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ここは恋文専門郵便局 ーあなたの恋、届けます。ー  作者: 藤原ゆう
2.秘密の恋、届けます。
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9.俺は絶対認めない

王太子は女官を集め、すぐに部屋を手配するように指示を出した。


「すぐに、と申されますと、女官用の小さな部屋しかございませんが、それでもよろしゅうございますか?」


「構わん。それと、ダブリング先生を呼ぶように」


「すでにお休みかと存じますが?」


「急患だ。叩き起こせ」


会釈をして去る女官を疎ましげに見送ると、王太子はカールを見た。


「コトハは、なぜ妹を追っていた?そんな体をおしてまで」


カールは目を伏せ、かぶりを振った。


「私も詳しくは聞いていません。王女に会いたいということは聞いていたのですが」


「懲罰覚悟で、貴族でもない娘を城に引き入れたか。カール」


「……ただ、なんとなく、コトハの望みを叶えてやりたいと」


「お前らしくもない。……このことは、秘匿事項だ。女官にも口止めしておこう」


「……よろしい、のですか?」


「その子のことを気に入っているのは、お前だけではないということだ。いずれ、後宮に呼んでもいいと思うくらいには、な」


カールはドキッとして、コトハを抱く手に力を込めた。


「お戯れを」


「戯れだと思うか?」


「……」


胸が、何故かキュッと苦しくなった。


王太子が、コトハを、後宮に?


「ゼノさまは、ご冗談がお好きですから」


目を伏せるカールを、王太子は意地悪く見返している。


「今は冗談と思っていてもいいが、な。その子は、なかなか男を翻弄する素質を持っている。油断しない方がいい」


コトハが?

この、いまだ幼子のような純粋な子が?

男を翻弄する?


まさか。


王太子はこの子を買い被り過ぎだ。


「あまたの浮名を流してきたお前とは思えないな。本気になると、却ってよく見えなくなるものらしい」


ふっと笑んで、王太子は面白そうにカールを見ている。


それから女官に呼ばれ、部屋の中に入って行った。


カールもそれに続いたが、足取りは重い。




俺が、本気だって?


冗談にも程がある。


俺は、この子に恋はしない。


ただ、何となく放っとけないだけだ。




そっとコトハをベッドに横たえた時、ダブリング先生が入って来た。


「おやおや。また、この娘っ子か。まったく、あれ程安静にと言っておいたのに。最近の若者はいうことを聞かん」


「すいません。私が目を離したばかりに」


「恋人のことはしっかり見ておくもんじゃぞ。親衛隊長」


「……ですから、恋人ではないと」


(どうして、皆、俺がコトハをどうか思っていることにしたいんだ?)


自分は王太子やダブリング先生の暇潰しじゃないんだ。


「くくく……」

憮然とするカールを見ながら、王太子が笑っている。


(こんな歪んだ人じゃなかったはずだけどな。ゼノさま)


幼い頃から仕える身としては、王太子の歪みようを心配してしまうのは仕方ないことだ。


(まあ。俺も十分歪んでしまっているし。人のことは言えないってことか)


大人になるということは、幼い頃のままではいられないと言うことだ。


「ゼノさまには、舞踏会にお戻りを、と伝言を受けておりますが?」


「ダブリング先生。私が、ああいうことを嫌いだと知っているだろう?」


「それとこれとは別じゃ。舞踏会に出ることはあなたさまの務めであり、人心掌握の第一歩。しっかり、おやりなされ」


「ああ。先生には敵わないな……」


大げさに天を仰ぐ王太子に、ダブリング先生はコトハの診察を続けながら「ほほほ」と笑っている。


「さて、まあ、足はこれでいい。あとは、目覚めた時に、この薬湯を飲ませておやり」


「え、私が?」


薬湯の入った器を受け取ることを躊躇うカールに、王太子がここぞとばかりに「お前がやらないなら、私がやるが」と言ってくる。


「いいえ。殿下はさっさと大広間にお戻りください」


思わず器を受け取ってしまった。


「けっこう、けっこう。今度は恋人の側にしっかりいてやるんだぞ」


「だから……」


「では私も行こう。コトハは仕方なくお前に任せておく」


「仕方なくって……」


二人が出て行ったあと、カールをどっと疲れが襲ったのは言うまでもない。







コトハは時折、呻き声をあげた。


足が痛むのか。熱のせいか。


苦しげに呻くその姿を、カールは眉根を寄せて心配そうに見つめていた。


「ほんと無茶する」


若さゆえか。それとも生来の性分なのか。


思い立ったら行動せずにはおれないらしい。


(そんな風には見えないのにな……)


一見大人しそうな印象を受ける彼女が、思わぬ時に見せる行動力が新鮮だった。


城門の前でカールが声を掛ける時にも、きっと城壁を乗り越えるかどうか考えていたに違いない。


王太子が面白がるのも分かるのだ。


(だからと言って、後宮に呼ぶ必要はないだろ)


爵位のない彼女が後宮に来ても辛い思いをするだけだ。


それが分からない王太子でもないだろうに。


それだけ、コトハに興味を持った?


(だから!興味を持とうが、どうしようが、俺には関係ないだろ!!)


ベッド脇の椅子の上で、カールは頭を抱えた。


(俺らしくもない……)


本当にらしくない。


コトハを大広間で見失った時に、これ以上はないというくらいに動揺している自分がいた。


一瞬でも彼女の傍を離れたことを死ぬほど後悔した。


少々のことでは心を動かされることのない自分が、何故この少女のことでは冷静でいられないのか。


カールは己の心の内が分からなかった。


心の中でどんな変化が起きているのか。

今のカールには、(かすみ)がかかったように、その深淵(しんえん)を見ることが出来ない。


(俺もダブリング先生に診てもらった方がいいのかな……)


どんよりした気分で、何気なくコトハを見た。


少し落ち着いたのか、寝息が規則正しくなっている。


「顔色も良くなったような?」


カールは立ち上がり、もっと良く見ようとコトハに顔を寄せた。


ほんのり頬に赤みが戻っている。


ホッとして、顔に掛かった髪を払ってやろうと手を伸ばす。


ふっとこめかみの辺りに手が触れた。


(柔らかいな……)


女性に触れたのは初めてではないのに。

どうして、こんなにドキドキするのか。


「カールさま……」


不意に、コトハが吐息を漏らすように呟いた。


「え……」


カールは絶句して、飛び退いた。


顔がありえないくらいに熱くなる。


胸のドキドキも痛いくらいに最高潮。



寝言?寝言だ。


寝言で、どうして俺の名を呼ぶ?



頭がボーッとして、何も考えられない。


カールは倒れこむように椅子に腰掛けた。


膝の上に肘を付き、まだ熱い顔を両手で覆って、指の隙間からコトハを盗み見る。


何事もなかったように規則正しい寝息を繰り返すコトハ。


王太子の言葉が頭に蘇る。


「この子は男を翻弄する素質がある」


女性との浮名を流しながら、実のところ彼女らと真剣に向き合うことのなかったカール。


(女なんて、分かんねーよ!)


つい数時間前に出会ったばかりの、素姓も詳しくは知らない少女に、彼はすっかり翻弄されていた。





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