#5 レクセル、はじめてのよあそび
「――――さてと、お仕事の話をしましょうね」
〈イオンテイル・エクスプレス〉の応接室。
スワンの言葉に頷いて、レクセルは出されたカップをカタリと置いた。
「配送先はパラナル市、荷物は生花20キログラムと郵便物5キログラム。1日で運んで欲しいのだけれど……可能かしら?」
「問題ありません」
即答したレクセルに微笑むスワン。
表情を崩さず頷いてから、レクセルは少し首を傾げた。
……この程度の仕事なら、どの配達人でもできるはず。
わざわざ遊便を使わなくてもよくないか?
「――――これだけなら特に難しくないのだけれどねぇ。道中、略奪機が出るのよ」
レクセルの疑問を察したかのように、スワンは地図を取り出した。
とある地点を赤丸で囲ってから、現在地のファーストと目的地のパラナルを線で結ぶ。
線は赤丸のど真ん中を突っ切っていた。
「……危険空域を突破するルートですか」
「ごめんなさいねえ……迂回したいのだけど、生花がだめになってしまうわ。時間はロスできないの」
戦闘機で配達人を襲い、荷物を奪う略奪機。
その対策は、そもそも遭遇を避けること。
配達人の機体にも機銃があるが、使われることはほとんどない。
荷物を積んで重くなった機体は動きが鈍く、まともにやり合っても勝ち目が薄いためだ。
略奪機に襲われたならとにかく逃げる。
それが一般的な配達人の常識であった。
あえて危険空域に突入するなど、自殺行為と同じ。
…………しかし。
危険を冒してでも荷物を届けるのが、配達人の上澄みたる遊便に課せられた役目である。
「レクセルさんにお願いしたいのは、略奪機の襲撃を振り切るか撃退し、遅れなく配達を完了させること。引き受けてくださる?」
「もちろん。お任せください」
「――――ふふ、流石は遊便さん。頼もしいわね」
真面目な顔で頷くレクセルに、スワンはほっと息をついた。
看板のネオンがびかびか光り、月明かりを弾き出す。
パブからは陽気な笑い声が響き、浮かれた空気が流れる夜の街。
蛍光色の光を載せて、プラチナロングが夜風になびく。
レクセルは壁にもたれかかり、行き交う人々を眺めていた。
任された荷物が〈イオンテイル・エクスプレス〉まで届くのは2日後。出発は明々後日の早朝だ。
それまでファーストへ滞在することになったレクセルには、ビジネスホテルが割り当てられた。
「――――ずっと飛んできて疲れたでしょう。今日はゆっくりお休みなさって」
スワンは気を遣って、そんな言葉をかけたものの。
レクセルにはまだ、やらねばならないことがある。
ホテルの部屋で制服のツナギを脱ぎながら、決意を込めて呟いた。
「――――初ナンパ、成功させてみせる」
迷いのない瞳。止めるものは誰もいない。
ジーンズと革ジャンを着込み、レクセルは夜の街へと繰り出したのだった。
……と、威勢よく出てきたのはいいものの。
「なんて声をかけるか……」
レクセルはナンパなんてしたことがない。
むしろされる側である。そして断る側でもある。
記憶を漁って出てくるのは、ムカつく誘い文句ばかり。
女心を理解するためのデートなのに、相手を不快にさせたらどうすんだ……と悩んでいた。
――――しかしその姿は、はたから見れば。
物憂げにたたずむアンニュイな美少女で。
「……わぁ! おねえさんすっごくかわいいっ♡」
夜の街では放っておかれるわけがなかった。
声の方へ振り向くと、そこにいたのもふもふな生き物――――もとい少女であった。
ふわふわと広がる桃色の髪、ころんと丸い大きな瞳。口調も相まって、柔らかな印象が伝わってくる。
背はレクセルより頭1つ分も低い。
「…………子供は寝る時間じゃないの?」
「ひっどぉい、これでもハタチなのにー!」
「ハタチ? 本当に?」
「…………あと3年でぇ」
「17じゃん――――って同い年か」
「わぁうれし♡ てかおねえさん、意外とワイルドな口調なんですね♡」
くしくしと少女は笑う。
悪い? とレクセルがムッとすると、ふわふわ髪を揺らして首を振った。
そうだ! なんてわざとらしくポーチを開けて、取り出したのは2枚のチケット。
「わたし、これから映画観に行くんですよぉ。おねえさんも一緒にどうですか♡」
「……なんで2枚買ってんの」
「こういう出会いがあるかもって! でも、こんな美人さんに会えるとは思ってませんでしたぁ♡」
ぎゅうと腕を取られ、レクセルは思わずびくりと跳ねた。
ハレーはともかく、他人からのスキンシップには慣れていない。
「あれ、緊張しちゃってますー?」
「別に。行ってあげてもいいけど」
「わぁ! やったぁ♡」
レクセルは誘いに乗って誤魔化した。
「わたしレヴィっていうんです♡ おねえさんは?」
「レクセル」
「わ、頭文字お揃い♡ レクさんって呼んでもいいですかぁ?」
「……好きにして」
グイグイ来るな……。
でもナンパするなら、これくらい前のめりじゃないと駄目なのかも。
るんるんと擬音が聞こえてきそうな横顔を眺めつつ、レクセルは心のノートにメモを取った。
「そういえば、レクさんってファーストの人じゃないですよね? だってこんな美人さんが住んでたらウワサになりますもん!」
「まぁ、ファーストには仕事で来てるからね」
「ほへぇ、なんのお仕事です?」
「配達人だよ」
「わぁ、かっこいい! レクさんにぴったりですね♡」
「ぴったり――――なんで?」
「えーだって美人さんと飛行機でしょ? 絵になるじゃないですかぁ――――あ、着きました!」
ちかちかと瞬く巨大な電飾。
古き良き劇場を思わせる佇まい。
戦後復興の象徴かのごとく、贅を凝らした意匠の建物が、目の前にそびえ立っていた。
「うわ、すご……」
「ふふっ」
「…………なに?」
「びっくりしてるレクさんがかわいくて♡ でも恥ずかしいことじゃないですよ、初めて来た人はみんな同じ反応するんです♡」
なんたってファーストで一番大きな映画館ですもん――――と上機嫌なレヴィ。
レクセルは表情に迷い、唇をぴくぴくさせた。
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