第五話:『中心』
アイカがアイル達と知り合った翌日、フィリアとルフォルは何ともいい難い表情でアイカを見ていた。
引き合わせられる形になったセラ達は、頬を引きつらせる。
セラ達にとって、アイカとですら関わるのを避けたかったのだ。それを覆して、アイカとの縁をつくったがそのアイカによってフィリア達と縁を作られるとは思っていなかった。
現在、場所は書庫。
セラとアイル達は元より権力などに関わりたくないので、書庫で度々あって言葉を交わしていた。そこにアイカが加わるようになり、今日、先日出された戦略レポート課題のためにフィリア達もやってきた。
フィリア達はセラ達と接触していないので、気にもせず離れた席に座ろうとしたのだが、その腕をアイカが引っ張り同じ机に座らせたのだ。
「私と関わって置いて、フィリア達と関わらずにおこうなんて出来るわけないでしょう」
フィリア達とセラ達の表情を見ることなく、本を開いたアイカがすっぱりと言い切ってしまい、セラ達はうなだれた。
あまりにももっともだったからだ。
そもそも、アイカ自身も末端とはいえ王族ではあるのだ。ただ、侯爵という貴族なので王族として扱われることがないだけで。
身分の呼称が侯爵令嬢か王女王子の差だけで、すでに関わっているのだから避けようとしても意味はない。
関わるのは面倒だ、という思いは良く分かるが、アイカは双方を引き合わせる方が面倒が少ないと思ったのだ。
あらゆる意味で注目されている二つの片方とだけ仲良くするよりは、どちらもとある程度の距離間で接していた方が余計な勘ぐりをされないですむ。
王族に遠慮するならともかく、避けていれば不敬もしくは叛意の疑いをかけられかねないからだ。
それを理解したのはフィリア達が早かった。
王を含めて王族はフィリア達に関心を持っていないが、王族という対象なら自分達も含まれるので過剰反応することは目に見えている。まがりなりにも家族なので、それが容易に分かる。
アイカが分かっていたかどうかはともかく、関わりを持った方がセラ達にはバランスが良いだろう。
わずかに遅れて、理解したセラ達は諦めたようにため息をついた。
「まぁ、こういう課題の時には人数が多い方が有利ね」
「…実戦授業とかで班を組む時とかな」
「あぁ、六人から十人だっけ。ちょうど六人いるもんな」
若干声のトーンは落ちているが、納得して受け止めているようなセラ達に、フィリア達は瞳を瞬く。
「…友達がいない同士、仲良くやろうか」
「「「一言余計」」」
セラ達三人から一斉に突っ込まれても、アイカは肩をすくめるだけ。
「その通りでしょ。それに、このメンバーでこれから行動するんだなら、友達ってことで良いじゃない」
アイカの主張に、セラ達は苦いものを噛んだかのように表情をゆがめながら、照れたように視線を逸らしている。器用だ。
セラはいわゆるガリ勉だったので、仲良く遊ぶような同年代はいなかった。兄姉に構われまくってコミュニケーションが鬱陶しくなった、というのもあるが。
アイルとコールはそれぞれの事情で互い意外に深く関わろうとしなかった。事情のせいで他人を容易に信じられなくなった、というのもあるが。
フィリアとルフォルは言わずもがなだ。家族でさえ遠巻きにする現状で、友人を作ることなど出来なかった。ルフォルは作る気がなかったとフィリアは思っているが。
アイカはたった一人の『流離れ人』でそれを言えないという状況で、せめて他愛もない会話が出来る相手を欲していた。それを身分が困難にしていたが、同じような立場のフィリア達と傍観者であるからこその遠慮のなさを持っているセラ達の存在があった。
それがどれほど得難く稀有であるのか、アイカは分かっている。
だからこそ、どうせならこのメンバー全員で関わりを持って仲良くしたかった。アイル達は難しいかも、と思っているが。
後期になれば集団戦闘や指揮統率を学ぶため、班を編成して実戦授業が行われる。コールが言う通りの人数制限がある為、このメンバーは色々と都合がいいのだ。他の貴族からの嫌がらせや蔑みが減ったりとか。
何より、アイカがいなければ、セラ達は実戦授業をこなすことが出来なかったのは明白だ。
「士官学校同期ってライバル同士で出世を争う存在だけど、切磋琢磨する友達関係でもいいと思うんだよね」
どう?と首を傾げるアイカに、フィリア達もセラ達も何も言わなかった。
言っても無駄だと思ったのは事実だが、アイカの提案と行動がすがすがしいまでに自身の為と目的遂行を中心にしているので、あっさりと納得してしまった。
偽善的ではない言動は、自身の目的が最重要であるセラ達には共感できるからだ。
フィリア達は、身分を気にせずありのままなアイカに興味と好意を抱いているからだ。
フィリア達とセラ達は顔を見合せて小さく息をつく。
おそらく、アイカは分かっていないだろう。
「ま、良いんじゃない?」
代表して言ったセラの言葉に、アイカ以外の四人が頷く。
アイカは少しばかり嬉しそうに微笑んだ。
引き合わせた当の本人、アイカこそが中心であり絶対に欠かせない支柱であることを、知らせるにはどうすべきか。
悩んだ末に、五人は黙ることを選択した。
どれだけ言ってもアイカは理解しないような気がしたからだ。
そして、それは当たっていた。