大きな海の小さな恋
大きな海の小さな恋
海を見ながら歩いていると浜辺に座ってじっと海を眺めている少女がいた
よく見るとその少女は俺と同じ学校の制服を着ていた
「なに、してんの」
「海、見てる」
透き通るような声だった
海に視線を向けたまま、少女は答えた
…あれ、誰だっけ―――
靴と靴下を脱いで、足だけ波に浸かっていた
「なんで」
「好きだから」
言ってからやっと顔をこちらに向けた
「貴方も好きでしょう?」
ドクンと心臓が跳ねたのは気のせいだと思う
「まあ…好きだよ」
すぐ隣に置いていた靴をよけて、座る?と俺に場所を譲った
そうされると座るしかない
大きな波の音が聞こえた
「足、冷たくないのか?」
「冷たい」
少女は即答した
だが足はまだ波に浸けたままだ
手を波に浸けると水は冷たかった
夕日は水平線に沈んだ
「今日の太陽もキレイだった」
「あ?あぁ」
言いながら少女は靴だけを履いた
俺も立ち上がった
じゃ、と少女は別れを告げたが俺は最後にもうひとつ聞いた
「名前、なんていうんだ」
「…名前、かぁ―――」
それまで即答してきた少女がこの問いに言葉を濁した
「覚えなくていいよ
私も貴方の名前、聞かない」
少女は哀しそうに微笑んだ
名前を知ろうと思えばすぐに知ることができただろう
だが俺は敢えて調べなかった
少女の第一印象は変わったヤツ、だった
けれど鼓動は高鳴るばかりだった
それから一週間、俺は学校が終わってから日没までの間少女と海を眺めた
俺の中では海の存在が大きくなっていった
7日目の別れ際、少女は言った
「ありがとう」
なぜか礼の言葉を述べた
俺にはその意味がわからなかった
ただ胸があたたかくなるのを感じた
「…あのさ、私―――いや、やっぱいい
なんでもない」
言いかけて少女はやめた
「なんだよ、それ」
少女の顔は少し赤かった
8日目、少女は来なかった
風の噂で引っ越したと聞いた
どうやら内陸部らしい
それですべてがわかった気がした
おそらく少女は海を見るためここに通い続けていたんだろう
昨日と同じ場所に立つ
初日のやり取りを思い出す
きっと、もうすぐ引っ越してしまうから名前を覚えても意味がない、と教えてくれなかったんだろう
けれど短く、小さいかもしれないが、恋をしていたと思う
あんな気持ちになることはもうない
"好きだから"―――
あの日、少女は海が好きだと言った
俺も本当に海が好きになった
だから最後に…
大きな波の音が聞こえる
夕日が沈む頃だった
少女に伝えるつもりで口にした
「好きだよ」