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硝子の心臓はまだ鳴っている  作者: 妙原奇天


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2/12

第2話 ノイズの教室

 午前二時間目のチャイムは、いつもより高く聞こえた。

 春の空気が窓から差し込み、理科室特有の薬品の匂いが薄く流れてくる。教室の隅ではデジタル時計が秒を刻むたびに短く鳴り、鉛筆の芯が紙を擦る音が何十人分も重なって波のように押し寄せる。


 凪は目を閉じた。

 目を閉じても、世界は黙ってはくれない。むしろ、視界を奪えば他の感覚が膨らんで、心の音だけが濃くなる。


 右斜め前の席、サッカー部の朝倉。

 彼の心臓は午前の授業が始まってからずっと早い。鼓動に混じる微妙な跳ねは、前の席の子の髪ゴムの色を見てから加速した。恋の音は、ブレーキを踏みそこねた自転車みたいにぎこちなくて、少し危なっかしい。

 左隣、窓際の美術部、綾香。

 筆箱のファスナーに触れる指先が落ち着かない。ため息の代わりに、くすくす笑いを心のなかで連打している。笑いの音は軽いけれど、奥にうっすら焦げた匂い。誰かの噂に火をつけたいときの音だ。

 教壇の上、数学の林先生。

 声は柔らかいのに、心のリズムが微妙にずれている。昨日の職員会議の尾を引いている苛立ち。白いチョークを握る手に余計な力が入るから、板書の線がやや深く刻まれて、粉が多めに散る。


 それら全部が、凪の耳の奥で一斉に鳴いている。

 ノイズ。

 ノイズ。

 ノイズ。


 筆箱の奥に忍ばせてある耳栓に指が伸びかけて、凪はやめた。外側の音を塞いでも、心の音は塞げない。むしろ余白が増えて、より鮮明になることさえある。


 黒板に数式が並ぶ。二次関数の最大最小。

 林先生がチョークを走らせ、数字が黒板の上で跳ねるたび、クラスの集中力が一瞬だけ揃う。揃った次の瞬間には、誰かの空腹が鳴り、スマホがポケットの中で震え、消しゴムが床を転がる音が緊張を解く。

 海の表面に風が渡るように、教室の空気は常に揺れ続けている。


 凪は、澪の席を見た。

 澪は今日も静かにノートを開き、声なき口元で先生の言葉を追っている。

 その周囲だけ、音が薄い。

 薄いというより、別の層に置かれているみたいな静けさだ。

 耳を澄ませば澄ますほど、そこには何もない。

 何もないから、怖い。

 けれど、何もないから、ほっとする。


 凪は胸の奥で呼吸を整えた。三拍で吸って、二拍で止めて、四拍で吐く。昨日、音楽室で気づいたリズム。自分の心音をわざと遅らせると、周りのノイズが少しだけ後ろに下がる。

 そうだ、遮断する方法を探さなければならない。

 たとえば、数えること。

 たとえば、色に置き換えること。

 たとえば、誰かの静けさを借りること。


 黒板の端で、チョークが砕けた。

 短い沈黙。

 林先生が苦笑して「年かな」とつぶやくと、教室のあちこちで控えめな笑い声が起きた。笑い声にも色がある。薄い水色、白に近い灰色、そして、目立ちたくないオレンジ。

 凪は机の上のプリントを裏返し、ペン先で四角を描いた。その四角の中に、周囲の音を閉じ込める想像をする。閉じ込めたら、蓋をする。鍵を回す。そう、ピアノの蓋を閉めるみたいに。


 わずかに、世界が遠のく。

 遠のいた先に、澪がいた。

 彼女は、何の音も発していない。

 無音の中心。

 そこに耳を浸すと、不思議と呼吸が整う。


 凪はそっと目を開けた。

 視線が重なった。

 澪の眼差しは、昨日と同じ淡い色で、昨日よりほんの少しだけ近かった。


     ◇


 休み時間。

 プリントを提出する列ができ、教室の前方は人だかりになる。

 列に並ぶ生徒たちの心音が、順番待ちの退屈で同じリズムを刻み始める。退屈の拍は一定で、放っておけば眠気に移行する。

 凪は机に頬杖をつき、列の端で立っている澪を見た。

 ノートを胸に抱えて、他の誰とも目を合わせない。

 静謐。

 そこだけ、静物画みたいに時間が止まっている。


 その静けさをひと口分けてもらうみたいに、凪は小さく息を吸った。

 音が薄くなる。

 耳の奥のざわめきが引く。

 かわりに、理科準備室の奥で誰かが何かを落とした金属音が遠くから届く。

 遠くから届く音は、優しい。近すぎる音だけがつらいのだ。


「南くん、保健室運ぶの手伝ってくれる?」

 席の後ろから声がした。生徒会の仕事をしていると評判の優等生、由井だ。

 振り向くと、男子がひとり、机に突っ伏している。顔色が悪い。

 凪は立ち上がる。由井の心の音はいつもよく調律されていて、学校の機械のように規則正しいが、今日はわずかに鍵が狂っている。予定の狂いを嫌う音が、デコボコした波になっている。

 肩を貸し、廊下へ出る。


 廊下は、音の渦だった。

 午前の光が磨き上げられた床に反射して、足音が幾重にも重なる。告げ口、秘密、笑い、焦り。心の音は全部、ここでこすれて形を失う。

 保健室の前で扉が開く。

 中の空気は甘い薬品の匂いで満ち、ベッドの白が余計な音を吸い取っていた。保健室の先生は手際よく体温計を差し出し、由井に礼を言った。

 凪は廊下に戻ると、目を細める。

 眩しさの中に、澪がいた。距離を取って廊下の壁にもたれ、こちらを見ている。

 視線を合わせたら、澪はすっと視線を外し、胸に抱えていたノートに何かを記した。ページを千切る。

 凪の方へ歩いてくる。

 手渡されたメモは、薄い水色の付箋に細い字で、こう書かれていた。


 音が見える


 凪は、息を飲む。

 顔を上げると、澪は何も言わずに少しだけ笑って、踵を返した。

 足音は静かだった。けれど、その笑みの奥に、昨日と同じ一拍の鈴が鳴った気がした。


     ◇


 昼休みのチャイムが鳴ると同時に、教室は一気に色が増える。

 弁当の蓋が開く音、ペットボトルのキャップ、机と机のあいだを移動する椅子の足。それぞれの音に、それぞれの色がつく。赤い笑い、黄色いからかい、薄緑のため息。

 凪は弁当を持って席を立った。

 澪は窓際、植物の鉢の影で弁当箱を開いている。

 メモのことを、聞かなければならない。


「さっきの、見えたってどういうこと」

 声をかけると、澪は箸を止め、ノートを開いてペンを走らせた。


 音に色がついて、形になる。

 人の声も、足音も、雨も。

 いちばんはっきり見えるのは、嘘をつくときの音。

 ギザギザの黒。


 凪は思わず笑ってしまった。

 あまりに正確で、わかりやすいのだ。

 自分は心の音が聞こえる。澪は音が見える。

 同じ世界の別の地図を手にしているみたいだ。


「じゃあ、さっきの廊下で……」

 凪が言いかけると、澪はまた書いた。


 あなたの音は、ほとんど透明。

 透明だけど、縁に薄い青がある。

 ときどき、鍵が揺れるみたいに歪む。


「鍵?」

 澪は小さく頷き、弁当箱を閉じた。

 そして、もう一枚のメモを取り出す。

 そこには、小さな矩形がいくつも重なった図が描いてあった。部屋の見取り図みたいなそれは、教室の座席配置だった。

 四角のひとつひとつに色が塗られている。赤、黄、緑、灰、青。

 澪の席は、色がない。

 凪の席には、透明の縁取り。


 音の地図。

 凪の胸が軽くなる。

 世界はうるさいけれど、こんなふうに並べてしまえば、ちょっとだけおもしろい。


 澪はペンを置き、肩をすくめた。

 声に出せないかわりに、表情で語る。

 眉の動き、指先の角度。

 そこに添えられる文字は必要最小限なのに、余白の分だけ感情が透ける。

 凪は弁当箱の端を指で撫で、思い切って言った。


「僕は、心音が聞こえる」

 澪の目が、ほんのわずか大きくなる。

 凪は続ける。

「他の人の、心臓の音。鼓動の形。嘘とか、不安とか、嬉しいとか、そういうのが、音柄になって聞こえる。だから、教室がしんどい」

 書いて見せるべきか迷ったが、言葉を選びながら、ゆっくり口にした。

 澪はじっと聞いて、やがてノートに一行だけ書いた。


 わたしは、声が出ない。

 でも、見える。

 だから、あなたのかわりに見ておく。


 凪は笑ってしまいそうになるのを堪えた。

 助け合いの宣言みたいで、少しくすぐったい。

 でも、嬉しい。


「じゃあ、交換しようか」

 凪が言うと、澪が首を傾げる。

「僕は、あなたのために、音を聞く。あなたは、僕のために、色を見る。だから、しんどくなったら言って。メモでいい。屋上でも、音楽室でも」


 澪は数秒だけ考えて、コクリとうなずいた。

 そのうなずきに合わせて、透明な鈴が一粒、空中で転がった気がした。


     ◇


 午後の古文の時間、凪は新しい方法を試した。

 黒板の最上段の角に視線を固定する。

 先生の声から心音を切り離して、言葉のリズムだけを追う。

 追いながら、机の影で指を一本ずつ折りたたむ。

 一本、二本、三本。

 呼吸と同期。

 十本まで数えたら、手のひらを返す。

 そうすると、不思議なことにノイズの輪郭がぼやけ、距離が増える。

 林先生の苛立ちは、板書の丁寧さに転化し、周囲の眠気はひたすら静かに沈殿するだけの液体になる。


 横目で澪をちらりと見た。

 澪は今度は教科書の余白に、短い線をいくつも引いている。音の線だ。

 線の太さ、長さ、傾き。

 それはきっと、凪がいま聞いているものを、彼女なりの見え方で記録しているのだ。


 最後のチャイムが鳴るころ、凪は今日初めて、頭痛がしないことに気づいた。

 音は消えない。世界は静まらない。

 でも、逃げ道は作れる。

 それを教えてくれたのは、無音の中心にいる転入生だった。


     ◇


 放課後。

 音楽室に入ると、薄い日差しが鍵盤の白を暖めていた。

 ピアノの蓋をそっと持ち上げる。

 ドの位置に指を置いて、鳴らさない。

 鳴らさずに、呼吸だけを重ねる。

 一拍、二拍。

 扉が開く音。

 振り向くと、澪が立っていた。制服の袖口には小さな消しゴムの粉がついている。


 凪は椅子を勧め、澪に隣に座ってもらった。

 ふたりして鍵盤を眺める。

 室内の静けさは、外の運動場の喚声と遠い救急車のサイレンの残響を薄く含んでいる。

 凪がポケットから取り出したのは、イヤーマフだった。簡易的な防音。

「これ、外の音を減らせるけど、心の音は消えない。でも、ちょっとは楽になる」

 澪は興味深げにそれを観察して、ひとつ受け取り、片耳に当てた。

 凪は鍵盤の上で指を動かす。鳴らない音の練習。

 澪はノートを開き、走り書きした。


 鳴らない音は、白い。

 でも、触れている時間が長いと、薄く金色になる。


 凪は笑って、低いファの鍵を軽く押した。

 音が鳴る。

 澪の目がふっと細くなり、ノートに一本、やわらかい弧を描いた。


「ねえ、昨日の曲、もう一回弾ける?」

 凪が訊くと、澪は一瞬だけ躊躇してから、両手を鍵盤に置いた。

 流れる。

 水面を撫でる風のような旋律が、音楽室の白い壁にひそやかに触れて、消えては戻ってくる。

 凪は目を閉じた。

 聞こえるのは、ピアノの音だけ。

 心音は遠のいて、遠景の山みたいに輪郭だけになった。


 曲が終わる。

 余韻が、長い。

 凪は小さく息を吐いた。胸の奥の固さがほどけていく。

 澪は譜面台に目を落とし、自分の指を見つめる。

 ノートに、少しだけ時間をかけて書いた。


 わたしの音は、見えない。

 でも、あなたは、それを聞いた。

 それは、どんな色だった?


 凪は言葉を探した。

 しばらく考えて、答える。

「きっと、薄い月の色。まだ空が青い時間に出る月の、透明な輪郭」

 澪は目をすこし見開いて、それから笑った。

 音は鳴らない。

 けれど、笑いには確かな重さがあった。

 凪は思った。

 この重さを、自分は音として受け取っているのだ。

 そして彼女は、色として受け取っている。


「ルールを作ろう」

 凪は言った。

「教室がうるさくて、どっちかがしんどいときは、メモに丸を描く。白い丸。そうしたら、屋上か、ここに。無理なら、廊下の水飲み場でもいい」

 澪は頷く。ノートに丸を描いて見せると、今度はそれに薄い青を縁取りした。

 凪は笑って、自分のペンで同じ丸を描いた。


 扉が開きかけて、閉じた。

 誰かが様子を伺って去っていったのだろう。

 人の気配が、音を残す。

 凪の耳に、ギザギザの黒が一瞬だけ走った。

 澪も同じものを見たのか、顔を上げて廊下を見た。

 ノートに短く。


 黒。

 嘘の色。


 凪は首を振る。

 違う。これは嘘じゃない。

 黒だけど、熱がない。

 それは、嫉妬より軽く、恐怖より浅い。

 ただの好奇心だ。

 誰かが、ふたりの静けさを覗いたのだ。


「大丈夫。今は、僕らの教室だ」

 凪が言うと、澪は安心したように肩の力を抜いた。


     ◇


 帰り道、夕焼けはまだ赤くなりきらない。

 商店街のアーケードに入ると、靴音が変わる。乾いた音が、天井で跳ね返る。

 凪と澪は並んで歩いた。

 話さない。

 けれど、沈黙は固くない。

 沈黙の手触りを確認するみたいに、同じ速度で歩く。


 信号待ちの横断歩道で、澪が袖を引いた。

 ノートを開いて、短く書く。


 あなたの家、どの辺?

 わたしは駅の北。


「僕は南。途中まで一緒に行ける」

 澪は頷き、次のメモを書く。


 今日の教室は、重かった。

 でも、あなたの席の周りだけ、軽かった。


「それ、君のおかげだよ」

 澪は首を振り、口元で小さく、ありがとう、と形だけ言った。声は出ない。

 その口の動きの周りに、ほんの少しだけ金色の粉が舞ったように、凪には見えた。


 交差点を渡る。

 パチン、と音がして、どこかの店のガシャポンが回る。

 子どもの笑い声が追いかけてきて、凪の耳の奥で薄緑に揺れた。

 ふたりは駅前で別れる。

 別れ際、澪はペンを走らせた。


 明日、もし重かったら、丸。

 あなたも、丸。


「了解」

 凪は笑って、指で丸を作って見せた。

 澪が笑って返す。

 その笑いは、もう昨日ほど遠くなかった。


     ◇


 夜。

 宿題を済ませ、ベッドに仰向けになる。

 今日の教室のノイズを振り返る。

 朝倉の恋の音は少し落ち着き、林先生の苛立ちは板書の丁寧さに吸われ、綾香のくすくすは午後には色褪せていた。

 そして、澪の無音は、無音のままではなかった。

 透明の縁取りは、午後の光のなかで薄く青に揺れ、夕方には月の色を帯びた。

 彼女の音は、たぶん今も、どこかで静かに鳴っている。


 スマホの画面が光る。

 通知。

 送り主の名前はない。番号だけ。

 開くと、写真が一枚。

 薄い水色の付箋に、鉛筆で描かれた丸。

 青い縁取り。

 本文は一行。


 明日も、丸。


 凪は笑って、親指で返事を打つ。

 丸。

 送信。


 画面を伏せ、目を閉じた。

 耳は、外の世界を拾い続ける。

 遠くの電車の走行音、犬の吠える声、冷蔵庫のモーターの低い振動。

 それら全部が、今日は遠い。

 澪の丸がフタになって、ノイズを少し閉じ込めている。


 眠りの手前、意識が薄くなる。

 そのとき、ふっと、微かなざわめきが混じった。

 ギザギザの黒。

 けれど、嘘ではない。

 誰かが、手探りでこちらを覗いている。

 教室の扉の隙間から覗いたみたいに、おそるおそる。

 気配はすぐに去った。

 凪は目を開けずに、指先で丸を描いた。

 もうひとつ、丸を重ねて、鍵を回す。


 明日の教室は、どんな色だろう。

 凪はそのまま眠りに落ちた。

 寝入りばな、月の色をした音が一度だけ鳴った。

 それは、澪が遠くで笑ったときの重さに、よく似ていた。


     ◇


 朝。

 廊下の空気は少し湿っていて、校庭の砂は昨日より濃い色をしている。

 教室のドアを開ける前、凪は短く呼吸を整えた。

 三拍吸って、二拍止めて、四拍吐く。

 扉の向こうは、今日もオーケストラだ。

 でも、譜面は一枚手に入れた。

 無音の中心と交わした、小さなルールの譜面。


 席に着くと、机の上に水色の付箋。

 丸。

 澪は席でノートを開き、こちらを見て、目で笑う。

 凪も付箋を取り出して、丸を描いて見せた。


 世界はうるさい。

 でも、ふたりの丸は静かだ。

 静けさは、音を消すためだけのものじゃない。

 音を、きれいに聞くための余白でもある。


 ホームルームが始まる前、凪は気づいた。

 自分の周りのノイズが、昨日より一段階遠い。

 空腹の音は薄く、嫉妬の音は鈍い。

 代わりに、小さな嬉しさの音が生まれ、机の木目に沿って伝わってくる。

 透明の縁取りが、少しだけ濃くなる。


 林先生が入ってきて、新しい課題を配る。

 その背後、廊下の気配が一瞬だけ流れた。

 覗く音。

 ギザギザの黒。

 やはり、誰かが気にしている。

 凪は付箋を指先で撫で、澪を見る。

 澪は気づいている。

 ノートに一行。


 大丈夫。

 見えてる。

 黒いけど、まだ軽い。


 凪は小さく頷いた。

 今日の教室は、昨日より少しだけ優しい。

 ノイズは相変わらずだけれど、丸の中で呼吸ができる。

 だから、聞ける。

 だから、見える。

 だから、受け入れられる。


 凪と澪は、異なる感覚を持つ者として、同じ窓から外を見た。

 無音と透明のあいだに、細い橋がかかる。

 その橋の名前を、まだ誰も知らない。

 けれど、確かに今日、最初の一歩を踏み出した。


 教室のざわめきが、朝の光にほどけていく。

 凪は胸の内側で、そっと拍を取った。

 三拍吸って、二拍止めて、四拍吐く。

 丸は、今日もきちんと閉じている。

 鍵は、ふたりの間にある。


 そして黒板の前、林先生が新しい問題を書き始めたその瞬間、凪の耳のどこかで、月色の音が小さく鳴った。

 開幕の合図みたいに。

 第ニ楽章の、最初の一音みたいに。

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