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ここは恋文専門郵便局 ーあなたの恋、届けます。ー  作者: 藤原ゆう
2.秘密の恋、届けます。
13/42

8.わたしが鬼かと思っていましたが、あなたが鬼でしたか。

「あれ?どうしたの」


なかなか反応しないコトハに、その人はゆっくり近づいて来る。


「ひっ」


コトハはやっと我に返って、一歩後ろに後ずさった。


そんなコトハを気にする様子はなく、その超絶美形さんは一枚の絵を指差す。


「これはね。国境沿いにある山脈を描いたものだ。王都の周辺には山がないだろう?あまりに綺麗でね。思わず筆を走らせた。それから、あちらは」


超絶美形さんはよほど絵を褒められたことが嬉しかったのか、怪しさいっぱいのコトハを捕らえようともせず、絵の説明に熱がこもっていった。


「海の絵も視察に行った時のものだが、この時は嵐が近付いていてね。ご覧。ここに大きな波を描いているだろう?本当にこんなに大きな波が、岸壁にぶつかっていたんだよ」


「へえ」


そして何故かコトハも、その説明に聞き入っていたりするのだ。


二人仲良く絵画の鑑賞。


『鬼ごっこ』はどこへ行ってしまったのか。


王女の姿はとっくに廊下の向こうに消えているというのに、コトハはすっかり失念している。


超絶美形さんに浮かれてしまっているのだ。


「それからこれは……私の妹を描いたものだ」


廊下を先に進むと、初めての人物画が飾ってあって、美しい女性が描かれていた。


「え。妹さんですか?」


「そう。君が今追いかけていた、ね」


パチンと片目を瞑って見せて、超絶美形さんは絵に向き直る。


「妹はもうすぐ異国へ嫁ぐんだ。その前に、彼女の絵を残しておきたいと思ってね」


「異国に……嫁ぐ?」


ちょっと待て。


コトハははたと考え込んだ。


ユリア・ロゼット王女は、グレニーさんと恋仲だ。


そのグレニーさんからの恋文を今自分は持っている。


でも、王女は異国へ嫁ぐのだとか、今、この王女の兄だという人から聞いてしまった。


(ん?)


この超絶美形さんは、そもそも誰なんだ?


コトハは、妹の肖像に見入っている彼を見上げた。


「あの……」


「ん?」


「超絶美形さんは王女さまのお兄さんで、絵を描くのがお好きなんですね?」


「ああ、そうだよ」


クスリと笑った、その表情すら、神懸かっている。


その笑顔に半ば瞬殺されながら、コトハは懸命に意識を保とうと努力した。


「あの、それで……。王女さまが嫁がれるのは……」


コトハは突然、ようやくいろんなことが見えてきた。


本当にようやくだ。


鈍いにも程がある。


「そっか、だから、モンティーノ卿はあんなにやつれてたんだ……」


恋人が自分以外の男と結婚する。

身分違いの恋だから、表立って悲しむことも出来ず。


グレニー・モンティーノ卿は、ずっと一人で苦しんでいたんだ。







「モンティーノ卿?カールのことかい?」


「え?いえ、違いま」


言いかけて、コトハはハッとした。


(あれ?カールさまも、モンティーノ卿だ?)


うおう!


何が何だか分かんなくなってきた!


コトハは頭を抱えそうになった。


「あ、あの。超絶美形さん」


「その超絶美形さんって、さっきから気になってたけど、私のことかい?」


「あ、はい、そうです」


「君、面白いね」


「はあ。何故か、よく言われます」


「うん、面白い。どうだろう。君さえよければ、また鬼ごっこの続き、やらないかい?」


その美しい顔で、どんな変態なこと言うんですか。


「あの、わたし、急いでるので……」


「私にもう少し付き合ったら、ユリアに会わせてあげよう」


悪い話じゃないだろ。そう言って、超絶美形さんはコトハに顔を近づけた。


(うわあん。頭がクラクラする〜)


美形は遠くから鑑賞するものだ。


こんなに近くだと、まともに直視出来ないのだから。


「名前は?」


「は?」


「君の名前」


「コ、コトハです」


「コトハか。いい名だ」


吐息がかかるくらい近くて、コトハの背中がトンと壁についた。


もう逃げ場がない。


身長差をいいことに、超絶美形さんは壁に手を付き、コトハを囲ってしまっている。


「君にまだ触れてないから、私が"鬼"のままだよ。1・2・3・4・……」


「これじゃ、逃げられません!」


必死に言い募ったが、超絶美形さんは手を避けようとはしない。


コトハを囲ったまま、数を数えて行く。


「8・9」


唇が触れそうなくらい顔が近づいた。


「10」


コトハの唇に、彼の温もりが伝わった。


「なに、してるんですか。殿下」


聞こえてきた不機嫌な声は、聞き慣れた声。


ハッとして、超絶美形さんの腕の下から見れば、そこには剣を携えたカールが立っていた。


「カールさま!」


超絶美形さんを押しのけ、カールの元に駆け寄る。


そして彼の背後に逃げ込んだ。


「ナイトのお出ましか?随分、タイミングがいいな」


「後宮への立ち入りは許されていませんから。こいつの声が聞こえるまで、入ってもいいものか、迷っていました」


「ふむ。しかも、帯刀してとは、極刑に値するな」


「こいつは免疫がないんです。あんまりからかわないでくれますか」


「……お前の女か?」


超絶美形さんの声が低くなる。


コトハはカールの服をギュッと掴んだ。


「いえ。違います。ですが、こいつは特別なんで。いかに王太子殿下と言えど、こいつを傷つけることは許しません」


「言うようになったな、若造が。まあ、いい。私がその気になれば、いつでも後宮に呼べるのだからな」


カールの背中がピクッと揺れた。


「後宮に?」


「その気になれば、だ。ここを後宮とも知らずに入り込み、私を王太子とも知らずに超絶美形さんと呼んだ。こんな面白い女。野放しにしておくのはもったいないだろう?」


「超絶美形さんって、なんだよ……」


カールが絶句している。


彼の後ろで赤くなりながら、コトハは己の無知を恥じていた。


(わたし、いろんなこと、知らな過ぎ!)


この人、王太子殿下だったなんて。


いずれ国王になる人を超絶美形さんって。


そりゃ、カールさまも絶句するよ。


「さて、どうする?」


「……」


「どうやらコトハは妹に用があるようだが。妹は生憎(あいにく)体調を崩して、もう休んでいる。出直すか?」


「……それでも、お会いしたいです」


「無理を言う」


コトハはカールの後ろから顔を出した。


「それでも、無理でも、わたし、王女さまに会わなくちゃ」


ガクンと体が落ちた。


「え?」


「コトハ?」


振り向いたカールが、コトハを支える。


「どうした?」


「な、なんだか、力が抜けて」


「おまっ、すごい熱じゃないか!」


コトハの手を握ったカールが顔をしかめた。


「何で、言わないんだ?」


「だって、熱なんてないって……。自分でおでこ触ったら、冷たかったから」


「同じ体温の手とおでこくっつけたって、同じ体温なんだから、熱あるかどうかなんて分かるかよ」


「あ、そっか……。へへ。やっぱり、カールさまって、物知り……」


「おい、コトハ!?」


「気を失ったな」


王太子の冷静な声に、カールも落ち着きを取り戻した。


「ゼノさま」


「ダブリング先生を呼ぼう。後宮の一室を提供してやる」


さっと立ち上がって廊下を進んで行く王太子。


カールはコトハを抱き上げると、それに続いた。


見れば、コトハの足首が倍以上に腫れ上がっている。


「無茶しやがって……」


カールは側を離れたことを後悔していた。


「守るって契約だったのにな」


ごめん……。



静かな後宮の廊下に、王太子とカールの靴音が響いていた。





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