組織に所属するとは、組織に縛られる事で、組織が暴力を望むのなら、我々はそれに抗う事はできない
キーザスは優秀なハンターだった。エース級とは言わないが、それでも将来を期待されているチームの一人ではあった。狩りが難しい空を飛ぶスピード型の魔物を好んで狙い、そして見事に仕留めてみせる。彼に言わせるとレース感覚で追いかけるのが堪らなく快感なのだそうだ。高速で空を飛ぶ魔法に磨きをかけ、特殊な装備でそれを補強する。それにより短時間ならばワイバーンに匹敵する速度を出せ、トップスピードに入る時間ならばワイバーンを超える。
魔物を発見したなら、普通は気付かれないように魔物に近付き、逃げられる前に仕留めるものだが、彼はそうしない。アクセルをマックスにして突撃し、爆炎魔法で銛を噴射させて仕留める。かなり珍しい狩りのスタイルだ。
が、ただし、それはキーザス唯一無二のスタイルという訳ではなかった。隣の街に住み、一匹狼でハンターをしているビリーもキーザスにかなり似通った狩りの方法を得意としている。そして、だからこそこの二人は狙う獲物が被る事が多い。つまりはライバル関係にあるという訳だ。ただし、多くの人が勘違いをしているが、だからと言って彼らは互いを嫌い合っているという訳ではなかった。むしろ狩りの勝負を楽しんでいたのだ。
そんなある日、悲劇が起こった。
キーザスとビリーはいつも通り、同じ獲物を狙い、狩りの勝負を楽しんでいた。彼らが狩ろうとしていたのは小型のレッドドラゴンで、少人数で狙うにしては大物だった。攻撃力は高いが動きはワイバーンに比べれば随分と遅い。キーザスにはビリーに先んじて獲物を仕留めようと多少勇み過ぎのきらいがあった。レッドドラゴンが一見は守勢に回っているように見えたのも大きかったかもしれない。彼は迂闊にレッドドラゴンに近寄り過ぎていた。その所為で突然身を翻して彼に襲い掛かって来たレッドドラゴンへ冷静に対応する事ができなかった。崩れた体勢で放った銛は外れ、彼の眼前にはレッドドラゴンの鋭い牙が迫っていた。
――ただし、彼にはまだ奥の手があった。近距離用に炸裂弾を装備していたのだ。それをぶつければ、カウンターで攻撃が入る。上手くすれば大ダメージを負わせられる。だがそれをビリーは知らなかった。キーザスはレッドドラゴンの至近距離にいたから、砲弾を使えば衝撃波を避けられないだろう事は分かっていたが、それでも致命傷にはならない。このまま何もしなければ、キーザスはレッドドラゴンにやられてしまうかもしれない。冷静に判断をしている時間は彼にはなかった。
だから、彼はキーザスを助ける為に、砲弾を放ってしまったのだった。そして、キーザスは衝撃に巻き込まれ、大怪我を追ってしまった。
キーザスはビリーが意図して彼を狙った訳ではない事は分かっていた。キーザスが炸裂弾を持っている事をビリーは知らなかったはずだし、彼がピンチに陥っているように見えていたのも明らかだったからだ。
だから、ビリーに対して何か文句を言うつもりはなかった。むしろ感謝をしたいとすら思っていたのだ。
が、同じハンターチームの他のメンバーはそうは思わなかった。
「――落とし前をつけなくちゃならない」
彼らはそうキーザスに言った。彼らにとってビリーはキーザスを傷つけ、獲物を横取りした極悪人だった。
「まさか、なめられっぱなしのままで済ますはずがないよな? キーザス」
キーザスはビリーを庇いたかったが、彼にチームのメンバーを説得できるはずもなかった。報復をするように圧力をかけ来ている中には実力者もいたし、もし庇ったりすれば「臆病者」と罵られるのは分かり切っていたからだ。
――臆病者。
そのレッテルだけは、どうしてもキーザスには我慢ができなかった。
キーザスが怪我から復帰した二回目の狩りだった。彼の目の前には、ビリーがいた。背を見せている。彼の近くにはワイバーンが二頭。囲まれていたが、彼ならばいなせるとキーザスには分かっていた。だがもちろん、それは問題ではなかった。
チャンスだ。
彼の懐には炸裂弾があった。握りしめる。ワイバーンに投げつければ、ビリーを巻き込んでワイバーンを倒せる。タイミングによっては二頭とも。
だが、そう思って近づいた時だった。彼はビリーがこちらを背中で察している事に気が付いた。
――まさか、罠か?
そう思ったが、既に遅かった。ワイバーンは彼を警戒し威嚇していたし、ビリーが振り返り、彼を狙って攻撃をしたならもう避けられはしないだろう。
くそう!
そう思いながら、彼は炸裂弾を掴んだ。このタイミングで、ビリーに攻撃をされたなら終わる。
祈るような気持ちで、彼は炸裂弾を投げつけた。
が、ビリーは何もしなかった。彼が迫っている事を知りながら、炸裂弾を避ける事すらもしなかった。
表面積が大きいワイバーンは、身体全体に炸裂弾の衝撃を受けて落ちていった。二頭とも仕留められたようだ。そして、ビリーもワイバーンと共に落ちていく。
キーザスの頭は混乱する。
何故、あいつは大人しく炸裂弾を受けたんだ? 反撃をしようとしないのはまだ分かる。だが、避けるくらいはできたはずだ。
その時、落ちていくビリーの表情が彼の目に入った。
笑っている。
それでキーザスは全てを察した。
――あいつ、わざと炸裂弾を受けたのか?
キーザスは何も考えず、急降下して彼を追った。危険な行為だったが、気にしてはいられなかった。地面に激突する前に、彼の身体を受け止める。急ブレーキをかけ、なんとか無事に着地できた。彼の息がまだある事を確かめるとキーザスは言った。
「何してるんだ、お前? どうして、わざと炸裂弾をもらった?」
瀕死状態だったが、それでも嬉しそうに笑うと彼は返した。
「俺……、一匹狼で、仲間は…… いないからな」
……お前くらいしか。
そう彼は言いたそうに思えた。
キーザスは激しく動揺する。
「あれは事故だったんだろう? お前には俺を狙うつもりなんかなかったはずだ!」
弱弱しく彼は応える。
「……それで、も、罪、ほろぼ、し、くらい、させ、くれ」
その姿を見て、キーザスは涙をこぼしていた。そして心の中で叫んだ。
――なにが臆病者は嫌だ、だ!
俺は、俺はどうしようもないくらいの臆病者じゃないか!