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双玉の戦乙女  作者:
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第二話:『士官学校』

 リボニス王国は大陸の東にある中堅国家だが、その歴史は古い。

 五十年ほど前に北部の民族内乱に巻き込まれたが、それとて先王とラバルド侯爵をはじめとする武人達によってそれほどの被害はなかった。

 その時の活躍から、『勇将』、『王国の守護神』と呼ばれるようになったリガード=ルオン=ラバルド侯爵。

 彼には遅くに向かえ早くに亡くなった妻との間に、一人息子しかいなかった。

 その息子も二十代半ばを超え、嫁取りに焦りだす頃合いだ。

 高名で高位貴族の跡取りということで、多くの貴族が縁談を持ち寄った。

 それらを放置していたリガードは、唐突に一人の少女を養女に迎えた。

 六十年ほど前、難病で静養の末に亡くなったリガードの妹。次期王妃として名高かった美姫の孫だという。

 市井の男と恋に落ち、一緒になる為に死んだことにするのが手っ取り早かった。

 あっけらかんと言うリガードに、先王も承知だ、と言われれば何も言えなかった。

 何より、先々代の王の姉を母に持ち、瓜二つと言われた妹に、少女はうり二つだった。

 疑問に思うことも、文句をつけることもできなかった。逆に、言いよる材料が増えたことに喜ぶ者が出たくらいだ。


 当の少女―――アイカ=アディス=ラバルドが士官学校に入り、ある人物達と誼を通じるまでは…。


















(…投げちゃダメかな)


 士官学校に入って数日後、アイカは脳裏でそんなことを思う。

 合気道の四方投げの流れが自動再生されるが、行動に出ることを理性で抑える。元が面倒くさがりなので、騒動を自発的に起こすのは嫌だと思っていたりもする。

 ラバルド侯爵、王族の傍流、美姫と名高い祖母。

 あらゆる肩書によってアイカの周囲には貴族の少年達が群がる。

 士官学校は身分性別を問わないが、入学金が必要(その後の学費や試験費用はない)である為、一定以上の富裕層でなければ入学できない。貴族が多くなるのも当然といえた。

 裕福な商人や騎士の子供も入学しているが、貴族の少年達にしり込みしているのか、高嶺の花と思っているのか遠巻きにしているのか…。


(関わりたくないって思ってる人もいるみたいだけど…)


 アイカの視界の端で、本を読みふける少女や仲良く談笑している二人の少年がいる。

 貴族関連に興味のない市民層か、家督に絡むことのない貴族の末っ子とかだろう。

 どうでもいい方向に思考を飛ばして危険衝動をやり過ごすアイカは、授業が始まるのをひたすら待った。

 十数分後に鳴った鐘の音に安堵して、アイカは立ち上がる。

 これからの授業は、初めての武術教練だ。

 幼少から武術に慣れ親しんでいたアイカにとって、体を動かすのは好きだった。

 だから、この授業を待ち望んでいた。

 足取り軽く更衣室へと向かうアイカに、取り巻いていた少年達が肩を落とす。

 それを見て、我関せずでいた少女や少年達が鼻で笑っていたのを、アイカは知らない。


※※※


 楽しみにしていたアイカは、授業が始まって十分足らずでつまらなさそうに息をついた。

 長々とした説明を受け、準備運動が終わってから二人一組での組み手が指示された。

 面倒だったので、最初に声をかけてきた少年と組んだのだが、アイカはそれをあっさりと投げてしまった。

 それまでの鬱屈としたものが現れたのだと理解しているが、ちょっとやり過ぎたかなと視線をめぐらせれば、誰もが視線をそらした。

 ちなみに、投げ飛ばした少年は六人だ。

 祖母は市井の男と結婚したのだから、市井育ちだと勝手に思い込んでいる彼らだったが、アイカが腕が立つとは欠片も思わなかったらしい。


「困ったな…」


 組み手は相手がいないとできない。誰もが拒否するのなら、見学するしかない。

 初授業なので、生徒達の交流の意味もあるせいか、組み手の時間なのに教官が席を外している。しばらくすれば戻ってくるだろうが、それまでアイカは暇だ。


「一手、お相手していただける?」


「へ?」


 ふいにかけられた声に、アイカは間抜けな声を漏らす。

 振り返った先にある鮮やかな真紅の瞳に、思わず視線が行く。

 そこにいたのは、平均的なアイカよりも背の高い細身の少女だ。表情のない容貌は人形のようで冷たく感じられるが、どこか怯えを含んでいた。

 その怯えに気付くと同時に、周囲がしんと静まり、視線が集まっていることに気付く。

 面識がないから別クラス(クラスは二つある)なのだろうとあたりをつけるが、何故注目され静まり返っているのかがアイカには分からない。

 分からないがとりあえず、アイカにとって願ってもない申し出だったので、笑顔で頷いた。


「喜んで」


 屈託のない笑顔で受け入れられたことに驚いたのか、少女は瞳を丸くした後、唇を小さく歪めて笑う。まるで、長い間表情を浮かべたことがないかのように強張ったものだった。

 それを気に留めず、アイカは間合いを取って構える。

 少女も同じように構える。

 睨みあって数秒、二人は同時に地を蹴った。

 それから数分後、周囲はただ一人を除いて驚愕の表情に彩られることになる。

 六人の少年達が瞬殺されたアイカを相手に、少女は善戦していた。というより、同等だった。

 徐々にスピードをあげて凄味を増していく攻防は、唐突に終わりを告げる。

 大きく後ろに飛びのいた少女が両手をあげて降参を示した。


「私の負けよ」


「どうして? まだ…」


「体力不足よ。貴方は息を乱してすらいないのに…」


 互いに汗を流しているものの、少女の言うとおりにアイカは息を乱していない。少女は肩で息をしている状態だというのに。

 その指摘に、アイカは納得して息をつく。

 やり過ぎた、と再び思って少女と向かい合って互いに一礼する。


「楽しかったです。次もお相手いただきたいです。フィリア殿下」


「フィリアで構わないわ。生徒である間、身分はないものと同じだから。……知っていたのね」


「何をです?」


「敬語もなしで。対等な立場だもの。…私が王女だと」


「? 当然でしょ?」


「知らないと思っていたわ」


「何故?」


「…私の申し出に、躊躇わずに頷いたから」


「? ………ぁ」


 何のことか分からずに首を傾げていたアイカは、唐突に思い至って曖昧な笑みを浮かべる。

 その表情で、少女―――リボニス王国第一王女フィリア=ルゥナ=リボニスは、アイカが忘れていた(・・・・・)のだと理解して苦笑した。


「…聞いてはいたわけか」


 唯一、二人の攻防に驚愕しなかった少年がフィリアの隣に並んで呟く。

 呆れを含んだ呟きに、アイカは申し訳なさそうにして一礼する。


「聞いてはおりました。ただ、養父(ちち)からは己で確かめろと言われましたので、あまり気にしておりませんでした。ルフォル殿下」


「フィリアと同じようにしてくれていい。…なるほど、ラバルド侯爵なら納得だな」


 今までフィリア以上に無表情だった少年―――リボニス王国第三王子ルフォル=ルオン=リボニスは、ほんのわずかに苦笑する。それはフィリアにしか分からない変化だ。

 納得される理由が何となくわかってしまい、アイカはちょっと遠い目になる。

 その後、すぐに教官が戻って来て、それ以上二人と話すことはなかった。

 だが、すれ違えば挨拶をし、廊下で立ち話に興じ、組み手では必ず対戦するようになる。

 市井育ち(ある意味間違ってない)の侯爵令嬢と王族二人に、堂々と割って入る勇気のある者はなかった。

 結果として、二人と仲良くなったのはアイカにとっては良かった。

 ただ、貴族出身の少年達にとって、二人は忌々しく呪わしい邪魔な存在でしかなかった。


 『呪いの双子』。

 前王妃である母を殺して生まれた、と言われている。

 非常に慕われた女性であったが、出産時に亡くなっていた。

 ただ、亡くなっただけならば悲劇で済んだ。だが、前王妃は出産前に亡くなっていた。

 そして、双子は棺の中で産声を上げたのだ。

 最初は奇跡ととられたが、以降、産婆や乳母が相次いで亡くなり、側仕えの女官が重傷を負ったりしたため、いつしか呪われているといわれるようになった。

 それから、王位継承も望めるほどに血筋も格も高いのに、二人は冷遇されている。

 王族としては何も望めないだろうと思った末、自ら道を切り開くべく、若年の王族がしてもおかしくない行動をとった。変に疑われたりしないために。

 それが、士官学校入学だった。

 周囲は冷たいと思っていた二人だが、ラバルド侯爵令嬢が同期と知り、一か八かで声をかけた。それが大当たりだったのだが。

 自分達の出自を知りながら、屈託のないアイカに二人が懐くのは早かった。

 同時に、不吉な二つ名で呼ばれる双子と仲が良いことが貴族に知れ渡るのは早かった。以降、誰もが距離を置くようになった。

 そのことに、アイカは解放感を得て、リガードは爆笑して、双子はちょっと眉を寄せた。








 これらが、アイカが士官学校に入学してから十日の間に起こったことである。




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