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ここは恋文専門郵便局 ーあなたの恋、届けます。ー  作者: 藤原ゆう
2.秘密の恋、届けます。
10/42

5.令嬢気分でがんばってみる。

「さあ、出来ましたわ」


ハンナは満足げに手を打った。


コトハはドレッサーの前に座り、鏡の中の自分をじっと見つめていた。


長い黒髪を高く結い上げ、毛先を少し巻いてある。くるくると落ちて、顔の両側で綺麗なシルエットを作っていた。


そのくるくるを一房持って弄んでみる。


ビヨンと伸びて、またくるっと戻った。


それからコトハは、直視出来ないでいた顔面へと視線を移す。


(お化粧なんて、七五三以来……)

マスカラも、チークも、口紅も。

自分の顔じゃないみたいに違和感たっぷり。


「さあ、お立ちになって」


ハンナに促され、コトハはよろよろと立ち上がった。


長いドレスの裾を踏みそうになってふらついた。


「あらあら。でも大丈夫。本番はカールさまが支えてくださいますわ」


ほほと気楽に笑って、ハンナはコトハを姿見の前に導いた。


「本当に可愛らしい。よくお似合いですわ」


(七五三だ……)


だめだ。見られたものじゃない。


本当のお姫さまが着れば、きっと美しいドレスだろうに。


コトハはがっくりと肩を落とした。


それを知ってか知らずか、ハンナはとてもマイペースで、「さあ、カールさまの元へ」と、またコトハの手を取った。


「あ、あの。わたし、やっぱり無理です。こんな格好、全然似合ってないし。カールさまにも、きっと恥をかかせることになると思います。だから、あの」


「可愛いよ」


ハンナの声とは違う声が返事した。


(え?)と思って振り向くと、カールが扉に寄りかかるように立っていた。


「俺からすれば、十分可愛いと思うけど。さあ、行こう。そろそろ時間だ」


(お世辞……だろうけど)


でも、カールがお世辞を言うような人とは思えない。


(少しは似合ってるのかな)


「とにかく胸を張って、自分がどんな令嬢よりも一番綺麗だって思うんだよ」


カールの前まで行くと、そう言われた。


とてもそんな風には思えそうにないけど。


ここまで来た以上、やるしかないのだ。


自分が他人からどんな風に見られているか。


すごく気になるけれど、今は余計なことを考えずに、カールに付いて行こう。


コトハは腹を決め、差し出されたカールの腕に、自分の腕を絡めたのだった。






舞踏会の会場となる王宮の大広間は、すでにたくさんの人で溢れていた。


女性は皆、自分好みの煌びやかなドレスを身に纏い、男性はカールのような軍服や、チュニック型の上着にマントという正装など、それぞれの身分に応じた格好をしていた。


コトハはその人の多さに気後れして、カールの背中に隠れてしまっている。


「おい。知り合いに挨拶するから、せめて横に並べよ」


「カールさまだけで行ってきたらいいじゃないですか」


「あれ。そういうこと言うんだ?契約違反になっちゃうけどいいのかなあ」


「うう……」


そう言われては仕方ない。しぶしぶ背中の後ろから出て、またカールの腕に手を添えた。


「よしよし。じゃあ、最初は大公夫妻からだ」


楽しげに言って、カールが大広間を横切って行く。


彼が動けば、女性たちの視線も動く。


当然彼と共にいるコトハの上には、嫉妬の込められた視線が注がれていた。


大公夫妻は、温和な初老の夫婦だった。

大公は国王の弟だった。


「ご機嫌いかがですか。大公殿下」


「おう、これは親衛隊長ではないか。王都に戻っていたのだな」


「はい。ご挨拶が遅れて申し訳ありません。妃殿下にもご壮健で何よりです」


白髪の上にティアラを載せた、上品そうな大公妃は、扇子で口元を隠してほほほと笑った。


「わたくしのサロンでは、いつもあなたの話題で持ちきりなのですよ。またいらして頂戴ね。ご本人がサロンに来て下すったら、皆が喜びますわ」


「はい、是非お邪魔させてください」


「それにしても、大佐。今日は珍しく女性を同伴されているようだが、紹介はしてくれるのだろうね」


(来た!)


カールは、身を小さくしようとするコトハの腰に手を回し、グイッと自分の方に引き寄せた。


(ちょ、ちょっと!)


抗議の眼を向けると、カールが優しく微笑んでいる。


(そんな微笑、反則です……)


「こちらの娘は少々複雑な事情を抱えておりまして。これから、父と交渉しなければなりません」


「まあ」

「なんと。では、大佐は身分違いの恋をしているということかな?」


「大公殿下。そこのところは察してただきまして。若い二人を応援して頂ければ……」


「まあ。カールさまが……。とても可愛らしいお嬢さんね。わたくし、応援して差し上げますわ」


「心強いお言葉、ありがとうございます。妃殿下」


「お嬢さん。あなたもカールさまとご一緒に、サロンにいらしてね」


疑うことを知らないのか。妃殿下は人の好さ丸出しで、コトハに微笑みかけている。


「はい。ありがとうございます……」


コトハは消え入りそうな声で礼を言った。


こんないい人たちを騙していると思うと心苦しくて、本当のことをぶちまけそうだった。


でも、そんなことをしたら、カールとの契約を破ることになる。


破ったら最後、王女さまの所には辿り着けない。


大公夫妻と話すカールに腰を抱かれながら、コトハは耐えるように唇を噛んでいた。


しばらくして、カールとコトハはその場を離れた。


「ふう。これだけ、お前のこと印象付けておいたら、いざという時役立ちそうだな」


「カールさま」


「ん?」


「あんな立派な人たちを騙してまで、わたしと恋人のふりをする理由は何なんですか?」


「……言わなきゃ、ダメか?」


カールは少し困った顔をした。


「だって。カールさまに声をかけてもらいたい女の子はたくさんいるのに。どうして、そういう子に頼まなかったんですか?」


「面倒くさいだろ」


「え?」


「お前みたいに、俺のことなんとも思ってない奴の方が気が楽だからさ」


そう言って、カールは薄い金の髪を掻き上げた。


「それに……」


「それに?」


「……いや、何でもない。この辺で待ってろ。飲み物持って来る」


「え、ちょ、カールさま!」


衝立(ついたて)の陰にコトハを置いて、カールは行ってしまった。


「もう!はぐらかした、カールさま」


「気安く呼ぶのね。モンティーノ大佐のこと」


その時突然冷たい声がかけられた。


背筋がひやっとするほど冷たい声に、恐る恐る振り向くと、そこにはコトハを睨み付ける女性がいた。


「今日こそは、大佐にエスコートして頂けると思って待っていたのに。あなたのような小娘を伴っていらっしゃるなんて……」


女性の歯ぎしりが聞こえてきそうだった。


(なに、この人。怖い)


コトハは後ずさった。


「あら、逃がさないわよ」

「泥棒猫がいい気になってんじゃないわよ」


後ろには、この女性の取り巻きと思われる女の子たちが控えていた。


(がびょ〜ん)


これでは逃げ出そうにも逃げ出せない。


「わたくし。大佐の許婚(いいなずけ)なの。あなた、大人しくお帰りになった方が身の為よ。どうせ、身分卑しい方なのでしょう?」


口調は丁寧だが、放つ言葉は酷いものだった。


「許婚?」


「そうよ。お分かりになったら、とっととお帰り!」


ドンと肩を押された。


「キャッ」


バランスを崩して、コトハは床に倒れてしまった。


「っつ……」


しかも足首を痛めてしまったようだ。


けれど、女性や取り巻きは謝るどころか、ケラケラ笑っている。


コトハは頭に来て、床に座ったまま女性を睨んだ。


「あなたみたいな意地悪な人。絶対カールさまは嫌いなんだから!あなたの方こそ帰りなさいよ!!」


これ程頭に来て、声を荒げたのは、17年の人生で初めてだった。


女性はこめかみの辺りをピクピクさせて、怒りに震えている。


「あなた……。よくも、わたくしに向かって、そんな口がきけたわね」


「どこの娼婦が口汚く喚いているのかと思えば、あなたでしたか。バーバラ嬢」


「あ……」


聞き慣れた声に、肩の力が抜ける。


足の痛みもあいまって、コトハは床に手をついた。


「ごめん……」


コトハだけに聞こえる声で言って、カールがコトハを横抱きに抱え上げた。


「ええ!?カールさま、どうして!」


「怪我、したんだろ?」


「だ、大丈夫です!歩けます。このくらい」


「だめ。控えの間まで連れてくから」


それからカールはバーバラ嬢とかいう女性に目をやった。


彼女は顔面蒼白になっている。


「こいつをこんな目に合わせた償いはして頂くので、そのおつもりで。あなたとの縁談も、近い内にお断りする」


そう言い捨てて、カールは身を翻した。


「キャー、バーバラさま」


衝立が音を立てて倒れる。


どうやらバーバラが気を失ったようだった。


そんな騒ぎを無視して、カールは大広間を横切って行った。






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