凪の正体
「透。あなたの能力は“読むだけ”じゃないでしょう?」
核心に触れる言葉に、透の心臓が止まりそうになる。
「……どうしてそう思う?」
「昨日、保健室で紗良が落ち着いた。
あれはあなたが感情を“安定させた”から。
ほんの微弱だったけど、私には分かった」
凪はさらりと言う。
「感情を読むだけの能力者は、ここまで空気を揺らさない。
あなたの力は――もっと危険で、もっと特別」
透は否定しかけたが、言葉が喉に詰まった。
凪は続ける。
「透。喰感者に狙われているのは紗良だけじゃない。
あなたも“標的”のひとりよ」
「……俺?」
「あなたの感情は、極端に透明だから。
澄んだものほど飲み込みやすいのよ。
そして“上書きの力”を持つあなたは、喰感者にとって脅威でもある」
透の背中に冷たい汗がつたう。
(上書き……?
昨日、紗良の感情を少し安定させたときの……あれが?)
凪は一歩近づき、小さく囁いた。
「感情に干渉する力は、使いすぎれば自分の心を失う。
だから、あなたは――」
そのとき。
廊下に冷たい風が吹き抜けた。
空気が、ざらつく。
透も凪も、気配の発生源へ同時に視線を向ける。
一年三組の扉の先に――
“黒い影”がぬるりと床を這うように現れた。
形を持たず、煙のように揺らめきながら歪む暗い塊。
紗良が言っていた“黒い塊”。
透の胸の奥に、拒絶するような寒気が走る。
「来たわね……」
凪が小さく呟く。
「でも透、覚えておいて。
喰感者は“人間じゃない”わけじゃない」
その言葉に透は目を見開く。
(……人間?)
凪の目は、影の奥の“何か”を見据えながら告げた。
「喰感者の正体は――
“負の感情に飲まれた、ただの生徒”。
あなたたちと変わらない、普通の高校生よ」
透の息が止まった。
黒い影が、ぎしり、と床を擦るような音を立てる。
次の瞬間、影の中心に“人間の瞳”のような光が灯った。
「……来る!」
凪の声と同時に、影が透に向かって襲いかかった。




