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十二話 崩壊

 円卓を囲む五人の王たちの間に、張り詰めた沈黙が流れる。その静寂を切り裂いたのは、水の女王ミカの冷徹な一言だった。


「フローズン王国女王、エライザ・フローズン。説明を求めます。ここ一ヶ月、我が国に流れ込む河川の温度が異常に上昇し、国境付近の永久氷壁が融解を始めている。これは生態系の破壊のみならず、魔力の均衡が崩れている明白な証拠よ」

「……それは、その」


 エライザの声が上擦る。彼女は必死に右手の「刻印」を握りしめたが、そこから放たれる魔力は弱々しく、安定を欠いていた。


「我が国ロックの鉱山でも、地脈の凍結が解け、大規模な落盤が起きている。貴公が即位して以来、フローズンの魔力は拡散し、制御を失っているのではないか?」


 ジャスティが厳しい視線で畳み掛ける。

 エライザの背後で、ゴードンが冷や汗を流しながら進み出た。


「諸国の王よ、誤解です! エライザ様には正当なる『刻印』が宿っております。この異常気象は、ある卑劣な裏切り者の犯行なのです!」


 ゴードンは、円卓の端に座るリッカを激しく指差した。


「そこのリッカ・フローズンです! 彼女は成人儀式の日、己に魔力がないことに絶望し、王宮に隠されていた禁忌の秘宝『氷核の涙』を盗み出して逃亡したのです。フローズンの魔力が枯渇しているのは、全てその盗品のせいなのです!」


 会場にどよめきが走った。秘宝の持ち出しは、どの王国においても国家反逆罪に相当する大罪だ。


「……リッカが、秘宝を?」


 風の王ゲールが、面白そうに目を細めてリッカを見る。


「そうです! 彼女はその秘宝を使ってフレア王子の目を欺き、魔力があるかのように偽装している。レオニダス殿下、あなたも被害者なのです。今すぐその大罪人をこちらへ引き渡すべきだ!」


 ゴードンの怒声が響く中、リッカは静かに、ゆっくりと立ち上がった。

 隣でレオが激しい炎を掌に宿し、今にもゴードンを焼き尽くさんとしていたが、リッカはその腕にそっと手を置き、彼を制した。


「レオ様。……私の口から、お話しさせてください」


 リッカの瞳には、かつての怯えは微塵もなかった。彼女はエライザとゴードンを、まるで薄汚れた塵でも見るような、静謐で透き通った眼差しで見据えた。


「エライザ、そしてゴードン様。……私が『氷核の涙』を盗んだと仰いましたね。では、お尋ねします。その秘宝の真の姿を、あなたたちは知っているのですか?」

「な、何を……」

「『氷核の涙』は、賢者の血を引く者が命と引き換えに魔力を注がねば、ただの曇った石に過ぎません。もし私がそれを使い、レオ様を欺いているというのなら──」


 リッカは一歩、エライザの方へと歩み寄った。


「今ここで、私がその力を証明しましょう。秘宝など使わず、この身に宿る真の氷を」

「や、やめなさい! 警備兵、その女を捕らえなさい!」


 エライザが悲鳴に近い声を上げるが、水の女王ミカが鋭い視線でそれを制した。


「控えなさい、エライザ。……リッカ王女。あなたの『真実』を見せて」


 リッカは深く息を吸い、目を閉じた。

 彼女の脳裏に浮かぶのは、自分を愛してくれたレオの体温。そして、自分を支えてくれるフレアの暖かな風。

 彼女の心臓がトクンと波打ち、全身の回路が銀色の光で満たされていく。


「──四の花、『友待つ小雪ともまつこゆき』」


 リッカが右手を掲げた瞬間、会議場全体の温度が急激に下がった。しかし、それは凍えさせるような寒さではない。どこか懐かしく、穏やかな、守るための冷気。

 

 天井から、光り輝く雪の結晶が静かに舞い降りる。

 その雪は、エライザが強引に放っていた不安定な魔力の乱れを包み込み、一瞬にして中和してしまった。

 円卓を囲むように展開された強固な結界は、王たちがこれまで見たどの氷魔法よりも純粋で、洗練されていた。


「……なんて、美しい」


 ミカが感嘆の溜息を漏らす。


「これは……伝説に語られる『六花』の覚醒……。刻印という器にすら収まりきらない、賢者の魔力そのものだわ」

「……馬鹿な。ありえない……! そんなこと……!」


 エライザが己の刻印を見つめる。すると、リッカの放つ純粋な氷の魔力に共鳴するように、エライザの腕に描かれた偽りの紋章がパキパキと音を立てて剥がれ落ち始めた。


「あ、あああ……っ!」


 剥がれた刻印の下から現れたのは、魔力を増幅させるための禁忌の術式「魔食い痣」の醜い痕跡だった。


「それが……女王の刻印の正体か。偽りの力で王座を盗み、あまつさえ真の王女を雪山に棄てたというのか」


 ジャスティの拳が怒りで震え、円卓の床に亀裂が入る。


「ゴードン、君も随分と見る目がないね。本物のダイヤモンドを石ころだと思い込み、偽物のガラス玉を選んだわけだ」


 ゲールの嘲笑が、ゴードンの胸に突き刺さる。ゴードンは顔を真っ青にし、ガタガタと震えながら座り込んだ。


「……エライザ。そしてフローズン王国」


 レオが低く、地の底から響くような声で宣告した。

 彼はリッカの隣に立ち、彼女の細い肩を抱き寄せた。


「我が婚約者に対する汚名、そして我が国に対する侮辱。……この落とし前は、高くつくぞ。フレア王国はこれより、リッカ王女の正当な継承権の回復を全力で支援する」


 会議場の空気は、リッカの静かな強さと、レオの苛烈なまでの炎によって二分された。

 エライザは狂ったように首を振り、リッカを指差した。


「許さない……許さないわ! 私こそが女王よ! 王国の全魔力をもって、あなたたちを葬ってやる!」


 エライザは懐から禍々しい黒い宝玉を取り出し、床に叩きつけた。

 轟音と共に会議場が揺れ、黒い霧が彼女とゴードンを包み込む。


「……フローズン王国の地下には、かつての五大賢者が封印した『古代魔獣』が眠っている。その封印を解けば……この世界ごと凍りつかせてやるわ!」


 黒い霧が晴れた時、エライザとゴードンの姿は消えていた。

 

 静寂が戻った会議場。

 リッカは解けた結界の光の中で、レオの手を強く握りしめた。


「……レオ様。私、行かなければなりません。フローズンを……私の故郷を、彼女の手から守るために」

「ああ、分かっている。君の戦いだ。……だが、忘れるな。君の背後には、常に僕という炎がいることを」


 リッカは力強く頷いた。

 彼女の瞳には、もはや過去を悔やむ色はなく、未来を切り拓く真の賢者の輝きが宿っていた。

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