4話 正直者の夜
バカな男。
女の演技一つ見破れない。
キャサリン・ハーデンバルツが、兄の安否を心配する?ありえない。むしろ一刻も早く死亡したという吉報を聞くために、神殿の方角へ一日三度祈るだろう。
当然だ。彼女の人生は、ロドリオット・ハーデンバルツに壊されたのだから。
母と父がなぜいないのか。それはある日出かけて事故にあったからだ。
母と父がなぜあの日出かけたのか。それは兄のわがままのせいだ。
領地運営に多忙な母と北東警備隊隊長を兼ねる父が顔を合わせる機会は限られている。
それなのに、よりにもよって二人が揃った日に、愚かなロドリオットは出かけたいとワガママを言った。
まだ幼い妹だけを抜いて、三人で。
そして、嵐、土砂崩れ。
生き残ったのは、世間知らずで、愚かなロドリオットだけ。最も死ぬべきだったのものが生き、生きるべきだった両親は死んだ。
無知な兄が、そのわがままでキャサリンから親の愛を奪ったのだ。
どうして今更、愛している、何て言えるだろうか。
彼女は今、現ハーデンバルツ家代理当主を務める男を親のように慕っている。
あの男は信頼ならない。
俺は、どうすべきだった。
キャサリンから、再び親を奪うべきだった?
ああ、もういいんだ。
もう、考えなくていい。
そういうものに、なったのに。
どうして、俺は今ここに意識があり、嘘泣きするキャサリンに心を痛める?
どうして、その資格がある?
歯噛みしようと、肉体は遠く離れた遺跡に眠る。
遺物を使った仮死が、こんなものだとは、セレスティアは教えなかった。
これだから精霊は嫌いだ。アイツらをやたらと持ち上げる神殿も信じられない。
ああいっそ、意識さえも凍結されてしまえばよかったのに。
眼下で眠る男が憎い。
元凶はこいつだ。汚い部屋で、机に突っ伏して唸りながらも、意識を飛び立たせている。
よくもあんな出鱈目を言えたのものだ。
机には、俺が押し付けたペンと紙が無造作に置かれている。
ミクシリオ・クーロ様へ
自分の筆跡で、自分が書いた覚えのない文を見るのは奇妙な気持ちだ。
書き出し後、ペン先のシミがいくつもついており、結局諦めたように言葉は黒く塗り潰しされ消えている。
俺だったら、こんな間抜けな書き出しなんか書かない。
ものが掴めたら、インク瓶の一つでも投げつけてやるのに。
「ん……う、ご、めん……」
眉間の皺を深めていう。目を見てもない、ましてや夢のなかでされた謝罪を受け取る気はないが、少し、垂れた汗と、手につく黒の色が溶けて、青く伸びるのが苦しくなった。
両親が死んで、領地運営法を叩き込まれていた日々、俺もこうして眠りについたから。
あの時、俺は頭を撫でて欲しかった。
俺が殺した母さんに。
そして、もう兄になるのだから、甘えるなと叱り飛ばして欲しかった。
俺が殺した父さんに。
無意識に伸ばしていた手が、バカの身じろぎによって触れあう。
「は?」
触れた一点を起点に、魂が引き込まれ、やがて融解した。
「嘘、だろ……?」
月明かりが木枠から覗く。風景は変わらない。だが、全く異なる窓から見るように、景色は違った。
俺は、ミクシリオ・クーロの体に入っていた。




