目的の家には行けたのかよ」


またアウルに引きとめられた。


「帰らなきゃ」


「え?」


「主さまに怒られちゃう。アウルさん、本当にいろいろありがとう」


「……そんな顔して笑う奴を、放っとけるかよ」


少し怒ったように言って、アウルはコトハの腕を掴んだまま歩き出した。


「ア、アウルさん!?」


「何があったか言えないなら、それでもいいけど。俺もその主さまとかの所に一緒に行ってやるよ」


「い、いいよ!これは、わたしの問題で」


「泣きそうな顔して、笑うなって言ってんだ」


「……」


「その場にいて欲しくないなら、外ででも待ってるよ。けど、誰かが寄り添ってくれてると思うだけで、元気になれるだろ?」


「……」


「わ。なんで、また泣くんだよ」


「だって……」


アウルって、誰かに似ている。


コトハは頭を撫で撫でされながら考えていた。


(そうだ。須賀くんに似てるんだわ)


心底優しい所とか。世話焼きな所とか。


ついつい頼りにしてしまう。


(頼ってばかりじゃいけないのに。でも、今は一人じゃ主さまのとこに帰れない気がするよ)


アウルがこうして手を引っ張ってくれなければ。


もしかすると、コトハはまた逃げ出していたかもしれない。


主さまの怒った顔を想像するだけで身が竦むのだから。


だからコトハは、アウルに甘えることを自分に許してしまった。


それこそが主さまの逆鱗に触れる行為だとも気付かずに……。









「ほう。それで?後始末もせずに、のこのこ帰って来たのか?」


主さまの言葉がぐさぐさ突き刺さる。


コトハは何も言い返せずに項垂(うなだ)れていた。


テーブルにはクシャクシャの恋文が置かれている。


「帰る前に、宛て所の住人に一言詫びを入れるべきではなかったのか?それとも、そんなことは(はな)から思わず帰って来たのか?」


いつもの低い声が一層恐ろしく聞こえて、コトハはまた泣きそうになっていた。


「泣けばいいと思っているなら、お前はさっさと元の世界に戻るんだな。これは遊びじゃない。仕事なんだ。言っておいたはずだがな。仕事をする以上、お前のやることは全て、お前の責任だと」


初めてここに来た日。

主さまと庭で話した時のことが思い出された。


(わたしは……何処かに気の緩みがあったんだ……。だから、こんな考えなしのことをして、取り返しのつかないことをしてしまった……)


グスンと鼻を鳴らした。


「だから、泣いて済む問題ではないと」


その時バタンと大きな音を立てて扉が開けられた。


「初めまして。アウルと言います。初対面で何なんですけど、さっきから聞いてたら、ちょっと厳しすぎるんじゃないですか?コトハはまだ高校生だっていうし、大人と同じ基準で仕事を任せるってのには無理があると思います」


「ア、アウル。庭にいたんじゃ」


「ごめん。心配で、立ち聞きしてた」


「黙れ」


主さまの声に、コトハは「ひっ」と声を上げた。


「お前は、部外者に話したのか?」


「主さま。わたしは」

「俺が勝手に付いて来ただけです。コトハは関係ありません」


主さまとアウルの視線がぶつかり、火花が散っているようだった。


「仕事は仕事だ。子供だとか、大人だとか、関係ない。与えられたことは、きっちりかっちりこなす。それが仕事に従事する者の心構えだ。お前には、それが足りない」


再び、主さまの視線がコトハを捕らえた。


「すいません……」


消え入りそうな声でいうコトハの頭の上に、ポンとアウルの手が乗せられた。


「次、また頑張ればいい」


見上げると、アウルの優しい亜麻色の瞳があった。


「俺はあんたの言葉を聞きたいんじゃない。そいつの、コトハの言葉が聞きたいんだ」


幾分怒気を抑えた声で主さまが言った。


「わたしは……」


自分の声があんまり掠れていたから、コトハは驚いて一旦口を閉じてしまった。


「わたしは?」


アウルが優しく次を促す。


それに勇気を貰って、もう一度声を出した。


「わたしは、頑張ります。決して仕事を軽く考えてる訳じゃないから……。子供だけど、勉強して、もっと上手く配達出来るようになります。

だから、主さまも、もっといろいろ教えてください。その……怒るだけじゃなくって、教えてもらえたらいいなって、思うんです」


出来るだけ、自分の気持ちが主さまに伝わるように。


コトハは、これ程真っ直ぐに主さまを見たことがないのではないかというように、丸い目をさらに大きく開けて、一生懸命主さまを見つめた。


すると、主さまがふっと小さく笑った。


そんな主さまは初めてで、コトハは思わずドキッとした。


「いいだろう。もう一度、お前にチャンスをやる。次は、きっちりかっちり配達してくるんだぞ」


「は、はい!」


そして、主さまは件の恋文を手に立ち上がった。


「それは?」


「従業員の尻拭いをするのも、主の務めだからな」


どうやら、主さまが事後処理を引き受けてくれるらしい。


「あ、ありがとうございます!」


「あんたは……。コトハと親しくなりたいというなら止めないが、あんまり首突っ込むなよ」


アウルにもさくっと釘を刺して、主さまは居間を出て行った。


「ふう。厳しい人だな。コトハが怖がるのも分かるよ」


パチンと片目を瞑ってみせて、アウルは笑った。


「アウルさん。何から何まで、ありがとう」


「ああ。俺のことは、アウルでいいからさ。まあ、何はともあれ、次は汚名返上で頑張んなきゃな」


「うん、そうだね」


それから、コトハは庭に出て、のぼりの下に立った。


同じ失敗は繰り返さないように。


大切な恋文をちゃんと届けられるように。


そして、すぐに涙を流さない強い子になれるように。


のぼりに誓うように、それを見上げるコトハ。


そんな彼女を、アウルもまた時を忘れたように見つめていた。





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