十三話 沈黙を破る氷の歌
フローズン王国の地下神殿は、もはや現世の理が通用する場所ではなかった。
エライザの手によって「氷核の門」が抉じ開けられた瞬間、噴き出したのは魔力などではない。それは、数千年の時をかけて煮詰められた、生きとし生けるものへの「怨嗟」と「静止」の衝動だった。
「あははは! 見て、ゴードン! この力よ! 世界が、世界が白く染まっていくわ!」
祭壇の上で、エライザは髪を振り乱して笑っていた。彼女の瞳は白濁し、右手の偽りの刻印は既に消滅して、代わりに黒い血管のような紋様が腕全体に這い回っている。
傍らで腰を抜かしているゴードンは、もはや声も出ない。彼の豪華な毛皮のコートは一瞬で霜に覆われ、肺まで凍りつかんとする寒さにガタガタと震えるばかりだ。
その時、神殿の重厚な石扉が、凄まじい熱量によって内側から爆ぜた。
「そこまでだ、エライザ!」
炎の渦を切り裂いて現れたのは、レオニダスを先頭とする五大国連合の王たち、そして──
銀白の髪をなびかせ、静かに、けれど誰よりも力強い威圧感を放つリッカだった。
「お姉様……。少し遅かったわね! この魔獣が完全に目覚めれば、火の国の王子なんて真っ先に塵になるのよ!」
「エライザ、目を覚まして。その力は、あなたが扱えるようなものではないわ。それは『賢者の慈しみ』ではなく、ただの『終わり』なのよ」
リッカの声は、神殿を支配する絶叫のような吹雪の中でも、不思議と透き通って響いた。
地響きと共に、祭壇の奥から巨大な氷の塊が隆起する。それは、いくつもの頭を持つ氷の龍。古代魔獣「ニブルヘイム」が、ついにその全貌を現した。魔獣が咆哮を上げると、ジャスティやミカ、ゲールといった各国の王たちでさえ、あまりの寒気に防御魔法を張り直さざるを得なかった。
「……くっ、これほどの冷気か。リッカ、下がっていなさい。ここは僕が──」
レオが剣を抜き、前に出ようとした。だが、リッカはレオの手を優しく、けれど拒絶を許さぬ強さで握り止めた。
「いいえ、レオ様。……皆さんは、私の後ろに」
リッカが右足を踏み出す。
その瞬間、彼女の足元から銀色の波紋が広がり、殺意に満ちた絶対零度の風を押し返した。
「四の花──『友待つ小雪』」
リッカの周囲に、幾重もの雪の結晶が連なり、巨大なドーム状の結界を形成した。驚くべきことに、その結界の中にいるレオたちは、先ほどまでの刺すような寒さを一切感じなくなった。それどころか、リッカの魔力に包まれていることで、体内の魔力循環が活性化し、力が湧き上がってくるのを感じていた。
「これは……結界でありながら、味方の魔力を増幅させる『聖域』か」
風の王ゲールが驚嘆の声を上げる。
「皆さん、お願いします。私はこの結界で魔獣の冷気を抑え込みます。その隙に、あの魔獣の肉体を……封印の核を叩いてください!」
「了解した。リッカ、君が守ってくれるなら、僕は太陽にだってなってみせる!」
レオが咆哮し、その全身から白熱の炎が噴き出した。ジャスティは岩の巨腕を形成し、ミカは高圧の水刃を構え、ゲールは真空の刃を束ねる。
真実の氷の王女が展開する銀の世界の中で、五大国の力が今、一つに重なろうとしていた。
一方、魔獣の頭上で高笑いを続けるエライザは、まだ気づいていなかった。
魔獣が求めているのは「女王」などではなく、自らを再び閉じ込めるための「新しい肉体」であることを。




