第三話:『非軍人希望の少女』
王族とラバルド侯爵家令嬢が同時にいる第二八七期生の少女―――セレティエス=フォルクリア(通称セラ)は、軍人を目指して士官学校に来たわけではない。
代々軍人の家系であるフォルクリア家の末娘(五人兄妹)であるセラは、運動が得意ではない。武術などもってのほかだが、魔法に関しては兄姉のみならず現役である父すら凌駕する。
そのためか、当人としては魔法師団か魔法庁に入って研究者になろうと思っていた。だが、父によってもたらされた縁談により、士官学校入学を決めた。
つまり、逃げたのだ。
士官学校に入り、王家に尽くす。
そう言われれば、代々軍人の家系で現役軍人の父は黙らざるを得なかった。末っ子である為、絶対に必要というわけではないからでもあるだろう。
良くも悪くも軍人の典型である父親の思考を利用し、セラはまんまと縁談から逃げた。
その結果、不得手である武術に精を出さなくてはならないが、人生を棒に振る(相手に失礼)よりはマシだと思っている。何より、自分で決めたので仕方がない。
武術は諦めているので、座学で巻き返す気でいるが、同期に対してセラは不満だった。
「王族に加えてラバルド侯爵令嬢とか…面倒ね」
関わらなければいいだけだが、周囲が騒がしいのは鬱陶しい。
当の本人達の行動で、周囲は多少静まりはしたが逆にそれで空気が微妙になっていていらつく。
それ本人達―――アイカ達のせいではないので、彼女達に対してセラが何かを言うことはないが。
「見てるだけなら面白いし、良いけどね」
最後まで傍観者でいる気でいるセラは、授業時間以外は書庫にこもっている。
国家機関にしか貯蔵されていない貴重文献もある為、読書や研究が好きなセラにとっては宝の山だ。
その行動が、自分の立ち位置を崩すことになるとは思ってもいなかった…。
※※※
「あ…」
ふいに上がった声に、セラは顔を上げた。その瞬間、顔を引きつらせなかった自分を心から賞賛したほど驚いた。
本棚の一角に椅子を移動させて傍らに本を積み上げていたセラを見下ろしているのは、同クラスのアイカだった。
無表情に面倒事が来た、と思っていたセラに対して、アイカはほっとしたように笑みを浮かべた。
「良かった、誰もいないのかと思ってたわ」
「あぁ…司書はいないのと同じだから」
基本的に、入り浸る人間は少ない。常時待機しているのは暇なのだ。
返事をしながら、逃げようかな、とセラは考えるがすぐに却下する。武術訓練を見ていれば、運動能力は雲泥の差であると分かる。追ってくるとは限らないが、どうやっても逃げきれない。
「フォルクリアさんは、いつもここにいるの?」
「ええ、まぁ…」
「じゃぁ、書庫には詳しい?」
「…何か探してるの?」
「『流離れ人』に関する本を…」
セラは首を傾げて、数秒してから納得したように頷いた。
リボニス王国は『流離れ人』に対して厳しい国風だが、ラバルド侯爵領は比較的出現率が多いので寛容であることは多く知られている。
好む人が少ないので書籍数自体が少なく、しっかり学ぶのは研究者くらいなものだ。貴族の子弟はまず素通りする分野だ。一応、士官学校にも蔵書があるが、一冊しかない。
セラは、手元の本を閉じて差し出す。
「…読んでいたんじゃないの?」
「他にも読むものがあるから、別にかまわないわ」
「そう? じゃぁ、少し借りるわね」
(…部屋に持って行ってよっ!)
そのままそこで読み始めたアイカに、セラは心で突っ込む。
セラとしては、アイカ達に関わらず傍観者でいたい。元々軍人になる気がなかったので、アイカ達に興味がない。下手に関わって、周囲の貴族に目をつけられるのはごめんだった。
すげなくされている少年達を見て笑い物にしているのが、つまらない日々の楽しみになりつつある。その日常も最近では見られないが、下手にやっかまれる要素を持ちたくはない。…性格が悪いことは自覚している。
だが、新しい本を開きながら仰ぎ見たアイカの横顔に、セラはしばし呆然と固まってしまった。
まるで、泣く寸前のように表情をゆがめて一心に文字を負っている。
(…一人で放り出された子供みたい)
セラの感想は、正鵠を射ていた。まさか『流離れ人』だとは思わないが。
この世界に来てから一年と少し、アイカはすでに自分が孤独を感じていることは理解していた。それを忘れられずともここに馴染むことは出来るから薄れては来ているが。
「…リボニスが『流離れ人』を忌避するようになったのは、その力を利用して王位をねらった王弟が起こした簒奪戦争が原因だわ。王宮が半分焼失し、国土を二分、近隣国さえ巻き込みかけた戦争よ。それ以降、『流離れ人』に対する感情は悪くなっているから、国内では詳しい記述はあまりないわ。東方諸島の方が文献は多いと思うわ」
関わるな、という空気を出していたセラ(無意識)が唐突に話しだしたので、アイカは瞳を丸くして視線を向ける。
そして、ふっと脱力したように眉を下げると、本を閉じる。
「…そう。ありがとう」
「いいえ…」
どうして口を出してしまったのか、自分でも不思議に思いながらセラは差し出された本を受け取る。
「邪魔してごめんね」
一言謝って、書庫から出ていくアイカを見送ったセラは、深い溜息を吐く。
(…これは、傍観者ではいられなくなったかも…)
気になってしまったから。
クラスメイトというだけではなく、関わってしまうのだろうと予感する。
末っ子であるセラだが、面倒見はいい。さらに、研究者を目指していただけあって、気になったことは追及する癖がある。
「まぁ、興味が出たんだからしょうがないわね」
まだ読んでいない本を小脇に抱え、セラは寮に戻る為身支度を始める。
貴族達のやっかみや視線よりも、自身の知識欲と研究欲を満たすことがセラにとっては大切だった。
アイカが入学して一ヶ月。
初めて、フィリア以外の女子とアイカが交流を持った時だった。