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十四話 終焉の氷雪

 神殿の最深部、絶対零度の暴風が吹き荒れる中心地で、史上類を見ない激戦が繰り広げられていた。


「──最大展開!」


 リッカの叫びと共に、銀色の結界がさらに眩い輝きを放ち、神殿を浸食していた死の冷気を力強く押し返す。その聖域の中では、各国の王たちが己の全魔力を解放していた。


「ジャスティ、道を抉じ開けろ! ゲール、ミカ、左右を断て!」


 レオが咆哮し、指揮を執る。

 岩の王ジャスティが地を叩けば、巨大な岩石の拳が隆起して魔獣ニブルヘイムの足を砕く。水の女王ミカが放つ高圧の水刃が魔獣の翼を切り裂き、風の王ゲールが束ねた真空の旋風が、魔獣が吐き出す氷の息吹を霧散させた。


「見事な連携だ。……だが、トドメは火の国の王子、君に任せるよ!」


 ゲールの合図に、レオが宙を舞った。

 リッカの結界によって魔力を増幅されたレオの全身から、白熱を超えた、太陽の核をも思わせる「深紅の炎」が噴き出す。


「これが僕たちの、未来を照らす熱だ! ──『プロミネンス・バースト』!」


 レオが放った一撃は、魔獣の心臓部を正確に貫いた。

 巨大な氷の龍が悲鳴を上げ、その巨体が内側から熱膨張を起こして粉々に砕け散る。神殿全体を揺らした轟音のあと、舞い散る氷の破片がレオの炎によって蒸発し、一面に白い霧が立ち込めた。


「……やったのか?」


 ゴードンが腰を抜かしたまま、掠れた声を出す。

 魔獣の肉体は消滅し、その中心部から一つの「核」が露出していた。それは、禍々しい闇を内包しながらも、極光オーロラのように美しく、冷酷に輝く巨大な魔力の塊だった。


「……終わったわ。あとはあの核を封印すれば……」


 リッカが安堵し、一歩踏み出したその時だった。


「終わらせない……。終わらせるもんですか……!」


 祭壇の影から、ぼろぼろになったエライザが這い出してきた。その瞳からは理性の光が消え、底なしの劣等感と狂気だけがギラギラと燃えている。


「エライザ、もうやめて! 魔獣は倒れたわ。今ならまだやり直せる……!」


「黙れ。黙れ黙れ黙れ! お姉様、あなたに何がわかるの!? 偽物の刻印に怯え、毎日毎日、あなたの影が迫ってくる恐怖に耐えてきた私の気持ちが!」


 エライザは、宙に浮く魔獣の「核」を見上げた。その核から放たれる圧倒的な質量の魔力。それは、人間が触れれば一瞬で魂まで凍結し、砕け散るほどの毒でもある。


「誰も私を認めないなら……世界ごと、私の色に染めてやるわ」

「よせ、エライザ! それは人の身で触れていいものではない!」


 レオが制止の声を上げ、炎を放とうとしたが、エライザの動きの方が一瞬早かった。

 エライザは狂ったような笑みを浮かべ、あろうことか、魔獣の核へと飛びつき、それを自らの胸元へと無理やり押し込んだ。


「あ、あああああああああああああああ――ッ!!」


 神殿に、人間とは思えない絶叫が響き渡った。

 エライザの体を中心に、黒い氷の結晶が爆発的に増殖していく。核を無理やり取り込んだ彼女の体は、強大な魔力に耐えきれず、内側から破壊と再生を繰り返していく。


「エライザ!」


 リッカが駆け寄ろうとするが、エライザから放たれた黒い衝撃波がそれを拒絶した。

 霧が晴れた中心に立っていたのは、もはやリッカの知る妹ではなかった。

 背中からは氷の刃でできた異形の翼が生え、肌は死人のように青白く、その瞳は空虚な闇に染まっている。エライザの自我は、魔獣の怨念と「核」の魔力に飲み込まれ、ただ破壊を撒き散らすだけの「暴走体」へと変貌してしまったのだ。


「……寒い……ああ、寒い。……お姉様、全部……全部、凍らせてあげる……」


 エライザが手を掲げると、神殿の石柱が次々と黒い氷へと変わり、天井が崩落を始めた。先ほどまで魔獣を倒した喜びで満ちていた空間が、一瞬にして絶望の淵へと叩き落とされる。


「……手遅れだ」


 ジャスティが苦渋に満ちた表情で剣を構え直す。


「彼女は核と一体化した。もはや人間ではない……討伐対象だ」

「待ってください! エライザは……彼女はまだ中にいるはずです!」


 リッカは叫ぶが、ミカも悲しげに首を振った。


「リッカ王女、あの魔力を見て。あれはもう『器』が壊れている。放っておけば、彼女の暴走はこの国を……いいえ、大陸すべてを死の氷土に変えてしまうわ」


 レオがリッカの肩を強く抱き寄せた。彼の表情は、これまでリッカに向けたことのないような、厳しく、そして悲痛なものだった。


「……リッカ。僕が、彼女を止める。君に代わって、僕がすべての罪を背負う」


 レオの手に、再び白熱の炎が宿る。それは「救済」のための炎ではなく、愛するリッカの未来を守るために、彼女の肉親を討つという「断罪」の決意だった。

 エライザの放つ黒い冷気が、リッカの銀色の結界を少しずつ蝕んでいく。

 

 殺さなければ、守れない。

 だが、殺してしまえば、自分たちの心に一生消えない冬が訪れる。

 リッカは、震える手で自分の胸元をぎゅっと掴んだ。

 自分の中に流れる「番人」の血。そしてレオから教わった「熱」。

 

(まだ、方法があるはず……。エライザを、あの暗闇から引きずり出す方法が……!)


 崩れゆく神殿の中で、リッカはレオの腕をすり抜け、黒い氷に包まれた妹へと向かって、一歩を踏み出した。

 それは、賢者でも番人でもない、ただ一人の「姉」としての、絶望的な選択の始まりだった。

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