「ふつう」の仮面をかぶった朝
初投稿です。よろしくお願いします。
汗ばむ六月の朝。
窓から差し込む光は柔らかいのに、胸の奥にはいつものように小さな緊張が貼りついている。
――今日も、“能力”を使わずに一日を乗り切らなければ。
高校二年、**神代 透**は、制服の襟を直しながら深く息をついた。
自分が普通の高校生でないことは、誰にも知られてはならない。知られた瞬間、これまで築いてきた平穏は壊れてしまう。それを一番よくわかっているのは透自身だった。
彼の能力――それは視線を合わせた相手の「感情の流れ」を読み取れ、さらにその感情に触れることで、わずかに“方向”を変えてしまうというものだ。
他人から見ればささいかもしれないが、使い方を間違えれば人を操ることにすらつながる危険な力。
透はずっとそれを忌避してきたし、使うたびに罪悪感のようなものが胸を刺した。
だからこそ、他人の心の表面を無意識に読み取ってしまう自分が、彼らと同じ「普通の高校生」として振る舞うには、常に慎重でいなければならなかった。
靴ひもを結び直し、家を出る。
通学路のにぎやかさが近づくたび、透はいつも胸の内側をそっと閉じるような感覚を覚える。
そんな透の耳に、後ろから明るい声が飛び込んできた。
「おーい、透!今日も早いな!」
振り返ると、太陽みたいに明るい笑顔がそこにあった。
親友・八神 陽斗。
学校中で知らない者はいない人気者。運動神経抜群、成績もそこそこ、そして誰とでも分け隔てなく接する性格で、まるで漫画の主人公のような存在。
そんな陽斗が、なぜ自分と友達でいてくれるのか――透には本気でわからなかった。
読んでしまう。
陽斗の感情の流れは、いつ触れても曇りがなくて、透を必要以上に警戒させる。
なぜなら、陽斗が透に向ける感情には**「打算」や「根拠のない敵意」**がほとんど存在しない。
本当に心の底から“お前といると落ち着くんだよな”という色だけが澄みきって流れているのだ。
――そんな理由、信じられるわけない。
透は苦笑しつつ歩幅を合わせる。
「お前こそ、いつもギリギリに家を出るタイプだろ」
「今日はなんとなく早起きできたんだよなー。たまには朝から透の顔でも拝んでおこうと思って」
「拝むほどの顔じゃないだろ」
「謙遜すんなって!透はもっと自信持っていいんだって!」
ストレートに褒めてくる陽斗に、透はほんの少しだけ視線をそらした。
読み取ってしまう。
その言葉は社交辞令なんかじゃない。本当に、ただの本心からのもの。
だからこそ、透は胸にざわつく不安を覚える。
――陽斗は、いつか知ってしまうのだろうか。
自分が「普通」ではないことを。
もしそうなったら、陽斗はどんな色の感情を抱くのだろう。
その答えを想像するたび、透は胸の奥が冷たくなる。




