噂と影
朝のホームルーム前の教室。
賑わう声の中、透はできるだけ目立たず席に座り、鞄から教科書を取り出す。
いつも通りの風景――のはずだった。
「ねえ聞いた?一年の棟で“誰かが倒れた”って」
「原因不明らしいよ。しかも数秒間だけ意識が飛んでさ、目が覚めたら混乱して泣いてたって……」
「あれってさ、最近噂の“怪異”ってやつじゃないの?」
女子生徒たちのひそひそ声が耳に入る。
透の指先がほんの少しだけ硬直した。
感情を乱された人にだけ起こる、一時的な混乱。
透は知っている。自分の能力が暴走した時、最も起こりやすい副作用だということを。
――まさかな。
透は自分の胸に手をあて静かに呼吸を整えた。
最近、能力の制御が以前より難しくなってきている。まるで力そのものが成長しようとしているような、不安定な感覚。
そこへ、椅子を引く音と同時に陽斗が着席した。
「透、聞いたか?一年の怪談。なんかすげー怖いらしいぞ」
「噂だろ。信じすぎだ」
「いやいや、こういうのって案外本当だったり――」
その瞬間、透は陽斗の視線とぶつかった。
流れ込んでくる、陽斗の感情。
不安と好奇心、そして“透と何か話したい”という穏やかな気配。
その色に触れた瞬間、透の奥底で、わずかに能力が反応してしまった気がした。
胸が締めつけられる。
――力を抑えろ。読むだけで終われ。
息をのむ透を見て、陽斗が首をかしげた。
「透?大丈夫か?」
「……なんでもない」
本当はなんでもある。
陽斗が優しいせいで、透はときどき限界まで追い詰められる。
この“普通じゃない力”が、陽斗との関係を壊してしまうのが怖い。




