奇妙な気配の放課後
翌日の放課後。
空は薄い雲に蓋をされたように暗く、校舎全体が重たい空気に包まれていた。
三限の途中から、透はずっと胸の奥がざわついていた。
昨日の紗良の言葉と陽斗の“影”が頭から離れない。
――一年棟三組の近くで、黒い塊。
授業が終わり、教室のざわつきが消えていく。
透は陽斗に「今日は部活行くよな?」と確認した後、ひとり一年棟へ向かっていた。
夕方の廊下は静まり返り、遠くで部活動の掛け声だけが微かに響く。
透の感覚は、微弱な“乱れ”を捉えていた。
(……まだこの校舎に“何か”が残ってる)
足を進めるほど、不自然な緊張が肌にまとわりつく。
一年三組の前。
そこだけ空気が重たく沈み込んでいるような、異質な感覚があった。
透がゆっくりと手を伸ばした、その時――
「触らないほうがいい」
不意に後ろから声がした。
振り返ると、壁に寄りかかって立つひとりの少女がいた。
長い黒髪、無表情に近い冷たい瞳。
制服の袖は少し長く、手首を覆っている。
霧坂 凪。
同学年だが、ほとんどクラスでも噂を聞かない。
自ら人に関わろうとせず、どこか影だけを歩いているような生徒。
透は驚きながらも問い返した。
「……危険なのか?」
「危険。あなたには特に」
凪は淡々と言った。
その瞳が、透の奥底“能力の核”を見透かしているかのように鋭い。
「……私には、視えるの」
「視える?」
「“感情の濁り”がね。あなたがまとってるそれも、普通じゃない」
透の胸がひきつる。
――気づかれた?
能力を知る者が、目の前に現れた。
透の喉がひどく乾く。
「安心して。あなたの秘密を暴くつもりはない。
でも忠告くらいはしておいてあげる」
凪はゆっくりと一年三組の扉を指さす。
「ここに“喰感者”が出る。
あなたみたいに感情の流れを読んだり触れたりするタイプとは相性が悪い。
近づけば――あなたの感情も啜られる」
透の鼓動は速まる。
「……凪。喰感者って、何なんだ?」
しばらく沈黙した後、凪は重たく口を開く。
「負の感情を喰らう存在。
人の怒りや悲しみ、不安――そういう暗いものを吸って、力に変えるタイプ。
この学校では最近、急激に力を増してる。たぶん“原因”がある」
「原因……?」
「誰かが、強い負の感情を発している。
喰感者はそれを狙う。餌だから」
透の脳裏に、昨日の陽斗の“影”が浮かんだ。
(まさか……陽斗が狙われている?)
胸が痛む。
凪の無表情な瞳が透を見据えた。
「……心当たりがある顔ね」
透は黙り込んだ。




