005 何でも他所から取ればいいってわけじゃないのに…
今回は、主人公の解説付きで、彼らがいた異世界の歴史の始まりの一部が語られます。
○2023年4月7日正午 日本国 鹿児島県南部 海士臣島 海士臣市 ループ橋付近集落 幻田宅○
「…うーーーん、今やどのチャンネルも今回の件のニュースでいっぱいになってんなー」
現実に追い付けなくなった美優紀に帰られて、ミカエルの口からとんでもない情報を聞かされてから数十分後、宗一は自宅の居間でテレビを見ていたが、どの放送局も今現在のこの島の状況を伝えるのに全力だった。
「SHKによればこの状況に他の国も目ざとく反応してるらしいからねぇ。向こう側ももう今までみたいに隠せないのを気付いてどうやってこっち側と交渉に入ろうかって頭を捻らせているだろうなぁ…」
その居間には壊れた自宅から批難させてもらっているミカエルもまたおり、彼もまた非常に頭を悩ませた顔をしていた。
「聞くけどさあ、お前って向こうではどんな立ち位置なの? 何だかすっげぇお偉いさんみたいな感じだったらしいけど…」
「…アーー、いやー…まーさーお偉いさんってのはほとんど後付け設定みたいなもんだというか…その辺のことは…何度も生まれ変わってるから…記憶も全体の半分くらいしか憶えてないんだよねぇ。更に向こうの弟子の弟子の弟子のまた遠い弟子たちの研究だと…人格も当時の肉体のそれが基本ベースになる方式みたいらしいし…。昔馴染みの人達には何だかんだ根は似てるみたいな感じらしいけど…今一つ実感がわかないというか…。まー、一応は始まり辺りから簡単な説明をした方が良いかなーーー…とりあえずーあれはーー…あったあった」
宗一の問いにミカエルは大分苦慮している表情を暫くするが、やがて意を決した表情になると左手首に付けている機械式腕時計を動かすが、それからハイディナ達のいる戦闘指揮所と同じ空中投影式映像が映し出された。
「…まずはーー、こっちとは近代までは同じ歴史が続いたけれどーそれ以降は違う歴史を辿った地球から始まるんだ…」
「うお! すげえ…産業革命期を扱った映画をカラーにしたような映像が…あ、このめっちゃ黒煙出してる工場と、大量の馬車にそこからはめっちゃ出されてる馬糞…リアルに近代のヨーロッパっぽいな…?」
その映像にはまだ音声が入ってない時期の映画をカラー化したようなものだが、途中でイギリスの誇る時計塔ビッグベンの真上に強烈な閃光が生じ、それが収まると空中に巨大な地割れのような罅が広範囲に現れて、そこから飛行船に似つつも複雑な意匠が付いた飛行機械が飛び出て、テムズ川に不時着する光景が見えた。
「…この船にはこれまた違う魔法とかが発達した世界から魔法実験の失敗で空間の壁を一時的に越えてきたエルフたちが乗っていてさ。この中にはハイディナの遠い先祖の親戚も乗っていたんだよ。当然、こうなれば当時のこの世界に闇に葬るなんて出来ないから公な大ごととなって、墜落地でもある当時のイギリス政府が直々に動いて来てエルフ達を保護…今の状況から見れば捕縛して隔離状態において調べる事にしたんだよねー」
「…まー、19世紀が同じ人間が他の人間を見た目の特徴だけで、今から見るとありえねーことしてる時代なのを考えると即座にやられないだけましかぁ…」
宗一も小学校時代から夢の影響でミカエルと共に文芸部に所属し、その勉強のためにダニエルの書斎に入ってそこにある執筆用の資料に混じっている歴史書なども読み漁っていたので、映像の内容から推測できるその時代の状況から納得を見せた。
「…それでー、その世界でも魔法は使えるのが分かってー、漂流してきたエルフ達は自分達の生存のために魔道技術とかを当時の不時着したイギリスの政府に売り込んだの。それでーイギリスはこっちの世界の大英帝国を凌ぐ超英帝国に文字通りなっちゃってさー…」
その映像を流しながらミカエルは向こう側の歴史の解説もしていくが、その中にはネーミングセンスの微妙さを感じさせるものも混じっていた。
「あー、ブリティッシュ・エンパイアがスーパー・ブリティッシュ・エンパイアみたいになったってか。ネーミングセンスねーなー」
「いや、仕方ないじゃん。実際にそういうネームになったみたいなんだから」
「え…いやいやいや、それはないだろ」
「嘘だって思うならこれを見ろ」
それに苦笑した宗一だが、ミカエルの思わぬ補足にまさかという表情に変わるものの、ミカエルが指を向けて画面に浮かんだボタンのような点を押すと、当時の偉い人の即位式らしき場面に切り替わる。
『…今ここで私はスーパー・ブリティッシュ・エンパイア皇帝に即位したことを…』
「って本当にそのまんまかよ!?」
即位式で壇上に上がった国家元首らしき人物と、それを見るべく人々が集っている広場の各所で掲げられている看板に掛かれた国名を見て、宗一の突っ込みが居間を震わせた。
「まーうん、でもま~これでもまだ序の口だと思うよネーミングの方は…他にもー…」
「いや、今はどうしてそこからこんな事態になってんのかって説明をまずしてくれ」
「…アーー、話を早く進めるために細かい点を省くけど…特に、この持ち込まれた技術で生まれたメタンガスを巡って…」
「…巡って?」
そうして進む映像には、馬車から吐き出される大量の馬糞にそれが運び込まれる発電所と、それを巡って民間の回収業者がバケツやスコップを手に争う姿があった。
「しまいには欧州辺りの国が争った大畜糞戦争とか…」
「嘘つけ!」
「…嘘だと思うならこれ見ろよ」
しまいには、そうした大規模化したメタンガス発電所に第一次世界大戦時の兵士の服装をした各国の兵士達が、バリケードや塹壕を築いて争うというシュールな光景まで、宗一の突っ込みやミカエルの反論も交えて映し出される。
「何処かの半島の北辺りを悪い意味でスケールアップしたような気になるネーミングセンスや映像の事柄は後の時間が出来た時にでも聞くから、今に至るまでの大まかな歴史を説明してくれ」
「そうだね、これだけでも色々な小ネタで話しが長くなるし…今回はこれとかは端折るよ」
宗一の催促に押されてミカエルが空中画面を操作すると、向こう側の地図と言うか宇宙空間での各国が保有する星系とそれを繋ぐ星間路の図が浮かぶが、それはどういうわけか現実での地球における大陸や各島嶼の配置図と似ていた。
「何だか、今の姿のお前が来たっていう世界…宇宙なのに…人が多く住んでる星とかがたくさん集まっている所の形って…何か俺達の地球と似てるっつーか」
「似ているというか似せて再編成されたという方が近いね」
「……え!?」
その地図を見た宗一の問いにミカエルの口からとんでもない答えが出されるが、それに目を丸くする宗一の前で画面が再び変化する。
新たな映像には宇宙空間まで文明が達し、火星や金星など異なる惑星まで勢力図を及ぼした人類の姿が浮かぶが、人々の意識は帝国主義時代からさほど進歩していなかったらしく、むしろ規模が増した事で宇宙や海底に地底も巻き込んだ凄惨な大戦の光景が浮かんでいた。
「こんだけやり合って環境も自然も使い潰しながら勝つために魔道もどんどん進歩させていくんだけどさ…。この頃になるとエルフ達は政情変化とかもあって当時の主要国のあちこちに散在するようになりつつも秘かに連絡を取り合ってたんだ。それで色々調べた結果…もうこの時代の地球は限界だって結論に至ったんだ。それで見出した解決策がーーー…」
現在の環境汚染よりもひどい状況で満たされた地球とは別に、今度は大陸などの地形が異なるが豊かな自然が残された別の惑星が映し出される。
「…元々の自分達が居た世界と繋げて足りない資源を持ってこようって結論になったんだよ」
「…ものが無くなっちまうと考える事は人間もそれ以外もいきつく答えは一緒なんだな…」
その二つの星が繋がった世界を表す映像に、宗一は空しそうな表情を浮かべる。
「…だけどさーー、その時にいたエルフに…人間達が居た世界の面倒なことを元々居た世界に持ち込むことを危険視する人がいてさー。その意見に他のエルフの多くもやっぱりそうだなーって意見になって、計画を発表する前にやっぱり止めて自然環境とかを地道に回復させていこうって方向にシフトしたんだよ」
「それしかないよなー。でも、現実にはそうならなかったってことだろ」
「正解、スパイからその情報を入手した当時の人類の指導者たちが手っ取り早く資源を確保しようってことでエルフ達から勝手に計画を分捕って発動させちゃったんだ…」
映像には、こちらの世界で言うところの第二次世界大戦時の各国の指導者たちと思われる人物が描かれていて、各所で大量の機材が運び込まれたり、大きな施設の建造が進められていく光景が浮かぶ。
「…それでねー、当時の人類はエルフ達が危険性を訴えていた世界連結計画を発動させちゃったんだけどー、その結果として…」
「その結果として…!?」
当時の人の指導者達に忌避と憐憫が混じる表情を向けながら言葉を続けるミカエルに宗一が気を取られていると、その世界における地球の空が劫火のように赤黒い閃光に包まれる映像が映し出された。
それに地上で暮らしていた人々の多くが火に焼かれ、代わりに白くほのかに輝いて見える人型の何かが赤き空に吸われていく。
そして、空の赤色は薄れていき、やがてその奥から緑豊かな星が幾つも浮かんだ光景が浮かび、それはやがて地響きと友に地表近づいていき、やがて轟音と同時に閃光に包まれて映像は一旦終わりを迎えた。
「…当時の地球の人間達の半分以上を魔道的エネルギーと言う形での生贄にして、地球とそこに暮らしていた人類関連の情報を向こう側の魔法の世界に付け加えるという形で、世界は銀河系レベルで融合したんだ。そして…そうして生まれた向こう側の世界、和訳して…“神訂暦世界”の世界の黎明期で…復興のための起爆剤として生み出されたのが…記憶にある限り最初の人生の時の僕も含めた…“真祖の吸血鬼”達と言うわけ…」
そして、嘗ての文明の残滓と思わしき廃墟の一部が半分埋もれて見える緑豊かな世界で、背中から細かな意匠は違うが基本は蝙蝠を模したような大きな翼を生やした人々の一団がいた。
「………………」
その中に、今のミカエルと非常に似たものもいて、それを見る彼の人生の酸いも甘いも深く噛み締め続けたものが出せる達観と諦観が混ざった表情に、宗一はどのように言葉を出したらよいのかわからなくなった。
「まー真祖と言っても人間みたいにそれぞれ個性があるのはー、この通り当時はまだよくわからなかったからすっごいだるくなったり日焼けするだけで動ける人がいてー、そういう大丈夫な人たちが、当時の僕みたいな昼間に出ちゃうとあっという間に水分蒸発してスルメみたいになる人みたいに極端に弱い人を慌てて木陰にある池に投げ込んで水分回復させて復活させたりするこの場面で変わんないのを示してるけどねー」
だが、途中で映像が変わって言葉の続きの通りになった内容を見て、ミカエルはカラカラとした様子になってスルメを口にしだした。
「いや、途中から絵柄は可愛くなったけどそんな人の家のものを口にしながら話す内容じゃねーだろ」
そんなミカエルに宗一は微妙そうな表情で突っ込んだ。
「…それと息子よ、今その話した内容…聞いたことを向こう側の人に知られると…私達はどうなるんだ?」
いつの間にか居間の箪笥の裏に隠れて盗み聞きしていたダニエルが、恐る恐る強張った顔を見せて新たな問いを掛けた。
「…そりゃまー、イカから水分抜かれてスルメになったようにー…普通なら脳からその記憶を吸われて一月くらいはボケーっといろんな記憶が吹き飛んで治療が必要な脳内御花畑な人になるねえ。あ、温まってきた」
父の問いにもミカエルは平常運転な様子で、魔法で大気中から集めたのか球体上に集めて浮遊させた水を沸かして飲み物を入れ始めた。
「申し訳ありません。到底返しきれませが、とりあえず今回の侘びの品の第一弾を持ってきました―――」
「だから人の家のハーブティーを高度な手品みたいに魔法で勝手に沸かしながら口にする内容じゃねぇだろ!!」
「―――あって神皇様ーーー!!!??」
それに宗一の突っ込みもいつもの友人に対する調子で急須も添えてミカエルの顔面に投げつけられ、それを偶々入ってきたハイディナに見られて新たな一悶着が起きるものの、それはまた後程の話である。
色々と複雑怪奇な現象を起こして周囲を悩ませながら、何やら図太い反応を見せる主人公の一面が露わになりましたね。
今回は、この事態を受けての主人公たちがいた世界の反応と、それが現実側の世界に与える影響の続きの始まりが中心となる予定です。