表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

怖い話

作者: 雉白書屋

 ある夜のことだった。女のアパートを友人が訪れた。二人はビールで乾杯し、仕事の愚痴や恋愛の話で盛り上がっていた。だが次第に話題は、友人が最近行った霊スポットの話へと移っていった……。


「それでね、噂のトンネルに入っていったら……」


「いや、やめて、怖いんだけど……」


「目の前にぼんやりと人影が浮かんできて……」


「そういう話、苦手なんだってば……」


「それが、アァァ……アァァァ……ってうめき声を上げながら……」


「やめて、もう嫌……」


「ゾンビが、こっちに迫ってきたの……」


「嫌……いや、え?」


「それであたし、急いで逃げ出したんだけど、そのゾンビが後を追ってきて」


「ちょ、ちょっと待って!」


「なによ、ここからが盛り上がるところなのに。いい? それでね、ゾンビが」


「いや、ゾンビ?」


「うん、ゾンビ」


「いや、そういうのじゃなくない?」


「そういうのじゃない……?」


「いや、心霊トンネルにゾンビはおかしいでしょ!」


「えっ、どういうこと? ゾンビが怖くないの?」


「怖くな……まあ、実際会ったら怖いけど……でも、違うんだよなあ……」


「何が違うの? 幽霊もゾンビも同じジャンルでしょ」


「確かにホラーだけど、ゾンビはちょっと面白い寄りというか、アクション寄りというか……」


「じゃあ、貞子みたいなのがよかったの?」


「いや、貞子も最近は、うーん、どうなんだろ……」


「でも、仕方ないじゃん。実際に出てきたのはゾンビなんだから」


「そっか……いや、現実にゾンビはいないでしょ」


「いたよ、これは本当の話だって前置きしたじゃん」


「でも……あ、もしかして薬物中毒者だったとか? 確か、アメリカではそんな話があったし、そう考えると怖くなってきた……」


「違うよ。クスリやってたのは、あたしの彼氏」


「は!? そっちのほうが怖!」


「もう、話が逸れちゃったじゃん」


「いや、私のせいかな……?」


「あ、じゃあ、この話はどう? こないだ夜道を歩いていたときのことなんだけど……」


「だから私、怖い話は苦手なのに……」


「電柱の後ろに人影があって……」


「嫌、嫌だ……」


「近づくと、ゆっくりと電柱の陰から出てきて……」


「もう、嫌……」


「ゾンビがね、あたしに向かって手を伸ばしてきたの! それで、あたしは」


「いや、またゾンビ!」


「そう、あのときのゾンビだったの! 怖かったあ」


「だからゾンビが出てきちゃ……いや、まあ、心霊トンネルから追ってきたのなら怖いかな……うーん……」


「もー、何悩んでるの? 本当に怖かったんだから」


「いやー、惜しいんだけどね。ゾンビじゃなければ、ちゃんと怖かったのに」


「でも……まだ続きがあるの。そのゾンビがね、あたしに向かって手を伸ばして、『返せー、返せぇぇぇ』って言ってきて」


「いや、ゾンビが喋っちゃダメでしょ! もー、なんなの……ん、返せ? 返せって何? ゾンビから何か取ったの?」


「うん、最新のワイヤレスイヤホン」


「イヤホン!?」


「そうそう、『返せえぇぇ、孫がくれたんだあぁぁ。取ったのはあぁぁ、お前なんだろおぉぉ?』って言ってきてさ」


「おじいちゃんなの!? いや、すぐに返してあげなさいよ! そもそもなんで取ったの!?」


「ああ、心霊スポットでそのゾンビに注意されたときに、彼氏がキレてボコボコにしちゃったんだよね。それで、その戦利品ってわけ」


「彼氏怖すぎでしょ! てか、そのゾンビ、普通のおじいちゃんじゃん!」


「でも、そのゾンビ、トンネルの管理者でもない、ただ散歩していただけの人のくせに『勝手に入るな!』って注意してくるって怖くない? 関係ないくせに正義感振りかざしてさ」


「その考え方のほうが怖いよ……ずっとゾンビ呼ばわりしているのも怖い」


「いやいや、追いかけられたこっちのほうが怖いからね?」


「それはイヤホンの位置情報を追跡してきたんでしょ」


「それじゃ、あたしそろそろ帰るね。明日は大事な予定が入ってるから」


「自由ね。今日も突然来たし。まあ、いいけど、ちなみにその大事な予定って?」


「彼氏の通夜。彼の友達が来るんだけど、その中にカッコいい人がいるから、先に美容院に行かないとね」


「もう、いろいろと怖いというか、滅茶苦茶だね……」


 彼女は呆れながら友人を見送ると、ドアを閉めた。しかし、しばらく経つと……


 ――コン、コン。


 ノックの音がした。


 忘れ物かな? 彼女はそう思いながら立ち上がろうとした。

 その瞬間、声が聞こえた。


 ――返せ……返せえぇぇ……


 それは、しわがれた喉で精一杯振り絞ったような声。ただ、弱々しくはなく、憎悪に満ちた響きだった。

 そして、鍵が開く音がした。しかし、彼女は気づかなかった。まさかと思い、ベッドの下を覗き込んでいたのだ。

 そこには見覚えのないイヤホンが落ちていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ