陽斗の消えた気配
透と凪は部室棟へ走った。
廊下の夕闇はさっきより濃く、まるで何かに飲み込まれたかのように静まり返っていた。
「陽斗……!」
透が叫ぶが、返事はない。
透は胸の奥で陽斗の感情を探った。
陽斗の“気配”はいつも明るく、太陽のように温かかった――はずだった。
「……ない」
透は立ち止まる。
「陽斗の感情の流れが……消えてる」
凪は眉をひそめた。
「消えてるって……どういう意味?」
「陽斗の心の色は、いつも俺ならすぐに見つけられた。
喜びも、不安も……全部、強くて眩しくて……」
透の声がかすれる。
「でも今は……どこにもない。
まるで“遮断”されてるみたいだ」
その瞬間、凪の瞳が鋭くなる。
「……誰かが、陽斗に“干渉”した」
透は凪の言葉を飲み込む間もなく、
部室棟の奥から“音”が聞こえた。
ギリ……ギリ……
歯を食いしばるような、苦しい呼吸。
「陽斗!!」
透が叫び、音のある部室の扉を開けた。
部室の中央に、陽斗がうずくまり、肩を震わせていた。
顔を上げた陽斗の瞳は――
透明だった。
怒りも、悲しみも、喜びも、どれも存在しない。
まるで“感情が抜け落ちた人形”のように。
「……透?」
その声は、陽斗の声なのに陽斗じゃない。
色がなかった。
透は近づこうとする。
「陽斗……何があったんだ?
誰か来たのか?」
陽斗は答えない。
ただ、胸に手を当てる。
「ここが……苦しいんだ。
でも……何が苦しいのか、わからない」
その言葉に、透は震えた。
(喰感者は倒した……。
でも、影は消えてない……?)
凪が透の肩に手を置く。
「透、気をつけて。
陽斗の“心”が何者かによって封じられてる。
これは喰感者の力とは違う。
もっと……精密で、もっと……冷たい力」
透は陽斗の前に膝をついた。
「陽斗、俺だよ。
聞こえるか? 俺の声、わかる?」
「……わかるよ。透の声は、ずっと聞こえてる。
でも……なぜか思い出せない。
お前と一緒にいた時の“感情”を」
透の胸に刺さる。
陽斗にとって透との“絆”はいつも支えだった。
その記憶の“感情”だけが見事に消されている。
まるで――
誰かが“意図的に”透との関係性だけを消そうとしたかのように。
「透……俺って……
お前のこと……」
陽斗は苦しげに胸を押さえる。
「“好き”だったのか?
“嫌い”だったのか?
それすら……わからないんだ……」
透の呼吸が止まった。
陽斗の心に触れたときに感じていた
“静かな孤独”
“透にだけ向けた温かい光”
“誰にも見せない本音”
それらが――跡形もなく消されていた。




