夕闇に崩れた気配
夕暮れの校舎に、不意に「バキンッ」という音が響いた。
ガラスが割れたような鋭い衝撃。
しかし実際に割れたのはガラスではなく――“空気”だった。
透の胸が瞬時にざわめく。
(また……あの気配!)
陽斗が顔を上げる。
「なに、今の……?」
「陽斗、ここにいて!」
「え、透――?」
透は陽斗の腕を掴みかけて……離した。
触れてしまえば、陽斗の感情の“影”を強く読み取ってしまう。
それは陽斗を傷つける可能性がある。
透は後ずさりしながら言う。
「部室から出るな。絶対にだ」
そう言い残し、透は全力で廊下へと走り出した。
夕陽の色を失った校内には、すでに“不穏”が満ちている。
昨日遭遇した黒い影より、はるかに濃い。
(凪……! どこだ……!?)
透は凪の気配を探しつつ階段を駆け上がる。
その途中、突然背後から声がした。
「――透ッ!」
振り返ると、凪が壁にもたれ、肩で息をしていた。
いつも無表情な彼女の顔に、珍しく焦りが浮かんでいる。
「来たわ……“本体”が……」
「喰感者の、なのか?」
「そう。昨日の影とは比べ物にならない……生徒ひとりの負の感情じゃない。
もっと深い、もっと古い……。この学校に溜まり続けた“集合した孤独”」
透の背筋が震えた。
「狙われてるのは……やっぱり陽斗か?」
凪は静かに頷いた。
「喰感者は、陽斗の孤独に触れた。
そして“気づいた”のよ……陽斗の心には、“完全には癒えていない傷”がある」
「傷……?」
透には聞けなかったことで、胸が刺さった。
「……間に合うのか?」
「行くしかない。透――あなたの力が必要」
その時、校舎全体にどす黒い波動が走った。
「ぁあ゛あ゛……」
人とも獣ともつかない声が、階段の奥から響いてくる。
暗闇を押し分けて進む“黒い塊”。
しかし昨日とは違う。
影の表面に、“人の顔のような歪み”が浮き出ていた。
凪は息を呑む。
「……御堂 修也。
——喰感者の本体」
透は目を見開いた。
(一年生の……生徒……?
じゃあ、影の奥にいた“瞳”は……!)
凪の言葉が重く落ちる。
「黒い塊は彼の心そのもの。
負の感情を吸いすぎて、自分の感情の形を失った結果……こうなった」
修也の顔の残骸が、かすかに呟く。
「……もっと……もっと……欲しい……
光を……喰わせろ……」
その“光”――陽斗のことだ。




