そばかすの騎士
初恋の人は誰ですか?
そう聞かれたとき、貴方はなんと返すのでしょう。
近所で暮らしていた幼馴染?隣の席だった学友?忘れてしまった?
初恋の人なんていない。そう答えるかもしれません。
でもそれは嘘なはずです。人は恋をする生き物なのですから。
そして少なからず人は初恋の人に対して苦い思い出というものを持っているものだと思います。
初恋は大抵叶わないものですからね。
わたくしにも初恋の人がおります。そして同時に苦い思い出も。
これから物語りますはわたくしの初恋の人、そばかすの騎士についてのお話です。
その方をわたくしが初めて見たのは自室の窓からだったと思います。
わたくしの部屋からは騎士団の訓練場が良く見えます。勉学が嫌いだったその頃のわたくしは自習の時間はよく訓練の様子をみて暇をつぶしたものです。先生には悪いことをいたしました。
そうやって、ぼうっと騎士たちを眺めているとそのうち、わたくしにもお気に入りの騎士というものが出来ます。
(わたくしは自慢ではないですが目がすこぶるよかったので、訓練を行う騎士たちの顔は容易に見分けることができました。)
訓練場を一周する準備体操で毎回列の後方になってしまう背の低い騎士。よく眠たげに瞼をこすっていて教官に怒られているぼんやりとした騎士。
お気に入りは複数人おりましたが中でもわたくしが特に気に入ったのはそばかすが特徴的な若い騎士でした。
なんせ顔が良いのです。筋の通った鼻に、切れ長の瞳、くっきりと整えられた眉。極めつけは満点の星空のように散らされたそばかすで、絵画にして自室に飾っておきたくなるほど、その方は完璧な顔立ちをしていらっしゃいました。
やがてわたくしはその方の特徴になぞらえて、『そばかすの騎士』と心の中で呼ぶようになりました。
そばかすの騎士は顔立ちだけでなく、性格も良かったように思います。生真面目で訓練に熱心に取り組んでおりました。訓練に手を抜いている同輩を見かけると注意する様子も見かけました。
わたくしはそばかすの騎士を観察することに夢中になりました。自習時間だけにとどまらず、暇ができると訓練場を見渡してそばかすの騎士を探しました。その時にはもうわたくしは恋に落ちていたのだと思います。
その頃になるとわたくしのそばかすの騎士好きはもはや周知の事実でした。
食事すら訓練場が見える自室で取ろうとするからといって、部屋が移されたときとても悲しかったのを覚えています。しかしわたくしは懲りずに廊下の窓から訓練場の様子を見続けました。
日々、観察を重ねるうちにわたくしはそばかすの騎士をもっと近くで見たいと思うようになりました。
今のわたくしなら羞恥心が勝って直接会いに行くなどということはしないでしょうが、当時のわたくしはお転婆で、訓練場に足しげく通うことになるのは当然のことでした。
近くでみるそばかすの騎士は遠くから見るよりもさらに美しいものでした。周りの騎士とは明らかに気配が違うのがわかります。違いを言葉にしろと言われると困るのですが、明確に他の騎士とは異なるのです。例えるならば鉄と銀でしょうか。周囲の騎士たちを身を守る鉄の鎧とするならば、そばかすの騎士は悪を打ち滅ぼす銀の短剣でした。この方に殺されるならば盗賊さえ誉れに思うだろうと、わたくしが感じてしまうほどそばかすの騎士は魅力的でした。
そばかすの騎士からすれば訓練を覗きにくる小娘は迷惑そのものだったでしょう。けれどもこの方は一切嫌がるそぶりを見せずにわたくしに話しかけもしてくれました。
その度わたくしは舞い上がって頬を真っ赤に染めてしまうのです。
一時期、わたくしは騎士達の訓練に混ざりたいと主張したことがありました。そばかすの騎士が行うことならなんでも魅力的に見えてしまったのです。無論、周囲の者たちは反対し、決してわたくしに剣を握らせるようなことは致しませんでした。それでもわたくしの憧れは収まらず、そばかすの騎士に同意を求めました。ねぇ、一度くらい剣を握らしてくれたっていいと思わない?、と。
するとそばかすの騎士は膝をついて、わたくしに目線を合わせて言うのです。
「姫様、物事には適材適所というものがあるのです。姫様の柔らかい指は剣を握るには余りにも優しすぎます。姫様はどうか、守られた安全な場所で日々をお過ごしなられますよう。戦うことは我ら、騎士団にお任せください。私達はそのために剣を振るい、鍛錬を積んでいるのですから。」
そう恋する相手に言われてしまったら、わたくしはもう何も言えなくなってしまいます。
それ以来わたくしが訓練に参加したいとせがむことはなくなりました。
訓練場に足を運ぶことをやめることは決してありませんでしたが。
わたくしがそばかすの騎士に対して贈り物をすることも多々ありました。
短剣に、馬に、甲冑。いずれもそばかすの騎士に似合うと思って贈ったものですが、どれも邪魔になるものばかりです。今思うとよく受け取ってくれたな、と逆に関心いたします。
花や菓子などを送らなかったのは、恋する人にずっと使えるものを贈りたかったのもそうですが、それらのものがあの方に似合わないと思ったからです。
わたくしにとってのそばかすの騎士とは、誰よりも強く、誰よりも気高い騎士でしたから。
そばかすの騎士が亡くなったのはわたくしが14になった年のことです。
その頃、わが国と隣国の関係は悪化しておりました。
そばかすの騎士が所属する騎士団はその隣国と接する国境に赴き、警戒に当たっていました。
そこで発生した小競り合いでそばかすの騎士は命を落としたそうです。
騎乗していた馬(わたくしが贈った馬ではありません。あの馬は戦場には向かない臆病な品種でしたから。)に矢を打たれ、驚いた馬がそばかすの騎士を振り落とし、味方の馬に頭を蹴られて亡くなったそうです。
そばかすの騎士が亡くなったと知ったわたくしの落ち込みようは想像できると思います。知らせを知った初日は実感がわきませんでした。けれどもいつまでたっても訓練場にあの方が現れないのをみて、ようやく死を実感しました。
その後は食事には一切手をつけず、自室に引きこもって毎日泣き続けました。
最後の方になるともう、泣く気力もなくなってただ茫然と天井を眺めておりました。
わたくしの悲しむ様子が伝わったのか、そばかすの騎士のご実家がわたくしに遺品を分けてくださいました。もしかしたら王家から圧力がかかったのかもしれません。
なにも知らなかったわたくしは遺品を分けていただいたことをただただ喜びました。
分けていただいた遺品は一つの髪飾りでした。騎士団の宿舎に置かれていたものだそうです。わたくしは少し首を傾げました。それは若い娘がつけるような愛らしい品だったからです。当時のわたくしは妹や姉の品なのだろうと一応納得をつけました。
ともかくして、わたくしは常日頃、その髪飾りを身に着け、心の支えにして、そばかすの騎士が亡くなったという事実からすこしずつ立ち直ることができました。
そばかすの騎士が女性であったことを知ったのはそれから6年後のことでした。
彼女は元々、ごく普通の少女として育てられたそうです。
ドレスや舞踏会に憧れる、どこにでもいる少女でした。
けれども長子である兄が病気で亡くなった途端、状況は一変します。
彼女の他に子供はおりません。守られるべき女という立場を失って、彼女は家を守る跡取りとならなくてはなりませんでした。
わが国では騎士の家系の家督を継ぐには六年間、騎士団に所属しなければならないという法律があります。それで、彼女はあの訓練場にいたのです。騎士団に入ると分かったとき、彼女は長かった髪を切ったそうです。髪が短くなった彼女には、もう髪飾りは必要ありません。けれども彼女は髪飾りを持ち続けました。
家を継ぐ立場にある騎士が戦に駆り出されることは本来ならばありえません。そんなことをしてしまえば跡取りがいなくなってしまいますから。しかし度重なる小競り合いに疲弊した王国はそばかすの騎士含む、騎士団の面々を国境に召集しました。死者負傷者はさほど多くありませんでした。それでも彼女は数少ない犠牲者の一人となってしまったのです。
一連のことを知ったわたくしはすぐさまに遺品の髪飾りを彼女の家族に返還しました。あれはわたくしのようなものが身に着けていいものではありませんでした。あの髪飾りは彼女のものです。
ずっとこの記憶をだれにも話せずにいました。この話を知っているものは多くおりますが、こうしてわたくしの口からお話するのは初めてなのです。今日、この時、貴方に聞いていただけて良かった。
これでわたくしの初恋のお話はおわりです。
次は貴方のお話を聞かせていただけますか?




