7話 虚飾のラブストーリもしくは
闇を閉じ込めたような、いかなる光も拒絶する重い石の瞳が、うちより湧き出る関心に負けた。
きゅるりと、光がその瞳の中を泳ぐ。
――食いついた。
ハーデンバルツ家当主として、この精霊の手綱を握るために、教えられた知識がある。一つは、古く美しい魔石を好むという特性。だが、契約の対価になりうるレベルのものは人類にとっても貴重なものだった。
そしてもう一つは……今でもロデリオットは疑わしく思っている。だが、もし本当であるのなら、利用できる。
「俺の妹、キャサリン・ハーデンバルツと、平民の男だ」
「ハーデンバルツの、女、だと!?」
柔らかく細い金糸の髪、北領民の典型的特徴から外れない白肌、瞳は大粒の青。
古の魔石が持つ、光の加減によって深い青にも、浅瀬の青にもなり得る碧眼はハーデンバルツの者の特徴だった。
魔石の女王は、その石が嵌るに相応しい美を備えた一族の顔が、大変好みであった。
「し、信じられん……ハーデンバルツの女が恋をする!? そんな、そんな面白い話を、どうして我は……!? くそっ、契約さえければ、自由の身でさえあれば!! 一体どうなったんだ? 相手の男とはどうなっている?」
見下ろすことしかなかった瞳がようやくロデリオットと同じ高さで、その身を捉える。
「それは……言えないな」
ニヤリとロデリオットは笑う。まあ嘘はついていないだろうと。確信はないが、ミクシリオがキャサリンに何かしらプラスの感情を抱いていることは間違いないし、まるでキャサリンの方が、ミクシリオに惚れているかのように勘違いしたのは精霊の勝手だ。
実のところ、棺さえ手に入ればもはや関係ないとロデリオットは思っていた。
「くっ、すまん、許せマガレッド、アーフェン! 夢停の棺は我ら三対で作りそこしたものの、併して現在に至るまで我の元にある!つまり所有権は我にあり!」
清々しいほどの裏切り宣言の後、セレスティは高らかに契約を宣言した。
「我、第二源精霊セレスティオーライト・アラバラスダストは夢停の棺を、ロデリオット・ハーデンバルツへ譲渡する。
代わりに、ハーデンバルツ家家宝 北氷の剣とロデリオットの語る言葉をセレスティオは得る!
第一源神代精霊の名にかけて、誓約を結ぶ!」
セレスティアは震えた。
上位精霊の名を借りた誓約において、裏切りが怒るなど、彼女の常識からはありえないことだった。
いくら美しい魔石の瞳を持っていても、いくら北の君の庇護する血族であろうと、誓約をやぶること、それは許されるものではなかった。
だから、彼女は人間が夢停の棺を使った結果、肉体と霊魂が分離して出た霊体――白い尾を弾きながら宙を漂うのは稚精霊そっくりだった――を掴み上げ残りを取り立てたのだ。
「夢停の棺を、肉体のある生物が使うのは初めてだ、我も驚いている。だが、それ以上に、お前、誓約の対価を払う気なぞ、最初からなかったな?」
ギリギリと霊体を締め上げながら、セレスティアはゆっくりと語る。
「その姿では、魔法も使えないだろう。お前たちは肉体を経由した魔法行使しかしてこなかったからなぁ、ああ、こんな矮小なもの、今ここで潰して――」
黒から赤に、真っ赤に染まった瞳が小さく蠢く霊体を潰す、自然に生きる精霊を観察すれば、その光景は珍しいものではなかった。
だが、今回はそうはならなかった。
霊体を包むように貼られた守りの壁は、灯火のように輝きつつも、害するものを拒む力を放っていた。しかしセレスティアが一歩身を引き、掴んでいた手を完全に離したのは、その魔力が持つ気配のせいだった。
「き、北の君!?」
ハーデンバルツ家の血に絡みつく契約相手、神代精霊の魔力だった。だが次いで聞こえた声は人間のものだった。
「舐めるなよ! 俺は学園随一の天才、ロデリオット・ハーデンバルツだ!」
魔法によって空気の振動を生み出し、肉体があった時の喉をエミュレートする。
ロデリオットは、肉体を失ってから10分で声を生み出したのだ。
肉体と共にあった、蚓が血管中を這い回るような不快感、頭蓋をかち割るかのような頭痛、重しを身体中にくくりつけたような倦怠感。
その全てから解放されたロドリオットは学園にいた時よりさらに洗練された魔法使いへと至っていた。
「お前っ!自我があるのか!」
コンマ1秒単位で生成される魔法陣の砲撃の嵐の中、セレスティアは目を見開いた。
契約精霊の持つ無尽蔵の魔力は、人間の肉体こそが誓約であり、霊体となった術者は無敵だった。
契約さえなければ。
「ミクシリオ・クーロ! キャサリン・ハーデンバルツ!」
猛攻が止まり、全ての攻撃の中心にあったものがゆっくりとセレスティアの目前に降りた。
精霊は、誓約に縛られる。霊体となったロデリオットの存在は、精霊に等しかった。
「お前は誓約を結んだ! 我に、二人の物語を届けると!」
霊魂を砕くように、亀裂が下部より伸びる。
「それを違えるか!」
狂ったように、ただ一つの魂へ手を伸ばすその姿は確かに人類が畏れ語り継ぐ異形のものであった。
「わかった! 悪かった! 人間が棺を使えば、どうなるのか、俺も理解してなかったんだ……許してくれ」
たった今生まれたばかりの精霊と第二源精霊。決着は分かり切っていた。
ロデリオットは地に伏すよう漂った。魔法はすでに解除して、人間であれば両手をあげているような状態を霊体ながら示したつもりだった。
「……我は謝罪を求めたわけではない。履行せよ。お前が宣言した通りに」同じく矛を収めたセレスティアは矮小な光を見下ろしてそういった。
「つまり……?」言葉の意図を掴みかねたロドリオットの光は揺れる。
「とぼけるな! お前は、物語を上梓するのだ」
堂々と、胸を張り宣言した。
セレスティアは本気だった。
本気で、ハーデンバルツの女と平民の、身分差ラブストーリーを心待ちに、期待していたのだ。
ロドリオットは頷いた。もしかすると項垂れていたのかも知れない。
霊体となった身であれば、この世界の物理法則を超越した行動をとることができる。
若き二人の恋路の行方へを、自由に存在を動かせない大精霊に代わって、見届けることもできるかも知れない。
何の問題もなかった。
ただ一つ、その二人が全くもって、恋愛関係に発展しそうにないことを除けば。




