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「それにね。市民病院ってあるじゃん。都心の」
この場合の都心というのは、「東京都の中心」という意味ではなく、「最寄りの都市の中心部」=「最寄り駅のすぐ近くにある」という意味である。そして、市民病院はこの市では最も大きな病院であり、この地区(県をいくつかに分けたときの区分)全体においても最大級の規模を誇る総合病院である。
「廃止されるみたいだよ」
「えっ!」
私は驚いた。地元の人間にとって、あそこは、市民病院は、「病院といえばあれ以外ではない」というような存在なのである。生まれる前からあるし、あって当然、あって当たり前の存在なのだから。そして、どこの科にかかるにしても、何時だって混んでいたし、待たされたし、入院患者を見舞いに行くにしても、病室はいつも満員だった覚えしかない。
「そんなことになったら、どうなっちゃうんだよ? ここいら」
「隣りにも市民病院ってあるじゃない」
「そりゃあるけど」
「あっちと統廃合されるんだって」
あちらにもお世話になったことはいくらでもある。あちらはあちらで、いつだって人でいっぱいだった記憶しかない。
「近所のおじいちゃん、おばあちゃん、みんな文句言ってるよ」
「そりゃそうでしょ」
「で、新しく病院がつくられるんだって」
「どこに?」
「向こうに。隣り町よりに」
「はあっ?」
そりゃ都市の規模や、市の人口からして向こうより、こちらよりにつくられることはないのであろうが。しかし、この町に生まれた人間としてはこういう反応にはなる。
(加えて、今現在の経済的な繁栄具合、ダメ押しに市議会議員の有能無能を省みるに、そうとしかなりようがないんだろうが……)
「だから、近所のおじいちゃん、おばあちゃんたちみんな反対してるよ」
それはそうだろう。
ウチの親はここでため息を吐いた。
「この町、終わるよ。まじで。まじで消えるよ。まじで消えてなくなるよ。限界集落になりつつあるし」
人口が地味にではあるが年々減少しており、若者は都会へ流出傾向にあることは知ってはいたが。
親は疑問を呈した。
「今の市議会議員って、そんなご時世に市の外から最近やって来た人ばっかりっていうのは、何か関係あるんだろうかね?」
「食い物にしに外から乗り込んできてるってこと? …それはあるのかもしれないね」
それから話題は低い壁で隔てられたお隣りの、というよりも住んでいる者の感覚としては裏のお宅に関してに移った。
「すごいよ」
と、親が私の部屋の窓ガラスの向こうを指さすのだ。
「何が?」
と訊くと、
「もう、怖くて」
実はそこのところも、ちょろちょろとは電話では聞いてはいたのではあるのだが。