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君が帰らない  作者: みドドド
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6話 魔石の女王の好物

 魔石の女王との契約

 

「――いっておくが、神代精霊の契約に対して泥を塗るような契約は結べないからな」

 精霊は、童話に描かれる牧歌的イメージと反して、厳密な上下関係を持ち、最も重要な要素は生まれた時代であった。

 精霊と取引をし、対価を得る契約ではすでに結んだ契約をより上位の精霊との契約によって打ち消すことができた。だが、ロデリオットを苦しめるものはハーデンバルツ家、ひいては王国成立以前に遡るものであり、 そこで語られる精霊はもはや人間からすると精霊という枠を超えた信仰対象だった。

 セレスティアはそういった精霊を神代精霊と呼んだ。

 だが、ロドリオットの顔に落胆は見えない。彼の目的は、契約による打ち消しではなかったからだ。

「俺の目的は別だ。 欲しい遺物がある」

 遺物という言葉に、目の前の魔力塊のような存在が膨れ上がるような錯覚を覚えた。

 厳かに、だが、その口ぶりには敵意を滲ませてセレスティアはいった。

「なぜ、我がお前らに遺物を貸す? ハーデンバルツの子よ、少し立場を勘違いしているな。こうして我が自ら姿を現しているだけで、お前らは地に伏して感謝すべきところを、北の君の契約者であることから多めに見ているだけに過ぎない、奢るなよ――」

 だが、ロドリオットは引かない。

「対価に、この剣を譲渡する」

 セレスティアの砦に入る時に掲げた剣を、鞘に戻し、地に置いて身を引いた。

 銀鉄色の刀身は乳白に輝く鞘に納められ、柄に据えられた大粒の石がきらりと一点輝いた。

「本気か? ……まあ、話くらいは聞いてやろう」

 手を叩き、大部屋の外装を椅子と机のある来客用の部屋に切り替えて続けた。

「何を貸して欲しいんだ?」

「夢停の棺」

 途端にセレスティアは眉を下げ、解せない、という顔をした。

「どうしてそれを……いや、それはよい。なぜあの棺なのだ?あれは我が生まれて間もない頃、同源の精霊と共に作った魔道具。言って仕舞えばガラクタ、人間に価値があるものとは思えない。我でさえ、お前が口にするまでその存在を忘れていたものだ」

 だがセレスティはロドリオットの顔を見て確信する。こいつはあの棺が何かを知った上で欲しがっている。

「……だめだ。それ以外なら良いが、あの棺は貸せない。あれはそもそも三対で作ったものであり、勝手に譲渡など、」

 急に歯切れの悪くなったセレスティアは急速に女王としての威厳を失いつつあった。

「精霊同士の貸し借りだろう? そんなのどうせ千年単位のことだ。向こうも忘れているだろう」

「いや、しかし……うぅん、やっぱりならん! マガレットに申し訳がたたん! それに人間!あれで何をしようというのだ? あれに人間が入れば――」

「その身は凍りつき、再び目覚めることはない。肉体は永劫に閉ざされる、だろう。まあ一足先に、自らの意思で入れる棺」

 その言葉に一瞬だけ顔を固くしたが、セレスティアは言いかけた言葉を飲み込んで腕をくみ、ロドリオットの剣を、主にその柄に嵌められた美しい魔石を眺めた。

「うぅん、欲しい……くそぉ、お前がハーデンバルツの子でなければぁ、この地でだれた消えようとかまわないのに」ゆらゆらと体をくねらせて唸る。

「足りん! あの魔石は素晴らしいが、我が、我ら三対の精霊が作り出したアレを貸すには足りん!」

「じゃあ、何か付け加えれば貸せるんだな?」

 その言葉にセレスティは否定も肯定もしない。代わりに、値踏みするようにロドリオットを睨んだ。

 予想外のことではない。だから、家に寄った時に、剣以外にも取ってきたのだ。ロドリオットがポケットから掴み出した魔石がこぼれ落ちる。

 だが、セレスティアの目は変わらず、首は横に振られた。

「ダメだ。柄の石の100分のいちの価値もない」

 両方のポケットが空になった最後に一枚の紙が落ちた。それは学園の最後の日に、ミクシリオが見せた模倣魔法で使ったもので、ロドリオットはこの瞬間までその手紙の存在をすっかり忘れていた。隠し通路を通る際に、家の魔石をポケットに突っ込む時でさえ気づかなかった。

「なんだそれは?」こぼれ落ちた紙を拾い上げ、セレスティアは首を傾げた。

「待て、それは違う。返せ」

 紙にも、書かれた文字にも、一切の価値はない。だが、ロドリオットは手紙に気づいた瞬間から、栗色の髪をした、学園ではクラスも違うのに、やたらと縁のある男の顔を完全に思い出していた。

 精霊はかってに紙を広げて中身を見た。

 なんてことはない。そこには二つの名前が、全く異なる筆跡で書かれているだけだ。

 ロドリオット・ハーデンバルツ

 ミクシリオ・クーロ

「なんだ、想い人か?」

 ニヤリと、手紙を抱きしめるようなふりをして精霊女王は笑う。その姿には、この屋敷に足を踏み入れた際に見せた威厳はかけらも残っていなかった。

「アホ精霊。どう考えても男の名前だろ」

 紙に伸びる皺に、顔を顰めながら否定するが精霊は空中を漂い、踊るように体を舞わせるだけだった。

「ああ、久しぶりの感覚だ。そうだ、精霊は噂好きだというのに、我だけこんな北辺に追いやられ……なあ南の方はどうなっている?氷侵は進んでいるか?」

「……そうか、お前はここからでないから知らないのか。いや、ここ北家を含めて、四方では長いこと氷侵は止まっている。今の中王聖帝のおかげだって、中央の支持率は過去最高だ」

 バカにするような笑みをこぼしてロドリオットはいった。

 中央聖都を中心とし、四方を溶けない氷に囲まれたこの世界で、氷侵は大きな問題だった。だが領地を失うに至るほど重篤な氷侵は300年以上前の話だった。

 北のハーデンバルツとして彼が四家会議に参加したのはかなり前ではあったが、その事実は今も変わっていない。

 セレスティは感心半分、今の戦線の生ぬるいことの嘲笑半分に昔話を勝手に始めた。

「いい時代に生まれたなぁ、ハーデンバルツの。昔は日毎にジリジリを領土を失い、あといかほどで北の領地を失い、聖心都まで侵食されるか、数学者であったお前の祖先は泡吹いていたぞ」

 思い出し笑いに肩を振るわせる。

「あれはマイヤー・ハーデンバルツだったか?それとも、ロンバルドだったか」

「俺がお前と昔話をしに来たと思っているのか」

「そうだなぁ、じゃあ契約に足るものを用意できたか?」

「……この国の情勢情報」

「ダメだ。本気で知ろうと思えばそんなものいくらでもしれる。……そう、まあ概ね我らが愛するのは個々人の友愛物語だ。国単位の諜報跋扈する話などさほど珍しくもない。もうその手の話には1000前から飽いている」

 柄の石を名護惜しげに撫でつつも、諦めがついたようで、女王は再び威厳に満ちた顔を作った。

「これ以上、取引材料がなければ、もういいだろう」

 セレスティアは勝手に拾い上げた紙をロドリオットに返してそういった。

 ミクシリオ・クーロの名前が嫌に眩しく映った。

 ロドリオットが、そのクラスも違う、身分も違う男の名を覚えていたのは、いくつかの理由がある。

 ――へへっ、あのぉ、彼女、妹さんですか?素敵ですねぇ。

 顔つきのせいか、オーラのせいか、ロドリオットとキャサリンが兄妹であると他人に名乗る前に気づかれたことは一度もない。

 ――うー、痛いっ。やっぱ、貴族の人は強いなぁ。

 事前に告知された小グループの割り当てにロドリオット・ハーデンバルツの名前を見つけた学生は皆棄権した。運悪く骨でも折れば今後の学業生活に支障が出る。運よくハーデンバルツに一本当てれば、中央貴族として今後のキャリアに影響するだろう。

 賢明で合理的な判断だった。

 中央学園に通うだけある。

 一人を除いて。

 ――あっ!ラッキー! かすった!

「ふっ」小さな空気が無意識に漏れていた。

 そんなしがらみ、何もかも関係ないような、――拍子抜けするほど弱かったが――まっすぐな太刀筋を思い出した。

 一つ思い出せば、ずるずると芋蔓式に記憶の籠が震える。

 最も笑えたこと。

 ――このこと、妹さんにはどうかっ

 あいつが狼狽えたのは、俺を怒らせたことで、キャサリンの心象が悪くなるかどうかということだった。

 もう何年もプライベートで口を聞くこともない程度には仲が良い。この冷え切った関係は社交界に来る末端まで知っているのに。

 そうか、あいつはキャサリンに気があったのか。

 ロデリオットはようやくそのことに気がついた。

 あの閉鎖できな空間にあって、あいつは唯一面白いものだったかもしれない。筆跡模倣のこともそうだ。話しかけてみればよかった。

 過去を悔いることはないが、ロデリオットはそんな想像をして笑った。

 だが、その柔らかな追憶を打ち切るように、頬撫でる冷気によって意識は目の前の精霊にむく。

 もしかしたら、これは使えるかもしれない。

「身分差の恋。ありきたりで、飽き飽きか?」

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