第四話:『悪意を抱く少年達』
商家や農家から士官学校に来る者はまずいない。資金面や生活面のせいではあるが、基本的に家業に従事する者が多いからだ。中には、軍人や騎士を夢見る者はいるが。
裕福な商家なら、次男三男を入れたりするかもしれない。だが、第二八七期生である二人―――アイル=セバルトスとコールはけして恵まれた家に生まれたわけではない。
アイルは、リボニスの北方ダーレン辺境伯領に店を構えていた商人の四人兄妹の長男として生まれた。父を早くに亡くし、女手一つで切り盛りする母の手伝いをしつつ、商業を学ぶ日々が続き、いつかは後を継ぐのだと疑わなかった。十二歳の時、母が亡くなるまでは。
母が亡くなった直後、多くも少なくもない中途半端な財産を巡って、付き合いがあるのか疑わしい親戚が争い合い、子供であったアイルには何も出来なかった。
失ったのは財産だけではなく、思い出の詰まった家や形見の多くだった。
住む家を失い、財産を勝ち取った親戚の元に引き取られるはずのアイル達兄妹に、手を差し伸べた存在があった。それがコールだった。
コールの実家は、綿農家でアイルの店と契約していた。仕立て屋だったアイルの店とは、三代にわたって付き合いがある為、二人は幼馴染として育った。
子沢山であることが多い農家でありながら、一人息子であるコールも同時期に不幸に見舞われていた。信頼していた従業員に権利書を持ち逃げされたのだ。
農場と家を失う結果になったのはコールもだが、彼の場合は財産を失ったわけではなく、人脈も存在した。それを利用して、アイル達兄妹を引き取ることが出来た。
けして楽な生活ではないが、その後、様々な事情があり、二人は軍人を目指すことになった。
その最大理由は、復讐という悪意だったけれど。
目的の為には、ある程度の人脈は欲しいが面倒事は御免だった。特に、『呪いの双子』と『ラバルド侯爵令嬢』は、どっちに転がるか分からない為、様子見をしている。
相手は王族と大貴族。
自分達が寄らなければ、関わることはないと思っていた。まさか、あちらからやってくるとは思わなかった。
「ちょっと、話したいんだけど」
((こっちはしたくねぇ…っ!))
休養日の修練場でアイカに声をかけられた二人は、心で叫んだ。
そんな二人の心情を知らず(知っていても頓着しない)、休憩中の二人に会わせてアイカはしゃがみ込む。
「ちょっと、北方の事情を知っときたいんだよね。商業とかどうなってるの?」
「…あんたの実家は東だろう。気にしなくてもいいと思うけど?」
「ダーレンとは街道がつながってるし、流通も多いんだよね」
「だったら、キデュルかファージュに聞けよ」
「あからさまに貴族だから嫌」
キデュル男爵とファージュ伯爵は、領地がダーレンに接している為、関わりが深い。コールの指摘はもっともだが、アイカの返答ももっともだった。
思わず、アイルが遠い目をしてコールが頷いてしまう位に。
キデュル男爵家は歴史だけある貧しい家で、ファージュ伯爵家は成り上がりだ。その為か、家格や血筋で高嶺の花とも言える『ラバルド侯爵令嬢』を射止めようと必死だ。遠目から見る二人が、思わず笑ってしまうほどには。
双子と仲良くなってからは距離を置いているものの、何とか近づけないかと焦れている姿に、また笑いが浮かぶが。
「動乱があったのは北が原因でしょ? 何十年も経ってるとは言え、ちょっと気になって」
「…あんたは跡取りじゃないだろ。気にする必要ねぇじゃん」
「仮にも貴族だから。防げる火種は防ぐべきでしょ。士官として上位軍人になる身なら特に」
当然のごとく言い切ったアイカに、二人は思わず互いの顔を見合せる。
そんな様子に気付いているのかいないのか、アイカはため息をつく。
「面倒くさいけど、領地とか爵位とかどうでもいいんだけど、恩は返さなきゃいけないから」
「恩…?」
「家族はみんな死んでるからね。一人で生きていける年じゃないし、養女として引き取ってくれて、学校にも行かせてもらってるし。少しは役に立たないと」
心底面倒だと思っているのを隠そうともしないアイカに、ぽかんとした二人はこらえきれずに噴き出した。
急に笑いだした二人にアイカは首を傾げる。
人付き合いを面倒だと思い、放置してきたアイカが関わろうとするのは言った通り、養父であるリガードへの恩返しだ。情報収集も、人付き合いもその為の手段でしかない。
きっぱりとして悪びれない(する必要もない)態度に、二人のアイカに対する意識は変わった。
二人は純粋な思いでここに来たわけじゃない。純粋に目指している者が少ない現状でも、二人のように悪意を果たす為に来る者は他にないだろう。だが、アイカは非常に分かりやすく真っ直ぐな理由だ。
軍人、という存在に対する純粋さではなく、人として真っ直ぐな姿勢。それが本当であると思わせる視線と言葉。
自分達の悪意は自分達で果たす。アイカの存在を利用する気はない。
利害関係もなく他人と関わるのは、危険があるのを理解している。だが、その危険を冒しても関わっても良いかと思えた。
悪意と狂気に満たされて忘れがちな日常を、思い出させてくれる存在。
首を傾げるアイカは、自身が抱えた価値を理解しているのか。
血筋や家柄だけではない、ありのままであり続ける姿勢もまた稀有なもの。
それに二人は興味を抱いた。
同時に、関わって行く覚悟を決めた。
入学から一ヶ月半、後に教師達が頭を抱えることになるグループのメンバーがそろった瞬間だった。