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十一話 五大国会議

 五大王国の要衝に位置する、水の国・アクア。

 その王宮「清流宮」は、常に豊かな水音に包まれている。円卓の間へと続く回廊は全面が透明な水晶でできており、足元を色鮮やかな魚たちが泳ぎ、天井からは柔らかな陽光が水面を透かして差し込んでいた。

 しかし、その清涼な美しさとは裏腹に、円卓の間に満ちる空気は、爆発を待つ火薬のように張り詰めていた。


「──おや、岩の国のキングは、相変わらず石像のように愛想がないね。そんなに眉間に皺を寄せていては、自慢の端正な顔が台無しだよ」


 最初に沈黙を破ったのは、風の国・ウィンドの国王、ゲール・ウィンドだった。

 彼は豪奢な羽織を気怠げに揺らし、椅子に深く腰掛けて足を組んでいる。その口元には常に飄々とした笑みが浮かんでいるが、その鋭い眼光は会議場のあらゆる動向を冷徹に観察していた。


「……風の王よ、貴公の軽薄さこそ、この神聖な円卓に相応しくない。規律なき言葉は、国の土台を揺るがす塵に等しい」


 低く、地響きのような声で応じたのは、岩の国・ロックの国王、ジャスティ・ロックだ。

 鉄紺色の軍服を隙なく纏い、微動だにせず座るその姿は、まさに動かざる山そのもの。彼は隣に座るアクアの女王ミカを、不快そうに一瞥した。


「それにしても水の女王。この会議場は湿気が多すぎる。私の外套が湿るのだが」

「あら、ジャスティ。あなたの国のように、砂埃で喉を枯らして差し上げなかっただけ感謝してほしいわ」


 水の女王ミカ・アクアは、扇を優雅に広げて微笑んだ。慈愛に満ちたその微笑の裏には、水底のような冷ややかさが潜んでいる。


「岩と水が混ざれば泥になる。君たちの喧嘩はいつも生産性がないね」


 ゲールが楽しげに茶を啜った、その時だった。

 広間の扉が重々しく開き、ひときわ激しい魔力の波動が室内に流れ込んだ。

 一人は、燃え盛る太陽のような熱を纏った男。

 そしてもう一人は──すべてを凍りつかせるような、透き通った静寂を纏った女性。

 フレア王国の第一王子レオニダスと、その婚約者として発表されたリッカの登場に、円卓の視線が一箇所に集まった。

 リッカは、レオの腕に添えた指先が僅かに震えるのを感じていた。しかし、彼女は逃げなかった。フレアの国色である真紅の刺繍を施した、白銀のドレス。それは雪山に咲く一輪の花のような気高さと、誰にも侵しがたい王女としての威厳を彼女に与えていた。


「遅れたな。火の国・フレアを代表して、僕と婚約者のリッカが着席する」


 レオの声が響き渡る。彼はリッカのために椅子を引き、彼女が座るのを確認してから自分の席に着いた。その動作一つ一つに、リッカへの深い敬愛と、並ぶ者なき独占欲が滲み出ている。


「な……っ!?」


 正面の席から、絶句する声が漏れた。

 フローズン王国の新女王、エライザ。そしてその傍らに控えるゴードン。

 二人の顔からは、一瞬にして血の気が引いていた。


「お、お姉様……? あなたはあの雪山で、魔獣の餌食になったはずでは……」


 エライザの声は震え、その完璧な美貌が恐怖で歪んでいる。彼女の隣に立つゴードンも、幽霊でも見たかのように目を見開いていた。彼が知っていたリッカは、常に自信なげで、冷たい瞳に怯える薄幸な少女だった。

 だが、今目の前にいるリッカはどうだ。レオに愛され、自らの力を肯定された彼女は、エライザよりも遥かに眩しく、本物の女王に相応しい風格を漂わせている。


「……お久しぶりです、エライザ。それにゴードン様も」


 リッカは、静かに、けれど毅然と二人を見据えた。


「私は生きています。レオ様に救われ、この『熱』を教えていただいたおかげで」

「馬鹿な……。あんな無能な女を、フレアの王子が拾うはずが……。殿下、騙されてはなりません! その女は刻印も持たぬ、我が国の恥晒しなのです!」


 ゴードンが喚き散らそうとした瞬間、レオの黄金の瞳が鋭く光った。


「黙れ、下衆が。これ以上僕の婚約者を侮辱してみろ。貴公の口を、今すぐこの場で焼き塞いでやろうか」


 レオから放たれた殺気に、ゴードンは悲鳴を上げて後ずさった。

 エライザは必死に冷静さを取り繕い、剥がれかけた自分の刻印を隠すように拳を握りしめる。


「……ふふっ、面白くなってきたね」


 ゲールが目を細めて笑う。


「氷の国の『無能』が、火の国の『宝』になったわけだ。これは単なる婚約発表以上の意味がありそうだ」

「属性の壁を超えた契約か。……規律に照らせば異例だが、その王女から感じるプレッシャーは、そこの新女王よりも遥かに重いな」


 ジャスティが厳しい評価を下し、ミカもまた興味深げにリッカを見つめた。


「さて、再会の挨拶はこの程度にしましょう。……始めましょうか、五大国会議を。議題は──『氷の国・フローズンの異常事態と、その存続の是非』についてよ」


 ミカの宣告と共に、会議場の空気が一層冷え込む。

 エライザの顔がさらに青ざめ、リッカはレオの温かな手に自分の手を重ねた。

 自分のすべてを奪った故郷。

 自分を捨てた妹。

 それらと対峙する戦いが、今、幕を上げた。

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