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プロローグ 凍てつく心

 かつて、混沌に満ちたこの世界を平定したのは、五人の賢者であったと言い伝えられている。

 燃え盛る劫火を操る者。万物の源たる水を司る者。荒れ狂う嵐を従える者。大地を隆起させ盾とする者。そして、すべてを静寂の中に凍てつかせる者。

 彼らが築き上げた五つの王国──フレア、アクア、ウィンド、ロック、そしてわが故郷フローズン。そこでは「魔力」こそが賢者の血を引く証であり、何よりも尊い権威の象徴とされていた。

 とりわけ氷の国・フローズンにおいて、魔力は美徳そのものだ。

 厳しい冬に閉ざされたその地で、王族が咲かせる氷の花は、民を導く灯火であり、国を護る絶対の盾であったから。

 ──けれど、私の世界には、雪の一片すら舞うことはなかった。

 視界のすべてが、白に塗り潰されている。

 国境を隔てる峻険な山嶺、フローズン大山脈。吹き荒れる雪礫ゆきつぶては容赦なく肌を叩き、体温を、感情を、そして生きる意志を奪い去っていく。

 薄いドレス一枚でここを歩くことが何を意味するか、私を追い出したあの者たちが知らないはずもなかった。


「……寒い、な」


 漏れた吐息は、白く染まる暇もなく風に散った。

 かつては「氷の王女」と、皮肉を込めて呼ばれたこともある。感情を殺し、王族としての規範を完璧に守り、誰よりも努力を重ねた。けれど、私の指先が奇跡を起こすことはついになかった。

 魔力を持たぬ王女など、この国では塵にも等しい。

 

 妹・エライザの勝ち誇ったような笑み。

 昨日まで愛を囁いていた婚約者の、氷よりも冷ややかな蔑みの瞳。

 そして、病床で目を逸らした母の絶望。

 すべてが、遠い異国の出来事のように思える。

 

 一歩、足を踏み出すたびに、膝が震えた。感覚のなくなった足先は、すでに自分の体ではないようだ。

 私はここで、誰に看取られることもなく、ただの一塊の氷となって朽ちていくのだろう。

 賢者の生まれ変わりだと称えられ、華やかな宮廷で生きてきたはずの人生。その幕引きが、この名もなき雪山であることに、私は奇妙な安堵を覚えていた。

 

 期待に応えなくていい。

 蔑みに耐えなくていい。

 孤独を隠さなくていい。

 空を見上げれば、厚い雪雲の隙間から、凍てついた星々が瞬いているのが見えた。

 まるで、私を嘲笑っているかのように、あるいは憐れんでいるかのように。


 ああ……もし、生まれ変われるのなら。


 今度は、氷などではない、温かな何かに。

 誰かを温め、誰かに温められる。そんな、ささやかで、熱い「何か」になりたかった。

 視界が急激に狭まっていく。

 意識の輪郭が雪の中に溶け込み、私の記憶は、あの日──すべてが崩れ去った「成人の儀」の光景へと、静かに巻き戻されていった。

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