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プルースト出て行ってくれないか

作者: MASA

社会人になって初めての出張先が、大学生活を過ごした街だったのは偶然だったはずだ。生まれ育った場所より少しだけ華やかで、だからといって都会過ぎるわけでもなく、5年経っても何も変わらない街。


駅前のホテルのベッドに体を投げ出したら、携帯のバイブが短く鳴った。

出張先が決まった時に、大学の友達グループに連絡を入れた。久しぶりにこの街で集まれるなら呑もうと。

普段自分から連絡入れることのない自分だったが、この街で就職したやつもいたし、集まれないなら一人飯を満喫すればいいか程度の軽い気持ちで。

行ける、大丈夫、いつもの店でいい?

何人からか返事が返ってきて、未読のやつがいないのを少しだけ安堵した自分がいた。


陽は落ちたのに、雲の多い空と湿った風が不快感しかない。大学近くのいつもの居酒屋は少し遠いと分かっていたのに、学生気分で歩いてしまい道半ばで後悔していた時だった。

「あ〜、やっぱりミヤだ!久しぶり〜」

背後から声を掛けられ、有り得ないほどの速さで振り向いてしまった。

来れないんじゃなかった?

動揺した素振りは絶対に出さないように、顔を作りながら来れて良かったことを平然と伝えた。

「ミヤが誘うなんて参加するに決まってるでしょ!」

親指を立てながら、変わらない笑顔で言い切る。

店まで一緒に行こうと歩き出しながら、

「ミヤの匂いがする。懐かしい」

隣で悪魔が囁き、5年も経てば忘れると思っていた気持ちが、腹の奥底からぶわっと全身を血液のように巡った気がした。



入学式が終わり、何となくグループが出来上がり始めたばかりの頃、講義で隣に座って仲良くなった子達と何のサークルに入るかを学食で話をしていた。

中学高校と口下手だと自覚していたので友達が出来るか不安だったが、声を掛けてきてくれたポジティブな友人の岩田に感謝だ。

サークルの話から彼女が欲しい話にかわり、岩田の彼女も同じ大学に通っているとの流れから、彼女の友達と遊ぶことになった。

岩田の彼女が連れてきた友達の一人が、美月だった。

第一印象は目力の強い綺麗な人だなと思っただけで惚れた腫れたにならなかったのは、自己紹介で遠距離恋愛の年上彼氏がいて他の男を拒絶するような空気感だった。

何回か同じメンバーで遊んだり呑みに行ったりして、苗字呼びから名前呼びになり、美月も距離感はあっても皆んなと話せるようになっていた。


ある日の呑みで隣に座った時に、アルコールがいつもより入っていたからか、普段より距離の近い美月から囁くように言われた。

「ミヤって何の香水?いい匂いするよね」

一人暮らしする時に姉から貰った香水の名前を言うと、

「ん〜、何か同じ香水使ってる人と違う匂いなんだよね。他の人はあんまり好きじゃないけど、ミヤはいい匂いする。なんでだろ?」

身長的に座っても上目遣いになった、ほんのり赤くて眠そうな美月と目が合えば、心臓を鷲掴みされてあっさりと好きになってしまった。

でも話を聞く限り彼氏とは順調で、好きになって欲しいとか彼氏との関係を悪くするつもりもなく、沢山いる男友達の一人として恋心は誰にも知られずにいた。


優しげに見える顔立ちのせいか、サークルの子や初対面の子から告白されることがあった。

美月への恋心が大きくなり過ぎる前に、彼女をつくって諦めようとしてみたが、数ヶ月すると彼女から振られるを繰り返しただけだった。

仲間内からクズ扱いされ、美月には悪い印象を与えたくない一心で、高校から好きな子がいて忘れられずに彼女から振られたと嘘を吐くようになった。

その子以上に好きになれないから、忘れられるまで彼女はつくらないと。

言い続けると本当に好きな子がいるような錯覚に陥り、でも美月と目が合うとやっぱり恋心を自覚する毎日だった。


後輩に誘われた数合わせの呑みを抜け出し、最寄駅の改札前で美月を見つけた。

クリスマスだから彼氏待ちかなとは考えたが、酒も入っていたので友達として声を掛けた。

いつものように明るく返してくるかと思ったが、ぽろぽろと泣き出してしまった。

周りからの刺すような視線に耐えられず、駅近くのファミレスまで連れて来たがクリスマスで満席。

声を掛けても泣くばかりだし、恋心と下心が混じった気持ちを抱えながらタクシーを捕まえて自宅まで連れ帰った。

温かいコーヒーを美月の前に置き、この部屋に二人きりなのが居心地悪く、見てもいないテレビを眺めながら酎ハイ三本目を開けようとすると啜り声で久しぶりに会った彼氏から別れ話を言われたと話し出した。

話しながらまた泣き出すので酒を勧め、笑える動画を一緒に観る提案をしたことは覚えているが、その先が全く思い出さない。

二日酔いのせいか、暴走した恋心のせいか、どうみても情事後のベッドの上で頭痛がしたが、美月はミヤのお陰で助かったと笑って帰って行った。

それから何度か美月が家に来るようになったのでタイミングをみて告白するつもりが、自分も好きな人を忘れられないから美月は彼氏を忘れなくていい。

今だけ慰め合おうと提案され、流されてしまった。

お互い好きな人が振り向いてくれたらこの関係を辞めればいいと言われたと聞かされ、過去に戻って格好付けた馬鹿な自分を殴りたい気持ちで一杯だった。


それから誰にも言えずに、虚無感と多幸感を感じながら終わりに怯える関係を暫く続けることができた。

ようやく就職先が決まり、美月とも会えない日が続いていた時に、岩田から美月が元彼と縒りを戻せそうだと彼女から聞いた話を教えてくれた。

最近色々と理由で会うのを断られていたのに、自分自身に言い訳しながらまだ大丈夫と言い聞かせていたことが恥ずかしくて堪らなくなった。

仲間内で卒業旅行を計画していたが日程が合わず、卒業式後になったが最後に呑むことになっていた。

直前まで行くか迷ったが、美月にどうしても最後に会いたくて行くことにした。

淋しさでいつもより酒量の多い席になり、皆んなが酔っているのを横目に美月の隣に座った。

大声で話したくなくて、少しでも近付けるように、耳元で会えなくなった理由を聞くと、美月は当たり前のように元彼が彼氏に戻ったと話した。

そこから帰り道の記憶は無いが、二日酔いの朝に勢いで美月と個人での連絡を削除した。

部屋に残る美月の匂いも洗濯する度に最初から無かったように消えていったが、忘れて帰ったヘアオイルだけはどうしても捨てられなかった。




居酒屋まで隣を歩きながら、会わなかった5年が嘘のように仲間内の懐かしい話や近況をお互い話す。

話に夢中で美月が大きく首を横に振った時に、昔より長くなった髪から懐かしい香りを感じた。

二人で過ごした時間が戻ってきたような、胃が押し潰されるような感覚。

また勘違いしたくなる気持ちを我慢して、グループ内の連絡で読んだ結婚祝いを伝える。

「ありがとう。ミヤは?」

笑いながら、仕事一筋で予定は当分無いと答えた。


「ミヤが使ってる香水、ずっと同じ?この匂い昔好きって言ったの覚えてる?香水自体はあんまり好きな匂いではないんだけど、ミヤだといい匂いなんだよね」


「匂いを嗅いだら、その匂いに関する過去の感情や記憶って呼び起こされるんだって」


「調べたらプルースト効果って言うらしいよ」


「誰が言ってたか忘れたけど、好きな匂いってフェロモンなんだって」


「ミヤの匂いが好きなのって、遺伝子的に運命の相手はミヤだったのかもね」



居酒屋に入るとほとんどの人が揃っていて、美月とは別の席に座り最後まで話さなかった。

懐かしい思い出話も、昔より舌が肥えて不味く感じる酒も、何もかもが目の前を通り過ぎてゆく。

美月には幸せな思い出としての香りでも、自分は現在も縛られている逃れられない香り。

明日からも同じ香水をつけていくのだろうか。

終わりがくる日があるのだろうか。

ヘアオイルの香りがないと寝る事の出来なくなった、未練がましいこの感情に。

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