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双玉の戦乙女  作者:
2/21

第一話:『アイカという少女』

 士官学校は全寮制である。

 王宮に隣接し、王宮の一部という認識である為、校舎も寮も離宮を改築した建物を使用している。

 転用できるなら転用して無駄は減らそう、というのが士官学校を設立した王の言らしい。

 これを聞いた時、アイカはリサイクルだと思い、良いことだなと感心した。

 改築された寮は、男女比率のせいか女子区画は非常に狭い。それでも一人部屋なのだから、文句を言う気はないが。


(八畳一間に天涯付きベッド、机と椅子にドレッサー……ドレッサー、ているの?)


 学生寮という印象からかけ離れた部屋ではあるが、アイカは特に気にしていない。ただ、軍人を目指す女子が日常的に化粧をするのだろうか、とは今さらながらに思うが。

 アイカは化粧や流行には全く興味がない少女だった上、にわか貴族なので貴族令嬢の事情を知らない。同級生の少女(四人)の多くは薄くだがしっかりと化粧していたのだが。


(まさか、自分が小説の主人公みたいに異世界にやってくるとは思わなかったわ…)


 パンツタイプの寝間着に着換えて、ベッドに転がりながら、アイカはほんの一年ほど前のことを思い出す。


※※※


 アイカ―――現代の日本人・日宮(ヒノミヤ) 愛華(アイカ)は、ありふれた人生を歩んできた少女だ。

 母親が英仏ハーフで、父親が日本人のクウォーターであることと両親が半ば駆け落ちであること、そして、焦げ茶と赤茶のオッドアイであることを除けば。彼女はどこまでも自分の容貌には無頓着で無自覚だった。

 現代日本で、外国の血を引いているのはさほど珍しいことではないし、今時純粋に黒髪黒眼の日本人の方が珍しいのだから、多少色素が薄いくらいはどうということもない。

 都会から遠く離れたド田舎でさえなければ。

 古くからある旧家・日宮家の一人息子が駆け落ち(実際、反対したのは母方だけ)というのは外聞が悪い。その為、愛華は遠巻きにされていた。

 愛華の左目の色・赤茶は父方の祖母から受け継いだもので、祖母自身もかなり苦労したようだ。

 だが、愛華は最初から祖父母の下で育ったわけではない。

 五歳の時、両親が事故死したことで父方の祖父母に引き取られたのだ。母方は絶縁中。

 優しい祖父母にアイカはすぐに懐いた。

 祖母の幼い頃にそっくりだと言われて喜び、祖母の後を付いてお手伝いを率先して行った。

 持久力と自衛のためにと祖父に教えられる合気道は、あまり好きではなかったが祖父は好きだったので頑張った。ちなみに、祖父は合気道の師範だ。

 基本的に、愛華は対人関係が面倒だと思っている。近づいてこないのならこれ幸いと放置しておく。

 そんな性格だから、友人がいなくとも平然としていた。…けしていじめではない。

 言ってしまえば、愛華の世界は祖父母だけで完結した狭いものだったのだ。

 あまりにも危ういそれは、愛華が十歳の時に崩れた。

 祖母・アヤが病死したのだ。六十代前半という若さだった。

 さらに三年後、愛華が中学に入って数ヶ月後、祖父・太一が病死した。

 質実剛健を地で行っていた祖父の死に動揺していた愛華は、月参りの帰り道、気がついたら見知らぬ森の中にいた。


 大陸の東にあるリボニス王国の東、海に接した広大なラバルド侯爵領の北には森が広がっている。愛華がいたのはその森だった。

 定期巡回の兵に見つかって連行された愛華は、ラバルド侯爵家の城で最初に会った執事長ロバルドと視線を合わせた瞬間、仰天された。

 愛華を連れていた兵達も、呆然として正面の壁にかかっている肖像画を見つめている。

 そこに描かれていたのは…。


「…お祖母ちゃん?」


 祖母・アヤ(の若い頃)にそっくりな美女だった。ただし、髪の色は鮮やかな翡翠色で瞳は漆黒だった。

 常識的にありえない色彩よりも、どうして中世ヨーロッパのお城に祖母の絵が?と愛華は思っていた。

 首をかしげている内に、正気に返ったロバルドがリガードを連れてきた。二人は幼馴染らしい。

 亡き祖父を思い出すような長身で剛健な体躯のリガードに、愛華は呆然と見上げた。



 奇抜な衣装(セーラー服)で侯爵家の私有地にいた愛華は、不審者から客人に飛び級でランクアップした。

 ロバルドと年配の官吏数名によって、一応調書がとられた。

 その結果、愛華が言われたのは、『流離(なが)れ人』ということだった。

 東の島やこのラバルド侯爵領の森には、この世界とは異なる世界から『流離(なが)れてくる存在(モノ)』が多いらしい。百年に二度三度の割合らしいが。

 それらは総じて珍しく、また人であるなら能力が高い。その為、ある意味危険があるのだという。

 能力によっては戦争の道具にされたりするらしい。

 事実、『流離(なが)れ人』によってリボニス王国は一度崩壊寸前になった歴史がある。だからか、リボニスではあまり好まれない。

 本人達が望んできたわけでもないのに、迫害されるのは哀れだとラバルド侯爵家は彼らを庇護してきた。流民などいつの時代も珍しいものではないので、領民としての生活を援助するくらいならどうとでもなったらしい。

 なら、自分もそうなるのだろうと思いつつ、愛華はたったひとつの疑問を口にする。


「帰れるんですか?」


「帰れん」


 きっぱりと言い切ったリガードに、だろうな、とどこか冷静な自分に首をかしげつつ、愛華はため息のような頷きを返す。

 年端もいかない少女には酷な現実だろう、と思っているのか憐れむような視線を向けられるが、愛華は何故か絶望していなかった。途方に暮れてはいるが。

 日本に親しい友人も身内もいない。気になるのは、両親と祖父母の供養(永年供養で契約済み)とか位牌とか思い出の品とか……見事に故人のことばかりだった。

 ここまで薄情だったのか、と自分の他人への情のなさに遠い目になりかかった愛華に、リガードが問いかける。


「…娘。お前、玄関正面の絵の女性に、見覚えがあるか?」


「はい。私の祖母の若い頃にそっくりです」


「祖母の名は?」


「アヤ、ですが…」


「……瞳の色は?」


「私の左目と同じ色を…」


 言った瞬間、ロバルドと官吏がおおぉと声を上げた。疑いようもなく喜んでいる。

 それに驚いて眼を丸くする愛華は、リガードが侍従に持ってこさせた小さな絵を見てぽかんとしてしまう。

 絵の中には、十代半ばの少年と十歳前後の少女がいた。

 少女は漆黒の髪に、鮮やかな深紅の瞳をしてる。その顔だちは、今の愛華より少し幼くしただけのものだ。

 だが、愛華の左目は茶色に赤みがかった色だ。真紅ではない。だから、愛華は何故この絵を見せられたのか分からなかった。似ていることはよく分かるが…。

 その困惑を見てとったのか、リガードは部屋にあった鏡を持ってこさせる。それを愛華の正面に置けば、数秒後、愛華は声にならない悲鳴を上げた。

 右目の焦げ茶はそのままに、左目が鮮やかな真紅に染まっていた。


 リガードとロバルドは自身の知る情報と愛華の情報を元に、仮説を立てた。

 六十年ほど前に行方不明となっていたリガードの妹、アディス=ルゥナ=ラバルドは、愛華の祖母・アヤである、と。

 『流離(なが)れ人』は、何もやってくるだけではない。行ってしまう人もいるのだ。

 行った、ということを証明することはできないが、行方不明になった人間の消息も遺体も見つかることがないのだから、そう思う方が自然だろう。特にこのラバルド侯爵領では。

 仮説を要約すれば、リガードの妹アディスは日本に『流離(なが)れ』、日宮 太一の妻となり、愛華の父を生んで天寿を全うした、ということだ。

 それを裏付ける最大の証拠は、愛華の容貌だろう。

 絵の中のアディス、そして、肖像画の女性にそっくりなのだから。

 これを聞いた愛華は、困惑することなくあっさりと受け止めた。


 あぁ、なるほど。


 心でそう頷いてしまうほど、愛華はその仮説に納得した。

 だから、途方に暮れても絶望を感じなかったのか、と。

 愛華にとって、ここはもう一つの故郷なのだ。不安を得る必要がないのだ。

 それが、日本で感じていた孤独と絶望から来る現実逃避であると気付くのは、まだ先だった。



 帰る術のない愛華は、ひとまずラバルド侯爵家でこの世界を学ぶことになった。

 一年の間になんやかんやあり、何故かリガードの妹の孫(事実)でありリガードの養女として世間に公表され、士官学校に入れられることになった。ちなみに、貴族には五年の軍役義務があるが、士官学校に通わずともある程度の階級につくことができる。


「頑張れよ」


「…現状に理不尽を感じる」


 王都に旅立つ日の早朝、別れの際に交わされた義親子の会話だ。

 不確定な仮説で養女(むすめ)にし、良くしてくれたことには恩を感じているので、恩返しになるならと思ってはいる。何故かどこか強引に押し切られ、押し付けられたかのような理不尽さを感じていた。

 終始、ロバルドが憐れみの眼差しを向けていたことがそれに拍車をかけた。

 納得して士官学校入学を決めたはずだが、釈然としないまま馬車に乗り込む。


 この時が、日宮 愛華が消え、アイカ=アディス=ラバルドが生まれた瞬間だった。


※※※


 魔法の明かりを見つめて、アイカはホッと息をつく。

 今日、愛華は入学式を終えたばかりだ。寮に入ったのは三日前だが。

 周囲の視線に『ラバルド侯爵家』という重荷を実感する。

 だが、決めてしまった以上は、納得してしまった以上は仕方がない。

 対人関係に重きを置かないのと同じくらい、愛華は諦めも早かった。


「なるようになるよね」


 そして、義理に厚いが、同時に面倒くさがりでもあった。

 無頓着、とも言えるだろう。…容姿の美醜とか。

 枕元のガラス玉に触れて明かりを消すと、ベッドにもぐりこんでさっさと寝入ってしまう。

 …図太くもあるかもしれない。





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