表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/3

武器を持て

鼻先を掠める大剣、薄皮がピッと裂けて血が滲む。

反射的に後ろへ飛び退いたことによって傷は浅く、鼻はまだ顔についたままだ。

「なにすんだ!」

「何って、試し斬りだよ。試し斬り」

横薙ぎに振り抜かれた大剣を上段に構え直した女は、揶揄うようにこちらを見下ろした。 

「どうした?武器があろうとなかろうと関係ないんだろう?」

有利に立ったと見るや、悪党らしい声色で話し出す白甲冑の女。王都の警邏隊がまともに機能していないのをいいことに、随分と好き勝手にやりやがる。

「素手のガキ相手に武器を持ち出すなんて、よっぽど気が短いんだな、おばさん」

売り言葉に買い言葉。こっちもこっちで頭に血が昇って、命の危険なんて顧みずに挑発してしまう。おばさん、という言葉に反応した白甲冑は無言で大剣を握る力を強めた。

「お姉さん、だろ?クソガキ」

そう言って振り下ろされる大剣。今度は後退りじゃ避けられない。体は反射的に横方向への跳躍を選んだ。

命を賭けた横っ飛びによって躱した一撃は、そのままギルドハウスの床に吸い込まれていく。バキッという激しい音を立てて地面に叩き込まれた大剣は、そのまま木製の床を木っ端微塵にした。

「わあ、もしかしてオーク?そうじゃなきゃこんな怪力ありえないよ」

もしくはハーフか、それとも交雑か。流暢な人語を話していることから相当な知能があると見受けられるが、オークでここまで訛りの少ないやつは見たことない。オーク語でも喋ってくれれば分かりやすいのだけれど。

種族間の問題もあるから、これ以上は踏み込めないか。ぼくは机を飛び移りながらぼんやりと考えた。

「正解。てめえらヒトは大抵一発であの世行きなんだが、よく躱した。褒めてやるよ」

埃と木片を蹴散らしてから、白甲冑は兜を外して言った。その顔はオークらしく好戦的に歪み、鼻や耳は分厚く腫れぼったい。オークの世界ではかなりの美人とされる顔立ちだった。先ほどはフォリアと呼ばれていたが、きっとそれも職業上の偽名だろう。

フォリアというオークは大剣を見せびらかすように振り回した。

「ヒトの中でもガキは特に脆い。私たちは生後三年かそこらでゴブリンと打ち合えるようになるってのに、まったく残念な生き物だ」

そのままニ撃、三撃と次々に振るわれる大剣。それをなんとか避けながら、この状況を打開すべく思考する。

コイツがオークだとすると、このギルドハウスにいる他のやつも異種族か交雑種の可能性が高い。どいつもこいつも兜や帽子、フードを被っているせいで見分けがつかない。もしもヒトと相性の悪いやつに話しかけたらその時点で詰みだ。だからそいつらに助けを乞うのは意味がない。となると頼りになるのは先ほどの青年か、もしくは受付係か。

そう思って跳躍しながら辺りを見渡すと、どうにも自分に視線が集まっていることに気がつく。

「なんだ、見せ物だとでも思ってんのか?」

値踏み、または実力を見定めているかのような視線。受付係までもが同じものを向けてくる。なるほど、これは通過儀礼みたいなものらしい。

「じゃあ、遠慮はいらないな」

お爺さんから貰った宝石を手に握る。宝石の中でも魔法石と呼ばれるものは、それ自体が魔法を発動するための補助道具となってくれる。

ヒトがエルフから学んだ魔法。ヒトの社会では習得必須の技術だ。原典に比べて随分クオリティは劣化するが、このオークごときに競り負けるほど弱くはない。

「ビビるなよ、オーク」

「生意気だな、ヒト」

魔法の発動を目の前にして、オークはむしろ攻撃を緩め始めている。撃ってこいとでも言わんばかりだ。

「いくぞ」

エルフと違って体内で魔力を調節できない人間は、魔法の発動を外部の道具で補わなければならない。杖、魔導書、武器、その他様々あるが一番手っ取り早いのは石か木の枝だ。

まずは小石の山を軽く握り、魔力を流す。炎魔法を適用した単純な魔法だ。掌が段々と熱くなってきて、もう握っていられなくなったあたりで全力投擲。人に向けたらお縄だが、オーク相手なら問題にもならない。

「爆殺!!」

振りかぶって、着火。今日の夕飯をオークの丸焼きにするつもりでぼくは腕を振り抜いた。オークは躱す素振りも見せず、仁王立ちでそれを受け止めた。

高速で投じられた爆炎はオークの体にぶつかって激しく燃え上がった。無防備な人間なら軽く十人は燃やせる火力だ。

だが、前に試し撃ちでゴロツキを燃やしたときのような肉の焦げる匂いはあまり漂っては来ない。嫌な予感がして、ぼくはその炎の塊から離れた。

「おお、やればできるじゃないか。ゴブリンぐらいなら簡単に炭にできそうな火力だな」

嫌な予感は的中し、五体満足のオークが炎の中からのしのしと歩いてくる。声は黒い煙の奥から響き、徐々にそのシルエットが明らかになる。

そのオークには傷一つ無かった。

「こんな生物が存在していいのかよ」

今度は水責めで窒息させてやろうか、それとも感電死を狙った方がいいのか。頭は脅威を排除するために思考を繰り返している。

しかし、当の脅威はこれ以上の戦闘を行う意思が無いようだった。

「せっかく兜を脱いでやったのだから、顔を狙うのが定石だろう。私たちはドラゴンを殺しに行くのだから、鎧には当然火消しの加護が付いている」

ぱっぱと鎧についた煤を手で払いながら、オークは呆れたように言った。そして今度は真面目な顔でこちらを見た。

「だがまあ、お前にも武器があることは分かった。ひ弱とはいえ、あることは確かだ。なら問題はない」

そう言って、オークは満足そうに元の場所に帰っていった。

ぼくは拍子抜けして、思わず床にへたり込んだ。オークのほとんどはひどい気分屋だと聞くが、これではもはや歩く災害だな、とぼくは思った。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ