5話 魔石の女王と契約
――ハーデンバルツ家所蔵・北端第一等級遺跡にて
学園から、北領へはいくら長距離移転魔法を使ったとはいえ、ついた時には暗闇が街も屋敷も覆っていた。
ひっそりと屋敷に侵入したロデリオットの姿はとてもじゃないが、屋敷の正当な主人には見えなかった。だが、そんな立ち振る舞いを気にする余裕はなかった。貴族寮の監督生は気まぐれたが、変な直感の働く男で、最も嫌な予想ではすでにロドリオットの不在がバレている。
急がなければならない。なぜなら、屋敷は最終目的地ではないからだ。本当なら屋敷になんか寄らずに、そのまま行けたらよかったが、どうしても必要なものがあった。
ハーデンバルツ家家宝、神話時代に神が北領を収める英雄に授けとされる北氷の剣。その剣は当主が常に佩刀する習わしだった。本来であれば。
両親の不慮の事故というイレギュラーで急遽まだ学園に通ってすらいない子供ながら当主となったロデリオットは、その剣を成人まで刀身の方しか持つことが許されなかったのだ。
今の代理当主によって、鞘の方はこの屋敷に保管されている。
保管されている場所への立ち入り自体は自由だ。だが、学園に通うロドリオットは中央聖都からほとんど出ることはできない。だからこそ立ち入りが自由だったんだろう。
刀掛けに飾られた鞘を強奪するようにむしり取るとついでに周りにあった宝石の品々を適当に掴みとりポケットに詰め込んだ。
その姿はやはり当主というより強盗だった。
ロデリオットの目的地、それは所有する遺跡の主であるある精霊だった。
その精霊は王国史において友好精霊としては最古の存在であった。もちろん、友好とは積極的に人類に害をなさない、という程度のことだったが。
屋敷を出て、ロドリオットは記憶にある座標に最も近く、転移が有効な場所へ転移した。
踏みしめた足にまとわりつく雪は白く、ロデリオットが持つ僅かな光源を照り返した。
吹き付ける雪は幸運なことに、視界を破壊するほどではない。だが、漂う瘴気は吹雪の程度とは無関係だった。
ズキズキと、いつもの頭痛と吐き気が、立ち込める瘴気と相まって最悪の不協和音を奏でていた。
それでも、ロドリオットは足を進めた。
その先に、終わりがあることを知っていたから。全ての苦しみの終わり。待ち焦がれた安寧が、手を伸ばせばそこにある。
それを知っている男は決して歩みを止めなかった。
大陸は中央聖都――王族の住う土地――から離れるほど、四方どの方角であっても、苛烈な豪雪に見舞われる。問題は天気だけではない。雪は瘴気を纏い、侵食された土地では氷獣――氷より無尽蔵に生み出される獣――が絶えず来襲する。それゆえ王家は建国の勇臣である四家に防衛を任せた。
ハーデンバルツ家が担うのは北だ。
今回ばかりは、ハーデンバルツ家、ひいては北の領主に生まれてよかったとロドリオットは思えた。
四家が所有する一等級遺跡への立ち入りは部外者にはほぼ不可能だ。
鼻先まで迫る、確かな安らぎを前に気持ちは緩み、生まれに感謝するまでにいたる。そんな己を自嘲するように笑う息が漏れれた。顔を上げれば、すでに目的の座標に到着している。
出鱈目に石が積み重なって、吹き付ける雪がその隙間を埋める歪な建築物。それが、ハーデンバルツ家所有の遺跡、通称・魔石の女王の住まう場所だった。
わざわざ時間ロスを承知の上で持ってきた剣。かざして入れば、通常であれば侵入者を試すように巡らされている、外観から想定される空間構造を無視した迷路はなく、一人の化け物がゆらりと立っていた。
屋敷の屋根を持ち上げるほどのあまりの巨体に、立っている、というより伸びている、もしくは生えているという表現の方が適切な有様だったが、その四肢や顔はどうやら人間を模しているようだった。だが、瞳の数と腕の数は人間よりやや多い。
体に沿って流れ広がる銀緑の髪は、それ自体が明るい光を帯びており、大部屋全体を明るくしていた。
響き渡る声に合わせて、髪の海は揺れる。
「なんだ、ハーデンバルツの子か。 その気配のせいで北の君かと思ったぞ」
四つの目のうち、上の二つを閉じで化け物はため息をつくようにシュルシュルとしぼんだ。時が巻き戻るように、髪も中心の頭に戻るように短くなっていく。
人間サイズまで小さくなるのをまって、ロデリオットは言った。
「魔石の精霊女王、セレスティアに取引を持ってきた」




