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ここは恋文専門郵便局 ーあなたの恋、届けます。ー  作者: 藤原ゆう
2.秘密の恋、届けます。
15/42

10.王女さま、郵便です。

ピピ……ピ……。


鳥の(さえず)りで目が覚めた。


カーテンの引かれた部屋はまだ暗い。


コトハは自分が何処にいるのか分からなかった。


主さまの郵便局ではないことは確かだけれど。


(あれ。わたし、昨日あれからどうしたんだっけ?)


記憶が曖昧(あいまい)だった。


王太子と絵画を鑑賞していて、そこにカールが来てくれたところまでは覚えているのに。


それ以降の記憶がすっぱりなくなっていた。


(やだ。わたし、どうしちゃったんだろう)


怖くなって寝返りを打つと、ベッドが(きし)んだ。


「ん?起きたか?」


寝ぼけた声が近くからする。


「……カールさま?」


「気分は?」


枕元のランプがつけられ、明るさに目を細めた。


「はい。よく眠れたみたいで、すっきりです」


「そっか……」


ふっと大きな手が額に触れた。


「ああ。でも、もう少し熱いな。コトハが起きたら、これを飲むようにって、ダブリング先生が」


「ダブリング先生?」


「うん。お前、気を失ったから、慌てて呼んだんだ」


王太子が、というのは敢えて省いた。


「ここ、どこなんですか?」


「後宮だよ」


「じゃあ、カールさまも、ずっとここにいてくれたんですか?」


「ああ。側に付いてろって言われたし」


「ご、ごめんなさい。わたし、カールさまに迷惑かけてばっかりで……」


「ああ、本当にそうだな」


言葉とは裏腹に、カールはあまりそう思ってはいないようだった。


「カールさま?」


「ん?話はあとだ。起きられるか?薬湯飲んで」


「は、はい」


コトハはゆっくりと起き上がり、薬湯の器を手にした。


背中にそっとカールの手が添えられる。


「うわ。苦い」


「我慢して飲め。黙って大広間から出た罰だ」


「ええ!ひど〜い。だって……」


「だってじゃない。さっさと飲む」


「はあい」


しぶしぶ、コトハはもう一度器を傾け、薬湯を飲み干す。

一気に飲まなければ、とてもじゃないが全部は飲めない味だった。


「よし。よく飲めた。もう少し寝てろ。俺、朝餉を貰ってくる」


「いいですよ。カールさまにそこまでしてもらったら、わたし……」


「今さら、なに遠慮してんだ。じゃあ、行って来るから、今度は大人しく待ってるんだよ」


「はあい」


カールが出て行くと、部屋の中はしーんとして落ち着かない。


そろそろ女官たちも動き始める時間なのか、時々廊下から人の話し声が聞こえて来る。


けれど、それ以外は何も聞こえず、コトハは掛け布団を顔の辺りまで引き上げてたわいもないことを考えていた。


(お城に一泊しちゃったんだ。わたし)


主さまがどんなに心配しているか。


(心配、してるかな)


いまいち自信がなかった。


別にコトハが一日くらい帰らなくても気にしない。いや、もしかしたら、いないことにすら気付かないかもしれない。


(ありえる。主さまなら。うん、きっと気付かない)


コトハはそう確信すると、今度は別の心配が頭をもたげてきた。


それは、今回も恋文を渡せないかもしれないということだった。


そうなれば、もう絶対見限られる。元の世界に帰れと言われるだろう。


(わたし、帰りたくないんだよね)


この世界が楽しい。ここに生きている人たちが大好きだった。


ここにいたいなら、恋文を無事に王女に渡さなければならない。


(どうしよう)


いい方法が浮かばず「うう」と唸った時、ふと思い当たることがあった。


(今なら、王女さまも起きたばかりで、部屋にいるんじゃない?)


そう思った途端、コトハは勢いよく飛び起きた。


頭が少しふらつくけれど、気にしている場合じゃない。


(きっと、これが最後のチャンス)


カールに「ちゃんと待ってろ」と言われたこともどこかに吹っ飛んでいた。


コトハがミュールを突っかけ部屋を出ると、ちょうど数人の女官が雑談をしながら部屋の前を通り過ぎる所だった。


「あ、あの、すいません」


女官たちは怪訝そうな視線をコトハに向けた。


「わ、わたし、新人なんですけど、王女さまのお部屋がどこだったかなあと、分からなくなってしまって。教えて頂けませんか?」


「自分で探したら?」

「王女さまのお部屋が分からないなんて、いくら新人でも、やる気なさすぎじゃない」


意地悪く文句を言う女官たちに、教える気はさらさらないようだ。


こうなったら、自力でやるしかない。


コトハは脱兎のごとく走り出した。


唖然として見送る女官たち。


そして、そのさらに後ろで、朝食の乗ったワゴンを押すカールが、コトハが走り去るのを目撃していた。







あの子はいったい何をやってるんだ?


俺の言うことをちっとも聞かないで。


おなかも空いているだろうに。


俺が手ずから運んでやったというのに。


あの子は何を考えてる?


走り去る方向は王女の居室がある方だ。


あの子はきっと王女に会えるだろう。


あの子なら、コトハなら、きっとやり遂げてしまうに違いない。


とりあえず俺は朝餉を頂こう。


それから、あの子を迎えに行っても遅くはない。


その時、あの子が明るい顔をしていれば、いいな……。








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