影が“浮かび上がる”
「透、本当にどうした?
なんか俺の背中を怖いものみたいに……」
「陽斗……じっとしてろ」
透はゆっくり陽斗の横に立ち、
彼の影が落ちている床に目を細めた。
夕陽の角度で伸びた影は、
さっきよりも“濃く”“深く”見える。
(そこに……いるんだな)
透の胸の奥で、感情の波が騒ぎ始める。
怒り、焦り、恐怖、そして陽斗を守ろうとする強烈な衝動――
その編み目の中から、影がぬるりと浮かび上がった。
「……っ!」
陽斗が驚いて一歩下がる。
「な、なんだ今の……?」
透は陽斗の腕をつかんで後退させた。
影はゆっくりと形を変え、
黒い液体のように床に広がり、
やがて“人間の輪郭”を作り始める。
凪の声がスピーカーから飛び込んできた。
《透! そいつよ!
第三の能力者――“影潜りのアクト”!!》
「アクト……!」
影の人影が、透たちの前で形を固めた。
全身が黒い、影そのもののような姿。
輪郭は曖昧で、目だけが光のない穴のように空いている。
影の口が、ぎしりと動いた。
「……やあ、神代透。
ようやく会えたね」
声は若い。
だがその響きは、異様に冷たかった。
「お前が……第三の能力者……?」
影は、まるで口元で笑うように揺れた。
「そうだよ。
そして――僕はずっと陽斗の感情に触れてきた」
「……っ!」
「陽斗は綺麗だ。
孤独の形が透き通っていて、甘く、壊れやすい。
黒フードが奪えなかった部分は……全部、僕がもらった」
「何をした!」
透が叫ぶと、アクトは陽斗に視線を向ける。
「陽斗の中には今……
“透への恐れ”と“透への依存”が残ってる」
「!」
陽斗が青ざめた。
「透……お、俺……そんな感情……?」
「陽斗のせいじゃない!」
透が叫ぶ。
「全部――こいつが仕組んだんだ!」
だがアクトは嘲るように囁く。
「仕組んだ?
違うよ。
僕はただ、陽斗の本音を“浮かび上がらせた”だけ」
「黙れ……!」
「君が陽斗に向ける感情が強すぎるから……
陽斗の中にも“歪み”が生まれたんだ」
透の胸に痛みが走る。
「違う……
俺は陽斗を傷つけたくないんだ……!」
「でも結果として――
陽斗は君を“怖い”と思ってる」
陽斗が息を呑む。
「透……
俺……お前に触れられるの……少し怖かった時があった……」
透の胸が冷たい水に沈む。
「陽斗……?」
「違う、違うんだ……
怖い……でも安心する……
その“両方”が混じって……胸がぐちゃぐちゃで……!」
透は陽斗に一歩踏み出すが――
「動かないで」
アクトの声がそれを止めた。
「透。
君の心が陽斗に“触れたい”と思えば思うほど、
その衝動は陽斗の心に“負荷”を与える」
「そんな……」
「人を救いたいという気持ちは、
時に“相手の自由を奪う鎖”となるんだよ」
透の心に、痛烈な刃が刺さる。
(……俺は……陽斗を支配しようとしてるのか?
怖がられたくない、嫌われたくない……
その想いが……結局、陽斗を縛ってる……?)
アクトは静かに告げた。
「神代透。
君の力は“優しさ”と“支配”の境界にある。
その境界線を越えさせるために――
僕は陽斗を奪う」
「そんなこと……絶対にさせないッ!!」
透が叫んだ瞬間――
アクトの影が無数に増え、屋上を覆う。
「透……!!」
陽斗が透の腕を掴む。
その時――
陽斗の胸の中に眠っていた“光”が、ふわりと揺れた。
(陽斗……!)
アクトは愉悦の声を漏らす。
「さあ透……
“守りたい”という独善で陽斗を壊すか、
それとも、陽斗を手放して支配から逃げるか――
選んでよ」
屋上に影が渦巻き、
陽斗の影が、主を飲み込もうと伸びていく。
(陽斗……! やめろ!!)
「透……助けて……っ!」
陽斗に向かって伸びる影。
透は一歩、踏み出す。
(俺は……どんな形でも……陽斗を離さない!!)
光と影が激しくぶつかり合う音が、
屋上に響き渡った。




