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『みずのこ』

『みずのこ』はお姉ちゃんじゃありませんでした

作者: 月白ふゆ

本作は、同タイトルホラー短編『みずのこ』の“もしものコメディ版”です。

幽霊にも人違いくらいある──そんな感覚で、笑いと余韻をお楽しみください。

夏休み、私は祖母の家に預けられた。


田舎である。空気はおいしいが虫はでかいし、テレビはNHKしか映らない。Wi-Fiは死に、スマホは圏外という、文明からの隔絶空間だった。


「ねえ、おばあちゃん。なんか面白いとこないの?」


「あるよ。ため池には近づくんじゃないよ。みずのこが出るからね」


「唐突にホラー始まった!?」


祖母は真顔だった。


「昔からね、白いワンピースの女の子が出るの。肩までの黒髪で、無言で立ってるのよ。で、“あそぼ……”って言って──」


「──って言って!?」


「連れてっちゃうんだって、水の中に」


「いやいやいやいや!? “あそぼ”の内容が重すぎるでしょ!?」


だが、そういう話を聞くと、行ってみたくなるのが子どもという生き物である。

私は祖母の忠告を華麗にスルーし、三日後、ため池へ向かった。



池は思ったより小さく、静かだった。

濁った水面、古びた看板、風に揺れる葦。典型的な“何か出る感”が満載のスポットだった。


そして──いた。


水の中に、白いワンピースの女の子。

肩までの黒髪。無表情で、じっとこちらを見ている。


「こんにちは……いっしょに、あそぼ……?」


第一声が完全にテンプレだった。


「……ちょっと待ってね、確認だけど、生きてる?」


「しんでるよ……」


「即答かー!」


私は後ずさる。しかし、女の子は一歩、ぬるっと水の上を進んできた。

いやそれどういう足場? 水の上って歩けたっけ? 蓮の葉?


「あなた……わたしのこと、わすれたの……?」


「ま、まさか……お姉ちゃん……?」


「そうだよ……」


「──って、うち一人っ子なんですけど!!!」


女児の顔が止まった。え?という顔で固まっている。


「……あれ……おかしいな……?」


「いやそっちが驚くのおかしいからね!? どこの姉名乗ってんの!?」


「……でも……なんとなく、雰囲気が似てて……」


「雰囲気で溺死させに来るんじゃないよ!!」


少女はバツが悪そうに目を伏せた。

なんだろう、怖いより気まずい。


「……間違えちゃったかも……」


「“かも”じゃない! 絶対違う! 私は姉がいないんだってば!」



なんやかんやで、私は無事帰宅した。

玄関で迎えた祖母が言った。


「行ったんだね、ため池に」


「そうとも! お姉ちゃんって言われて引きずられそうになった!」


「……ああ、あの子かい。“みずのこ”。最近、勤務雑なのよねぇ」


「勤務!?」


「昔はきっちりしてたんだけど、最近は“誰でもいいから遊びたい”ってなっててね。幽霊側のモチベーション管理も難しいらしいのよ」


「そんな問題抱えてるの!? 感情労働系なの!?」


「まあ、人違いで帰してくれたなら、まだいい方だよ」


「やだなその基準。ちゃんと霊界もクレーム対応してよ……」


祖母はふふ、と笑った。


「たまにくるんだよ。池に“お詫びの札”が立ってる時」



次の日、ため池の前に、見慣れない立て札があった。


> 【お知らせ】

この度はご迷惑をおかけしました。

間違って召喚・誤認により生者様に不安を与えた件、深くお詫び申し上げます。

なお、該当職員“みずのこ”には再教育を行っております。

──霊界管理局 北支部




本当にあった、公式謝罪。


「幽霊なのに事務仕事してんの……?」



その晩。私は夢を見た。


ため池の真ん中に、“あの子”がいた。

でも、なにも言わなかった。ただ、そっとホワイトボードを掲げていた。


> 「このたびは、大変失礼いたしました」

「次回は、間違えないようにします(泣)」




泣くな。


「やめて! 溺れる前に心が痛むからやめて!」


と叫んだところで目が覚めた。

静かな朝。濡れていない布団。


でも、玄関にはもうひとつ、別の札が立っていた。


> 【またのお越しをお待ちしております】




いや、来ないよ!!



---


(了)

幽霊といえど、配属ミスや人間関係には悩むもの。

きっちり怖がらせるつもりが、なぜかコメディになってしまった“みずのこ”の奮闘を描きました。

ため池には、ご注意を。でもちょっとだけ、優しくしてあげてください。

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