プロローグ
リボニス王国士官学校第二八七期生・アイカ=アディス=ラバルドは真新しい制服に身を包み、青い空を見上げてため息をついた。
憂鬱そうにうなだれるアイカの他、同期の士官候補生の内九割は少年ばかり。
だが、アイカが落ち込んでいるのは同性が少ないことではない。
(…にわかリボニス人の私に、ちゃんと出来るのか…)
そう、アイカはリボニスの人間ではない。経歴も、偽りだらけだ。
作り上げられた経歴に疑問を抱く人間がいなかったことに、アイカ自身が疑問を浮かべてしまうほどだった。
正確には、疑問を表に出すことができなかった、というのが正しい。
アイカの後見兼養父は、勇将または王国の守護神と謳われるリガード=ルオン=ラバルド侯爵なのだから。
大きすぎる後見は、アイカの憂鬱を更に重くしていた。
名前に泥を塗るわけにはいかないからだ。
突然現れた見も知らぬ子供を引き取って育てるだけではなく、正式に養女にしてくれた相手に恩返ししたいと考えるのは当然だった。
アイカには身内がいない。たった一人の家族だった祖父を亡くしてもう一年以上が経っている。
だからこそ、養父であるラバルド侯爵に恥じないようにしたい。
しかし、事情を知っている侯爵家の中ならともかく、見知らぬ人ばかりの中では不安しかない。
(まぁ、いつまでも突っ立ってるわけにもいかないし…)
意を決して顔を上げたアイカに、訝しげな表情をしていた少年達がギョッとしたように瞳を見開いた。
何に驚いたのか理解しているアイカは、頬がひきつりそうになるのをこらえて一歩を踏み出す。
一年と少し前まで、この世界の住人ですらなかった彼女が、リボニス王国の歴史に姿を現した瞬間だった。