愛重旦那様から逃げてみた
私には愛する旦那様がいます。
少し愛が重くて、私のことが大好きで、なかなか外出を許してくださらない。
はっきり言って、不便ですわね。
そんな旦那様から、今日は逃げてみようと思います!
「おはようございます、旦那様」
「おはよう!ミリィ、今日も美しいね」
「ふふ ありがとうございます」
毎朝挨拶をするたびに私を褒めてくださる旦那様。
お忙しい中で、食事は必ず私と一緒に食べれるよう日程を調整してくださいます。
「旦那様こそ、本日も麗しいですわ。お召し物もよくお似合いです」
透き通ったシルバーの髪も、色素の薄いグレーの瞳も堀の深い顔立ちながらもどこか憂いのある顔も、どこを取っても美しい旦那様。
私では到底敵わない肌のきめ細かさには嫉妬してしまいそうです。
「ああ、そうだ。今日は少し仕事が長引きそうでね。ミリィと食事が取れるように調整してもらうが、遅れるかもしれない。そのときは先に食べていてくれ」
「まあ旦那様。私はいくらでも待ちますのに」
そう言いながらも、私、心の中では小躍りしていますわ。早速とチャンス到来ですわね!!
「ありがとう、ミリィ。でも君がお腹を空かせて待っているというのは考えるだけで悲しくなる。私のためにも先に食べていておくれ」
「あら、心配性ですこと。かしこまりました。旦那様のためにも先に食べておきますわ」
「そうしてくれ。...ああそうだ。本当に悲しいのだが、今日は昼頃も帰って来れそうにない。昼もミリィ1人で食べていておくれ」
「まあまあまあまあ、本当に忙しいのですね。わかりましたわ」
チャンスですわー!!!フィーバータイム!
旦那様が昼も夜もいらっしゃらないなんて!どこへでも行けますわね!!
きゃー!!久しぶりに友人とお茶しようかしら?確か行きつけのブティックの近くにとてもお洒落なカフェができたと聞いたわ!
んーでも、1人でウィンドーショッピングも良いですわよね!マダムの新作が先週でたと聞きましたわ。行きたいッ!
脳内では大会議が開かれているも、ミリィの顔はミリも動かず、少し眉を下げて悲しそうな表情をしながら朝食を食べている。
「旦那様、お忙しいと思いますが、事故にだけは気をつけていってらっしゃいませ。旦那様が居なくなったらミリィも死んでしまいますわ」
「!...ミリィ!あぁ可愛いミリィ。大丈夫、死んでも私は生き返ってくるからね。名残惜しい。なぜ昼も夜もミリィに会えないんだ。あぁ」
少し甘えてみたら本格的に行きたくなさそうにしていますわ。
まずいですわ。側近の方に怒られてしまいます。
前に「行かないで?」とお願いしてみたら本当に行かないでお家にいてくださったもの。
前は嬉しかったけれど、今日は困るわ。行ってくれないと私お出かけ出来ないもの!!
「旦那様、明日は休日ですわ!2人でのんびりしましょう?だから今日は頑張ってくださいまし。ミリィ、お仕事を頑張る旦那様が大好きですわ」
「行ってくるよミリィ。外には出ないで、家でゆっくり過ごすんだよ?明日は覚悟しておくように」
「ふふふ、いってらっしゃいませ」
....頑張ってくださいまし、明日の私。
旦那様のよくないスイッチを押したところで、さあお着替えですわ!
流行の服は旦那様がたくさん買ってくださいますし、あとはあまり高くなさそうなものを選ばないと。街に出て誘拐されたらたいへんですもの。護衛は撒いて行きたいですわね。いえ撒かないとですわ。
旦那様に報告されたらミッション失敗ですもの。
となると、友人とお茶が丸いですわね。
すぐに来てくれて会いたいお友達....。あ、リーファを呼びましょう。というか会いに行きましょう!
あまり派手でない服に着替え、体調が悪いと伝えて部屋中の鍵を閉める。
さあ脱走ですわね。バレないように慎重に....。
窓から行きましょう!飛んで木にしがみつけば余裕ですわ。
慣れた様子で窓枠に登り、思いっきり木に飛び移る。
地面に足をつけば...
「ふふ、二階からなんて簡単ですわ。んー、とは言え、鈍ってますわね。葉っぱだらけですわ」
この奥様がなぜこんなアクロバットな動きをできるのか。それはひとえに田舎育ちだからだ。幼少期のみならずある程度大人になっても木登りばかりしていたため、多少の激しい動きに恐れが微塵もないのだ。
ハートが強い奥様である。
「さ、リーファのところに行きますわよ!!」
足がつかないように徒歩で移動し、リーファという友人の元へ向かう。
5分もしないうちについたその家で、家令に言伝をたのみ待つ。しばらくもしないうちにドタバタとかけてくる足音がして、友人が来た。
「え?!うそー!!ほんとにミリィじゃない!やだー!!久しぶりっ!」
「ええ、久しぶりリーファ!急に来てごめんなさい。今日は時間あるかしら?」
「いいのよ!有り余ってる!というかミリィの為ならしぼり出すわ!」
ちょっと待ってて!と残して3分で着替えてきたリーファと共にとりあえず近場のカフェに入る。
「え、ちょっとミリィ、今日どうして家から出れたの??あいつが許すと思えなくて。ハッまさかいつのまに心が広くなった.....?」
「まあリーファったら、面白い!旦那様は常にお優しいのよ?」
「いやいや、それはミリィにだけだって。普段は表情筋が死んだ氷よ、あいつ」
そんな穏やかな会話を交わし、ミリィが口を開いた。
「でも残念、どれも外れ。今日は黙って出てきたの。旦那様、今日は遅いんですって!チャンスだと思って」
「え?」
「バレないように慎重に出てきたのよ。今頃屋敷では私は少し体調が悪いってことになってるの」
「スゥッ」
話を聞くたびに顔色が悪くなっていくリーファ。
対照的にミリィは生き生きしている。
「っとさ、つまり。ミリィ、あなた今日無断で出てきたってこと?」
「そうよ」
「あー!!!ヤバすぎ!!まじ?いやでもそうよね、あなた昔から変に行動力があって、それにしたって、マズイわ。どうしましょう。てか私も処される?マズイッ」
ブツブツと1人で話し頭を抱える友人を見て、変なの、とクスリと笑う。友人がバタバタ騒いでいる間もミリィは優雅に紅茶を飲む。
「....よし、ミリィさん?いいかしら」
「?なあに?」
「今日は帰りましょう?ええ、そうしましょう?」
あなたの為なのよ。私だってすごくすごく会いたかったから会えてとっても嬉しいわ。でもマズイわね、ほんとに。だから今日のところはバレる前に帰りましょう。
また許可を取って。ええ、私の心の健康のためにも許可を取ってから行きましょう?
早口でそう捲し立てるも、ミリィは確固たる意志を持ってこう言った。
「いやよ」
私、家でいい子にするのは飽きたわ。たまには息抜きがしたいの。今日は新しくできたカフェにあなたと行きたくて抜け出してきたの。だから帰るなんていやよ。
「ミリィ!....でもダメよ。帰らなきゃ」
「むぅ。お願い、お願いよ。カフェに行って、そうケーキと紅茶だけ。ショッピングは諦めるわ。お願いよ、カフェだけでも!」
リーファはミリィの“お願い”に弱かった。
「..........今日だけよ」
「!ありがとうリーファ!」
美味しいケーキと紅茶をいただき、友人と楽しくおしゃべりする。久方ぶりの自由を謳歌していたミリィたちはつい時間を忘れてしまった。
本来帰る予定の時間を軽く越える程には。
さあ、屋敷の主人がお帰りだ。
「ただいま帰った」
「お帰りなさいませ」
屋敷のメイドに出迎えられるも、おかしい。
なんだか、違和感がある。
いつもは嬉しそうに駆け寄ってくるミリィが居ないのもそうだが、屋敷が寂しい感じがする。
「ミリィは?寝てしまったのかな」
「奥様は体調が悪いとお昼前にお部屋にお戻りになってからそれきりで.....」
「そうか。では様子を見てくる」
体調が悪い?朝はそんなことなさそうだっそんなことなさそうだったが。無理をさせていたのだろうか。
足早に部屋の前に行くと、優しく戸を叩く。
「ミリィ、部屋に入るよ」
スペアキーで鍵を開けて部屋に入る。
天蓋ベッドのカーテンが閉まっているからそこにいるのだろう。本当に体調が悪いのか。
頼ってくれればいいのに。
カーテンをそっと開ける。
そこには....いやそこは、もぬけの殻だった。
「?ミリィ?ミリィ、どこにいるんだ?」
風呂場?クローゼット?ベッドの下?ソファ?どこを探してもミリィが居ない。
鍵は閉まっていた。どこに───。
そこまで考えたところで、そよそよと微風を感じた。
風....風?まさか!
開け放たれた窓、少し足跡のついた窓枠。
「ミリィ、外にッ!」
「まずいまずいまずい!!楽しくて話し込みすぎたー!!もう遅いよ?ミリィどうすんの!?今家に帰ったら確実に居るよ?!」
「ま、まずいですわね」
さすがのミリィも焦っていた。遅いとは言っていたものの、いつも旦那様が帰ってくる時間から2時間が経っている。外は真っ暗で月が見えている。
「...リーファ、泊めて?」
「んぐっ、無理だよ、怒られるよそれは。いやもうすでに怒られるけど」
「ほらだって、明日すごく朝早くに帰って、ベッドで寝ていればきっとバレないわ!そうよ!私鍵閉めたもの!ふふ、お泊まり会しましょ!そうしましょう!リーファ!」
「そんな無茶な.....あ」
渋っていたリーファは、ミリィの後方を見て、突然目を見開いたかと思えば、ガタガタと震え始める。
そんなことに気がつかないミリィはなおも続ける。
「大丈夫よ、リーファ!きっと旦那様も気がついていないわ!だって鍵を閉めたもの!」
鍵に絶大な信頼を起いている。
「ほらだって、大丈夫よ!きっと!」
「ミリィ?何が大丈夫なの?」
「?旦那様にばれ....え?」
後ろから、離さないとばかりに抱きつかれて、確信する。ああ、終わったわ。
「だんな、さま.....?」
「うん、で?何が大丈夫なの?」
「ミリィが悪かったですわ旦那様、許してくださいまし、本当に!あっ」
バックハグからの流れるようなお姫様抱っこ。
暗黒微笑をたたえる旦那様は誰がどう見てもキレていると言えるでしょう。
「だ、だんなさま、おろしてください、まし」
「ん?」
笑顔で人を殺せる圧を放たれては、もう何もできまい。
「なんでもないですわ」
泣きたくなるほど重苦しい空気の中で、旦那様はリーファをいちべつして重々しく一言。
「リーファ、お前はまた今度な」
「ハイ」
用意周到に手配されていた馬車までこの体制で連れて行かれると、逃がさないとばかりにミリィを膝の上に乗せて座る。
「で?ミリィ、なんで逃げたの」
「....も、黙秘いたしますわ」
「ふぅん?それで私が許すと思っているんだね?ミリィ」
まあ良いよ、ミリィがいいならね。意味深なことをおっしゃった旦那様はそれから屋敷に着くまで一言も発しませんでした。
この時点でハートが強いはずの私の心はズタボロです。
「旦那様、旦那様?」
「.....」
ああ、私が言いつけを破る悪い子だから、旦那様に愛想を尽かされてしまったのかしら?
どうしましょう。どうしましょう。
普段であればミリィのことをよく見ている旦那様のことだ。ミリィが泣き出しそうならすぐに気がついてそっと抱きしめてくれる。
けれど、ミリィが俯いて、旦那様も顔を合わせようとしていない。この状況ではそんなことも起きなかった。
屋敷について旦那様は家にいるすべての人間に1週間の暇を出した。
全員が速やかに帰宅し、屋敷内が真と静まったころ、ミリィは夫婦の寝室のベッドにいた。
帰宅してすぐに旦那様に連れられ、ここにいるように言われたのだ。
「だんなさま...」
「?なあに、ミリィ」
「!」
お返事を、くださいましたわ。
「もう、黙って外に出たり致しませんわ。だ、から、お願いです、わた、私のことをっ」
胸が苦しくて声が出ません。
旦那様に嫌われてしまったら私はどう生きていけば良いのでしょう。退屈だからって、少し窮屈だからって、こんなことしなければよかった。
「.....ねぇミリィ、私がどうして怒っているかわかるかい?」
「!.....あぶないから?」
「そうだね。それもある。だけどね1番は」
目、頬、口、耳、髪、頭、首
「ぜんぶが愛おしいミリィを、誰にも見せたくないからだよ」
こんなに愛おしくて、愛らしくて、健気なミリィを何が悲しくて他の男に見せる必要がある?
「でも......ミリィも、嫌だよね。外には出たいよね」
「っ」
「今日、ミリィがいなくなって、すごく苦しかった。勝手にどこかへ行ってしまうと思わなくて、ミリィがいなくなると思わなくて、痛かった」
でもそうなった原因は私にもある。
「外に出ることは禁止だよ。ミリィ」
だけど
「私と一緒なら、外に出ても良いことにしよう?ミリィ」
「え?」
「あまり頻繁には出れないかもしれないけれど、ミリィが1人でどこかへ行ってしまうくらいなら、私と一緒にいてほしい」
「....私を、ゆるしてくださるのですか?言いつけを破った悪い子なのに」
「許すも何も。過度に縛りすぎた私も悪い。であれば、私のことを許してくれる?ミリィ」
「もちろんですわ!...ごめんなさい、旦那様っ」
「ふふ、そこはありがとうが良いな。ねえ?ミリィ」
「っ、ありがとうございますっ!旦那様」
思い切り、ぎゅうと抱きつく。
そのまま私を抱き上げた旦那様はそっとベッドの上に私をおろして、色気のある笑みを浮かべました。
「それはそれとして、ミリィ?そんなに可愛い姿を世の男に見せてしまったのはいけないねぇ」
「だ、旦那様?」
「ふふ、覚悟しておいてって言ったよね」
ああ、やっぱり許してないじゃない!
「で、どうだったの、その後は」
「そうね、けほけほ」
「.......やっぱり良い。嫌でも察するわ」
「旦那様には逆らわないわ。もう」
「ふふふ、随分と殊勝な心がけね」
何を、とは口に出さずともわかるだろう。
腰が痛くて立てず、声は可哀想なほどに枯れている。
まあ随分と嫉妬深い事。
「ミリィ」
「!旦那様っ」
お互い好き合っているからこそできるのかなんなのか。結局と仲が良い夫婦だ。
さて、旦那様から逃げてみた私から、皆様に忠告ですわ。
経験談とし、逃げてみた私は旦那様に愛想を尽かされるかもしれないヒヤヒヤを味わいましたわ。だから、いつもどこでも優しい旦那様をがっかりさせたくなければ、そうね。
まずは話し合いよ。逃げるのは最終手段。
体がもたないもの。
「ミリィ、さあ行くよ」
「はい!今行きますわ!!」
でも、逃げたことで前よりも距離が縮まったかもしれませんわね。
なんて。ふふ、ではごきげんよう。またどこかで会いましょう。
愛が重く....なっていないかもしれないです。
どちらかというと奥さん溺愛旦那が出来ました。
ミリィと旦那様、リーファは同じ学園出身で、旦那様とリーファが所謂幼馴染。ミリィと旦那様は学園で出会いました。ミリィのおっとりながらも行動力のある性格に惹かれて告白し、見事卒業後に結婚まで行きました。
行動力のあるところが好きなので、今回の外出もミリィらしいなという感想が大部分を占めています。
それはそれとして嫉妬はしますが。
例に漏れず衝動で書いた作品ですので、誤字脱字等お見逃しいただけますと幸いです。
それではまたどこかで。
なろにろに