007 人助けは隠して行えと言われているのに…
今回は異世界との接触による混乱が一応の鎮静化に向かうパートにようやく入ります。
その一方で、主人公のファンタジー要素の無い現実に帰れたという期待が更に裏切られていきます。
謙虚は時として誤解を招く時が有りますよね…。
○2023年4月7日昼 日本国 鹿児島県南部 海士臣島 海士臣市 臣島高等学校○
「…何だか外が騒がしいねぇ?」
「何か外で怪獣みたいなのが現れたらしいよ」
市内各所でミカエルが戻ってくる前にいた異世界から来訪した怪物などに市内各所を襲われている最中、市の中心部からやや離れて背後に山があるその学校は、外で何かが起きていると感じ取りつつもまだ混乱状態には無かった。
「…………」
そんな中、一人の男性が宿直室で仮眠を取っていた。
やや肥満していて丸みのある体型をしており、年齢は60代前半と思わしく、頭は頭頂部で肌が見えていて一本だけ毛が茶柱のように残っていて、鼻の下の小さな髭で温和な雰囲気を構成している男性だ。
「…平雅校長先生ー、昨日までの泊まり込みでの過労を癒すための寝ている所で申し訳ありませんが…ちょっとお話が…」
そこで宿直室の扉越しにノック付きで呼ばれたその男性の名は平雅佳史。
本日にて入学式を迎えたこの学校の校長である。
「…う…ううぅむぅぅぅ…ひ、光の剣…でぇ…打ち払ってくれるうぅぅぅぅ…」
「……校長先生~、また●Qネタですかぁ? 若い子達と話をする上で確かにそう言った系のネタが豊富だと役立つのは校長先生が証明してくださってますけど―――」
「ゴガアアアァアアアアアア!!」
教員の一人が平雅の寝言に呆れつつも起こそうとしたその時、彼らがいる界全体を揺るがすほどの揺れを伴った咆哮が鼓膜に叩き込まれてきた。
「―――おってのわぁああ!? な、何…だアアアァアア!?」
教員が廊下の窓に駆け寄ると、そこには学校の正門を破壊しながら周囲の生徒や保護者達を恐れさせて逃げ惑わせる、大型トラック程のサイズはありそうな猫かと思わしき怪物の姿があった。
「キャアアアアア! 助けて!」
「逃げろおおお!」
「生徒や保護者達は建物の中に!」
幸いにも怪物による死傷者は出ていないが、周囲の人々は恐慌を隠せない様子で右往左往しており、それに興奮を更に催された怪物がいつ襲い掛かってもおかしくない状況だ。
「ま、まずい! 何とか少しでも多く逃がさないと!?」
「ふが!? どういうことじゃ!! どうして猛獣型悪霊の気配をこの世界でここまで感じ取れたのじゃ!!」
「…は!? 校長何を…おってうわーーーー!?」
その光景に教員はどうすればいいのかわからず今にも失禁しそうな心地になるが、急に背後から何か知ってそうなその校長の叫びを耳にした次の瞬間、振り返った彼の視界は痛みを覚えるまでに眩い閃光に埋め尽くされた。
「さ、沙紀姉ちゃん! 何が起こってるの!?」
一方、正門と同じく破壊された民家の影より、本年度にこの高校へ入学する予定だった一人の眼鏡をかけた気弱そうな感じの男子高校生がその怪物を盗み見ていた。
「あ、あんなの…私に聞かれてもわかんないわよ哲…どうして…ミッケがあんな虎の怪獣みたいになったかなんて…!?」
そして、その男子高校生の姉である沙紀もまた同じ瓦礫と化した民家である自宅から恐れと罪悪感を隠せない表情で、そのミケと呼んだ怪物を見ていた。
今現在、学校を荒らしまわっている怪物の正体は、何とこの兄弟の自宅である菓子屋で飼われていた三毛猫の看板猫であるミッケなのだ。
(…何かループ橋あたりから大きな天まで伸びてる柱のような何かが現れて、そこから漂ってきて黒い雲みたいなのの一部が降りて来たけど…それを浴びたミッケが具合悪そうに倒れてベッドに寝かせたら…目を離した隙にあんなになるなんて…な、何が起きて…!?)
「キャアアアアアアア!?」
「っ!? あ、あれは美嘉!」
沙紀が今朝から起きている怪現象と飼い猫の豹変に頭を悩ませていると、彼女の中学時代からの親友である美嘉が足を挫けて倒れ、そこへミッケがゆったりとだが大きくも鋭く長大な詰めを生やした前足の一本を振り下ろそうとしてきた。
「み、美嘉先輩!」
その光景にいてもたってもいられなくなった哲が遂に瓦礫の影から駆け出し、美嘉を危険から逃そうと彼女目掛けて駆け出した。
「ちょ!? 何を考えてんのよあの馬鹿!!」
それに沙紀は驚きつつも弟を止めるべく遅ればせながら駆け出した。
「ゴァアアアアアア!!」
だが、人間の足で間に合うはずもなく、スローモーションのように見えるがそれ以上に身が遅くなった姉弟の前で、ミッケの爪が美嘉を背中から切り裂くべく触れようとした。
「駄目! 間に合わば!?」
それに沙紀が顔面蒼白とするも、次の瞬間の視界を埋めたのは赤い鮮血ではなく、哲の尻だった。
「ばっふ!? ちょ! いきなり飛び出して何を止まってんの…よ!?」
尻餅を付けさせられた沙紀は涙目になりつつも怒るが、それはやがて戸惑いに代わった。
「「「「「………………」」」」」
周囲がまるで動画作品で停止状態になった画面のように、生物や物を問わず停止してしまっていたからだ。
美嘉の背に振り下ろされようとしたミッケの爪はその背に触れる寸前で止まっており、その流れで吹き飛ばされた瓦礫は砂煙諸とも空中で停止していた。
「…な、何が起きて―――!?」
「ふうう…“運動操作”の結界を張るのは久々じゃが…どうにか間に合ったようじゃの…」
「―――え!?」
薄れてゆく現実感に伴って意識が消えようとした先を現実に押しとどめたのは、その前にシュタッと降り立った一人の男だった。
青を基調とする精悍な西洋風鎧に身を包み、同じ色を基調とする盾を左手に構えて角が生えた兜をかぶり、黄金色の羽をイメージしたような装飾が付いた長剣を携えた男だった。
「…あの宝くじと同じ名前のヒーロー…に似たコスプレをしたおっさん?」
沙紀が呆然とした声を上げたその男は、中年太りした身にはきつそうなその鎧を着ている平雅だった。
「……猛獣の悪霊よ。お主がどんな経緯でこちら側の世界へやってきたかは知らん…だが!! この世界のこの学校で教師をやらせてもらっている以上は好きにはさせん!!」
幸いにも沙紀の声が小さかったので聞こえなかったのか、平雅はどこかの菓子パンの頭を持つヒーローのような温和な顔を鋭い戦士のそれに変え、剣を音が置き去りにされる速度で振るった
「滅魔光閃!!」
すると、中二病丸出しな叫びを添えて剣から眩い光を伴った衝撃波が放たれ、それはミッケを飲み込んでその姿を瞬く間に消しさった。
「……ぎにゃあ!?」
十秒後、その閃光と轟音が消えると、怪物ミッケのいた空間から、普通猫サイズに戻った姉弟のよく知る飼い猫ミッケが尻から落ちて悲鳴を上げた。
「…良かった。どうにか死人が出る前に終わらせられ…ぐはぁ!? こ、腰がぁぁ!!」
平雅は安堵してほっと一息を吐くが、直後に腰の後ろからグキッとした鈍く嫌な音が鳴り、涙目でぶっ倒れた。
「あう!?」
それが関係してか周囲の停止した動画の画面のような現象は終わり、周囲は瞬く間に動きと悲鳴が戻り、哲も再び駆け出そうとしたところで瓦礫に足を取られて前のめりに倒れた。
「…な、何が起きたの…?」
「!? いかん! 久々なのもあるが…こっちの世界にここまで魔道の結界に対する免疫が強い子がいたか…」
現実離れした光景に沙紀が訳も分からず呆けていると、平雅は彼女の存在に気付いて、その表情と声から自身の行動を見られていたことを悟って険しい表情に戻った。
「校長先生ーー!!」
そんな時に、平雅を宿直室の扉の向こう側から起こしに来た教員が駆けつけてきた。
「!? 君も無事だったか―――!」
「この状況で何をそんなふざけた格好をしているのですか校長先生!!」
「―――あ…? な、何を言って…は!?」
傷の見当たらない教員の様子に平雅は安堵の表情を見せるが、教員からは非難の声を浴びせられ、始めは戸惑うものの直ぐに理由を悟って顔を引き攣らせた。
「…う、うーん…痛いよー…」
「さ、さっきの化物はいなくなったわ!」
「そっちの子を早く保健室へ!」
停止していた状態から元に戻ると、人々はミッケが知らぬ内に怪物が消えたとみなして救助活動へ取り組みだしていた。
その中で、古いRPGに出てきそうな勇者の格好をした平雅は悪目立ちしていた。
「ちょっと何よあの人!?」
「この状況で何をコスプレしてるわけ!?」
「見るからにD●にでも出てきそうな格好してるわねぇ」
「ファ●コンをやり過ぎてたんじゃないの?」
周囲のほとんどは先ほどまで張られていた結界の影響で事の経緯を知らないため、どう見てもこの状況で悪ふざけしているおっさんにしか見えない事を示す言葉を次々と吐いており、それに平雅は顔を青くして何とか弁明しようとする。
「ま、待ってください皆さん! これには深いわけが―――!?」
だが、平雅の弁明がなされようとしたその途中で、空で再び眩く巨大な閃光が生じて人々の意識を集め出した。
「キャアアアァ!? な、何あれ…!?」
「―――あ、あれは…まさか!?」
沙紀が再び悲鳴を上げる中、平雅は驚きと懐かしさの混ざった表情で空を見上げた。
光が収まると、そこには鏡のように輝く翡翠色を基調として、樹木や植物を思わせる細やかな意匠をした鳥を思わせる巨大な船が浮遊していて、その周囲を似たような中小サイズの多くの船が水面から浮上するようにして空から浮かび上がり出し、巨大な艦隊を構成していく。
『このたび発見されたこの辺境惑星で海賊行為を行っている皆様にご通告します。直ちに投降しなさい。抵抗すれば最低でも結界捕縛し、最悪撃沈となります』
そして、その船団か冬が開けた原生林を流れる雪解け水の清流を思わせる女性の声で、海士臣島一帯に放送がなされた。
「……この声は…大人になってはいるが…儂が前の世界で…ともにパーティーを組んでいた…エルフの神官騎士リベラシア…何故…君がここに……!?」
その放送を発している音声に、平雅はまるで帰れなくなった故郷からの旧友と異郷で再会を果たしたような感涙が人目を憚らず流れ出していた。
「…あれ、何か…君が神刀やっていた頃の相方に何人かいた…“神定の英雄”みたいな感じを…本来なら僕が通うはずだったここの校長先生が発してるんだけど…??」
「いや…そんなの聞かれても…私も全ての神定された方々を知っているわけではないので…」
ちなみに、周囲の空で新たに現れた艦隊に気を取られて平雅のそんな表情どころではなくなっている人々の中に、微妙に引き攣った表情を浮かべているミカエルと何か気まずそうな表情を浮かべている光代がいたが、その姿は誰かが前を通り過ぎると元からいなかったようにその場から消えた。
終息パートに入ると書きましたけど、まだ入り口をようやく潜れたくらいになりました。




