『みずのこ』はお姉ちゃんじゃありませんでした
本作は、同タイトルホラー短編『みずのこ』の“もしものコメディ版”です。
幽霊にも人違いくらいある──そんな感覚で、笑いと余韻をお楽しみください。
夏休み、私は祖母の家に預けられた。
田舎である。空気はおいしいが虫はでかいし、テレビはNHKしか映らない。Wi-Fiは死に、スマホは圏外という、文明からの隔絶空間だった。
「ねえ、おばあちゃん。なんか面白いとこないの?」
「あるよ。ため池には近づくんじゃないよ。みずのこが出るからね」
「唐突にホラー始まった!?」
祖母は真顔だった。
「昔からね、白いワンピースの女の子が出るの。肩までの黒髪で、無言で立ってるのよ。で、“あそぼ……”って言って──」
「──って言って!?」
「連れてっちゃうんだって、水の中に」
「いやいやいやいや!? “あそぼ”の内容が重すぎるでしょ!?」
だが、そういう話を聞くと、行ってみたくなるのが子どもという生き物である。
私は祖母の忠告を華麗にスルーし、三日後、ため池へ向かった。
◆
池は思ったより小さく、静かだった。
濁った水面、古びた看板、風に揺れる葦。典型的な“何か出る感”が満載のスポットだった。
そして──いた。
水の中に、白いワンピースの女の子。
肩までの黒髪。無表情で、じっとこちらを見ている。
「こんにちは……いっしょに、あそぼ……?」
第一声が完全にテンプレだった。
「……ちょっと待ってね、確認だけど、生きてる?」
「しんでるよ……」
「即答かー!」
私は後ずさる。しかし、女の子は一歩、ぬるっと水の上を進んできた。
いやそれどういう足場? 水の上って歩けたっけ? 蓮の葉?
「あなた……わたしのこと、わすれたの……?」
「ま、まさか……お姉ちゃん……?」
「そうだよ……」
「──って、うち一人っ子なんですけど!!!」
女児の顔が止まった。え?という顔で固まっている。
「……あれ……おかしいな……?」
「いやそっちが驚くのおかしいからね!? どこの姉名乗ってんの!?」
「……でも……なんとなく、雰囲気が似てて……」
「雰囲気で溺死させに来るんじゃないよ!!」
少女はバツが悪そうに目を伏せた。
なんだろう、怖いより気まずい。
「……間違えちゃったかも……」
「“かも”じゃない! 絶対違う! 私は姉がいないんだってば!」
◆
なんやかんやで、私は無事帰宅した。
玄関で迎えた祖母が言った。
「行ったんだね、ため池に」
「そうとも! お姉ちゃんって言われて引きずられそうになった!」
「……ああ、あの子かい。“みずのこ”。最近、勤務雑なのよねぇ」
「勤務!?」
「昔はきっちりしてたんだけど、最近は“誰でもいいから遊びたい”ってなっててね。幽霊側のモチベーション管理も難しいらしいのよ」
「そんな問題抱えてるの!? 感情労働系なの!?」
「まあ、人違いで帰してくれたなら、まだいい方だよ」
「やだなその基準。ちゃんと霊界もクレーム対応してよ……」
祖母はふふ、と笑った。
「たまにくるんだよ。池に“お詫びの札”が立ってる時」
◆
次の日、ため池の前に、見慣れない立て札があった。
> 【お知らせ】
この度はご迷惑をおかけしました。
間違って召喚・誤認により生者様に不安を与えた件、深くお詫び申し上げます。
なお、該当職員“みずのこ”には再教育を行っております。
──霊界管理局 北支部
本当にあった、公式謝罪。
「幽霊なのに事務仕事してんの……?」
◆
その晩。私は夢を見た。
ため池の真ん中に、“あの子”がいた。
でも、なにも言わなかった。ただ、そっとホワイトボードを掲げていた。
> 「このたびは、大変失礼いたしました」
「次回は、間違えないようにします(泣)」
泣くな。
「やめて! 溺れる前に心が痛むからやめて!」
と叫んだところで目が覚めた。
静かな朝。濡れていない布団。
でも、玄関にはもうひとつ、別の札が立っていた。
> 【またのお越しをお待ちしております】
いや、来ないよ!!
---
(了)
幽霊といえど、配属ミスや人間関係には悩むもの。
きっちり怖がらせるつもりが、なぜかコメディになってしまった“みずのこ”の奮闘を描きました。
ため池には、ご注意を。でもちょっとだけ、優しくしてあげてください。