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ここは恋文専門郵便局 ーあなたの恋、届けます。ー  作者: 藤原ゆう
1.異世界で郵便屋さんになりました。
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3.主(あるじ)さま

コトハと漆黒の男の間で、気まずい空気が流れている。


案内状とか呼ばれる便箋を手に、言葉なく立ちすくむコトハと。


何やら大切な書類でもあったものか。

破れた紙片を前に、呆然としている漆黒の男と。


互いが、それぞの理由で絶句していた。


しばらくして、「おい」と男が呼んだ。


「そこに書かれている通り、お前は今日からここの従業員だ。さっそく、配達に行ってもらうぞ」


「……わたし、無理矢理ここに連れて来られたんだって、知ってます?」


「あいつは俺に、お前を頼むと言った。俺は了承した。ここに来たのは、お前が望んだからではないのか?」


「……わたし、頼んだ覚えありません」

と言いながら、コトハは自身の心のうちを見つめていた。


あの時、確かに自分は、何処かへ逃げてしまいたいと思っていたのではなかったか。


イケメンな神官が言った言葉が蘇る。


『偶然であって、偶然ではない』


言われた時は(は?)と思ったが、もしコトハの深層心理にあるものが、何らかの力でこの不思議を呼び寄せたのだとしたら。


今ここにいるのは、ひょっとすると自分の望んだ結果なのかもしれない。


自身を見つめるうちに、コトハはそのように考えるようになった。


「ふん。お前もあながち阿呆という訳ではないらしい」


この漆黒の男の言葉は、やけに鼻につくけれど。


「それで、さっきから、あなたはわたしに配達に行けと仰いますけど。わたし、何したらいいんですか?」


「言葉の通りだ。配達に」


「だから、何の配達なんですか!?」


その時突然男が立ち上がった。

椅子がガタンと大きな音を立てる。


コトハはビクッとして身構えた。


男は小柄なコトハの頭二つ分は高い位置から、威圧感たっぷりに見下ろしている。


「あ、あの……」


気圧されて、コトハは一歩後ずさった。


「どうやら、お前には、細かな説明が必要なようだな」


面倒臭そうに溜め息混じりに言う彼に、コトハは「出来ればお願いします」と、か細い声で応じた。


彼は付いて来いと言って、さっさと居間を出て行った。


コトハも慌てて小走りであとに続いた。


居間を出ると、そこは小さなカウンターのある部屋だった。


部屋はそのまま、建物の出入り口と繋がっている。


「ここが、客から郵便物を受け付ける窓口だ。お前はここでは働くことはない。専ら、配達に出てもらう」


「はあ」


それが与えられた仕事というならするけれど……。


「なんだ。何か不満か?」


漆黒の瞳がギロっと睨んだ。


「い、いえ……。でも、配達じゃないといけないのかなあとは思います」


「……ここに来る奴は、配達員と決まってるんだ」


「え?わたしが初めてじゃないんですか?」


「ここで受け付ける郵便物は、人の想いが詰まってる恋文。大切に扱えよ」


(うわっ、はぐらかされた。)


指摘する間もなく、彼は扉から外へ出て行こうとしている。


(なんだか、すごく大切なことをさらさら言われてるような……)


コトハはまた小走りで後を追った。


扉を出ると、そこは庭だった。


綺麗に手入れされた芝生と、季節の花々と。


それらを時折愛おしそうに眺めながら、彼はある所で立ち止まった。


そこにはのぼりが立っていた。


『あなたの恋文、届けます』


はためく布地には、そう縫い取りがしてあった。


「人々の想いが詰まった恋文を届ける。それは、とても責任のある仕事だ。お前の心の持ちようで、人の恋がダメになることもある。分かるか」


コトハは小さく頷いた。


さっきまで怖かった漆黒の瞳が、今はとても優しい光をたたえている。


この人は……。


(この仕事が大好きなんだ)


「あの。あなたの名前は?」


コトハは初めて、彼のことを知りたくなった。

名前は?年齢は?今までどのように過ごして来たのか。


一見無愛想で、言葉が少なくて、怖いけれど。


あの花たちを愛でるように、きっとこの人の心にはたくさんの優しさが詰まってる。


「俺のことは、主さまと呼べ」


「あ、あ、あ、あるじさま?」


「そう。今までの奴らもそう呼んで来たからな。シャキシャキ、しっかり仕事をこなしてたら、そのうち本名も教えてやるさ」


彼はニヤリと笑った。


(前言撤回!やっぱり、この人、意地悪だ)


その時一陣の風が庭を駆け抜けた。

のぼりがパタパタと音を立てて風に翻弄される。


コトハは長い髪を押さえて、その風をやり過ごした。


彼は。主さまは、風に抗うことなく、漆黒の髪をなびかせていた。


(綺麗だな……)


思わず見惚れると、その視線に気付いた主さまがコトハを見下ろした。


「……コトハ」


「は、はい!?」


「動きが鈍い。さっさと配達に行って来い」


(がびょ〜ん)



こんな主さまとのこれからの生活に、コトハが一抹の不安を覚えたのは言うまでもない。










それから半月。


王都までの街道を行くコトハ。


恋文を届ける日々にも徐々に慣れ、この日も誰かの大切な手紙を持って歩いている。


(主さまの人使いの荒さにも大分慣れたよねえ)


無愛想な所にも。

言葉数の少ない所にも。


彼女がここの生活を楽しんでいることは、そんな主さまにはまだ内緒。


王都まで、あと少しの道のりだった。





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