003 帰れた世界は幻想要素無しだと思っていたのに…
今回は新たに登場する現実世界側のキャラが中心になります(現実的な意味で真面とは言っていない)。
作者の地元の方には、色々と心当たりのある名前が登場すると思います。
○2023年4月7日朝 日本国 鹿児島県南部 海士臣島 海士臣市 正心教会○
この世界でも、おおよそ二千年前に磔刑に処された救世主を崇める世界最大宗教があり、その中での最大宗派はイタリアの中心都市の一角に位置する“教皇”を頂点とした宗派である。
その影響力は極東の島国に属する海士臣島にも及んでおり、人口比に対する信者数は日本国で屈指である。
故に島の各所には大小多くの同宗派の教会が建てられていた。
「………………」
海士臣市で山地に属する地から幻想的な災難が広がり出した頃、そこから離れた市街地中心部に位置する同宗派の島における最大の教会で、一人の女性が祈りを捧げていた。
漆黒のシスター服に包まれた身は長躯で、明らかになっている面貌はアフリカ系で整った面貌の女性だ。
「あー! カルッサおはよー!」
「シスター! 今日もお祈りしてる姿が似合わないなー!」
「…アア!? 誰だい最後に余計なことを言った悪ガキはァ!?」
だが、その静かで様になっていたお祈りの姿は、開かれている扉から姿を見せた子供達のからかいで呆気なく崩壊し、その女性たるシスター・カルッサは勝気そうで且つ乱暴な言葉遣いを見せた。
彼女カルッサは、日本と太平洋を挟んだ先にある大国アメリカから英語教員も兼ねてきたシスターである。
英語教員を兼ねるだけあって日本語も堪能だが、如何せんそのシスターらしからぬ短気且つ勝気すぎる性格と男勝りな口調はこの教会で悩みの種となっていた。
「ちょっとカルッサさん、朝からそんな元気すぎると神様も驚くよ」
「真崎神父~だったら隣りの悪ガキ達の口も何とか治してくださいよー」
「そんな事は言わないでください。親御が幼い頃に亡くなったり、孤独になったりしたこの子達をここまで元気にしてくれたのもあなたの元気さにあるんですから…」
「こっちはそのおかげでほぼ休みがないんですけどねー」
そのカルッサを真面目そうな雰囲気の男性である真崎が注意するが、カルッサは別のことを考えていた。
(…イタリアにある本部の命令で、この辺りに特殊な電磁波が流れ出てて…5年前にネス湖で極秘に発見されて処理されたドラゴンの反応と酷似しながらもそれ以上のエネルギーが感じられたというけど…、今もその電磁波とそれから生じる霊力が続いてるけど…今日も特に何もなさそうだねぇ。このまま何も起きずに鎮静化すればいいんだけど…けれどーそうなって帰る事になったら鶏飯とかを本場の味で食べれなくなるのが寂しいけど…!?)
だが、そのカルッサの思念が現実らしからぬものにも触れようとした時、身に近づこうとした小さい邪念にそれは遮られた。
「…おい! 人が考え事してる間にマセガキのテンプレするんじゃない!」
「あいでででで!!??」
どうやら思考で止まっていたカルッサを隙ありとみて、近所の悪ガキの一人がその服の上からでも目立つ形良く大きなスカートの後ろの突出部分に触れようとしてきたようだが、カルッサはそれを呆気なく阻止して少年の手の甲を強めに抓んだ。
「…全く~、見た目はこの漫画に載ってる“オーガレディーズ”の主役であるオーガレッドに似てるのにさー! 性格は全然可愛くねー! 去年に俺がイノシシに襲われた時に助けてくれたオーガレッドは綺麗でかっこよかったのにー」
しかめっ面になった少年が突き出したその漫画の表面には、俗に言うグラマーボディな長躯を露出度が過激なビキニアーマーで固め、整った面貌をしているが歯は鋭くて鬼のような角を生やし、赤や緑と言った派手な肌の色をした美少女の戦士が描かれていた。
オーガレディーズは、ダニエルの大学時代の親友であるアメリカ人が日本の漫画界でアシスタントをしながら修行をしてアメリカに帰った後、生み出して日米どちらでもヒットさせた漫画で、鬼の血を引く美少女達が怪異と戦って人々を守ることが中心の作品だ。
だが、表紙が示す通りに成人向け作品と言うわけではないが過激な描写が多く、アメリカでは度々子供に読ませたくない漫画のランキングの上位五位内に度々載せられてしまっている。
「…っ…漫画の内容をいちいち気に済んじゃない! それと漫画の見過ぎで勉強をサボってばかりいるからそんな森の中でも馬鹿をやって死にそうになってそんな幻を見るんでしょ! つーかあんたの齢じゃその漫画は早いって前にも言ったでしょうが…!?」
だが、その漫画とそれを見せた少年にカルッサが一瞬だが何か複雑そうに思うところのある表情を浮かべつつも直ぐに消し、説教をしようとしたその時、彼女の身を悪寒が走り抜けた。
(…!? 何これ…!? 昨年にアメリカのテキサスで対峙した悪霊に近いけど…それとはけた違いに大きな霊力は…!?)
カルッサがその思念にとらわれた直後、彼女の衣服が大きく捲れ上がった。
「こら、田廣くん! カルッサお姉さんをそんなに困らせるんじゃない!」
「ち、違うよ神父さん! 確かに俺さっき隙ありとみて抱きついてどさくさに触ろうとしたけど、その前に入り口から大きな風が吹いて―――!?」
その現象で少年田廣がカルッサの衣服の中に喜びつつも自身の関与を否定した直後、教会の外から大きな揺れが伝わってきた。
「―――えってうわぁぁああ!?」
「キャアアアァ!? な、何!?」
「グオオオオオオオオオオオオオオオオ!!??」
その揺れに驚いた子供の一人が飛び出すと、そこにはループ橋に出現した巨大水銀柱より飛び出てきた巨大なドラゴンが降り立っていたのだ。
「キャアアアアア!?」
「か、怪獣が現れたぁ!?」
「何これ!? ゴ○ラの撮影!?」
「たしかにこの島の元ネタの島にある森がVSモ○ラの撮影に使われたりしたけど!?」
「うわぁ!? 俺の車がぁ!?」
当然、その大きさから町中に降り立つだけでも少なくない被害が出るのに、その巨体で歩いたり、長い尾や首が動くと周りの建物や車が次々と破壊されていき、人々は驚いて怯えて逃げ惑う。
「くそ! 状況がやべぇ…(けれど…あの力を使うにはここは人目が多すぎる!) どうすれば―――!?」
「キャアアアァアア!」
その光景に教会から飛び出てきたカルッサは歯ぎしりするが、その彼女の鼓膜を上空から教会に訪れていた子供の一人の悲鳴が震わせてきた。
「―――あ…!?」
カルッサが頭上を見上げると、そこには首を勢いよく振り回すドラゴンの角の一本の先端に衣服が引っ掛かって振り回されている少女の姿があった。
「あ、危ない!」
真崎も飛び出た所で遂に少女は竜の角から離れ、竜の首を回していた遠心力に釣られて少女は近くにあった商店の壁に叩き付けられようとした。
(…アア、私…これ…駄目だぁ…!?)
投げ飛ばされた少女は近づきつつある壁を前にスローモーションにかかったような感覚を覚えて死を感じ取るが、壁に触れる寸前に何かが豪速で飛び込んできた自身を強くも優しく抱きとめる感覚に身を包まれた。
「…え? あ…あれ…?」
「大丈夫か?」
「…え!?」
少女が自身の鼻先に触れる寸前まで近づいている壁の前で戸惑いを見せると、慣れ親しんだカルッサの優しい声が鼓膜を震わせてきた。
その時のカルッサの肌色は血が固まったような赤黒い色に変貌し四肢は物語に出てくる鬼のように逞しく大きくなり、片腕は少女を優しく抱きとめ乍ら、もう片方の腕は五本の指を商店の壁に減り込ませて二人の位置を固定していた。
「真崎神父ー! この子を頼む!」
「キャ!?」
「ええ!? シスター・カルッサ!?」
カルッサは駆けつけてきた真崎に助けた少女を投げて、無事にキャッチされたのを確認すると竜を再び見やって強い眼差しを向けた。
「…ふん!!」
「ゴガァ!?」
そして、カルッサが商店のコンクリの壁が円状に凹む勢いで蹴ると、その身は風邪を着る速度でドラゴンに近づき、眉間をその拳で殴りつけて地面にドラゴンの顎が叩きつけられた。
「……ぎゅうううゥウウウゥウうぅぅぅ……」
「「「「「………………」」」」」
そうしてドラゴンが目を回して地に沈むと、その傍らに降り立ったカルッサとその異形の姿に人々は沈黙を添えた視線を向けていた。
彼らの恐れが大半を占めている眼差しは、カルッサとドラゴン双方を一纏めに見ていた。
(…まあ、当然…だよな―――)
「カルッサ姉ちゃん! 大丈夫ー!?」
「―――あぁ!?」
それにカルッサが諦観に占められている沈んだ表情を浮かべたその直後、田廣が背後から抱きついてきた。
「…え…お前…どうして逃げてないんだよ! 危ないだろ!」
「何言ってんだよ! そっちのドラゴンは姉ちゃんがぶっ飛ばしたから大丈夫だろ!」
「…え…いや、まだ…気絶させただけで死んでは…」
「シスター! 怪我してないー!」
「すげー! オーガレディーズ見たいでかっこいいー!」
それを皮切りに助かった子供達が感謝とカルッサの無事を喜びながら彼女に集まっていき、戸惑いながらも彼女の表情に浮かんでいた諦観の色は負の色と共に薄らいでいく
「い、いや…今はそんな事を言ってる場合じゃ…あたし…今はこんな姿だから近づくと危ないだろ…」
「何を言うんだよ! 姉ちゃんは助けてくれたじゃん! 助けてくれた相手にはまず礼を言えって姉ちゃんが教えてくれただろ!」
「………あ…」
群がる子供達にカルッサは身の強張りが解けるのを覚えつつも彼らのみを案じて離れさせようとするが、田廣が大きく叫んだその言葉が彼女を止めさせた。
「………そうだよな。あんがとうヨ…!?」
それにカルッサは頬が緩んで穏やかな表情を浮かべかけるが、続けざまに自身の首の下に衣服越しだが嫌な意味で慣れ親しんだ感覚も生じて戸惑いが甦る。
「すげ~~~♪ 本当にオーガレッドみたいに大きくて…ゴムボールみたいに柔らかくて押し返す様につえええ~~~♪」
カルッサの思考が感動で止まっていた隙を狙ったのか、田廣が某海賊漫画で東洋龍に変身する力を得た侍の若君のようなませたクソガキのゲスイ笑みで、彼女の深い胸の谷間に衣服越しだが顔を埋めて来たのだ。
「! こういう時までませんじゃないよこの馬鹿!!」
「ぶべぇぇ!?」
その感覚でいつもの調子に戻ったカルッサの(さすがに加減されてはいる)ビンタが田廣を横っ面から叩き飛ばし、その小さな身は数メートル離れた公衆トイレの人口の滝が付いた池にボチャンと落ちた。
「「「「「………あ」」」」」
その水柱が収まった後、他の子供達と叩き飛ばしたカルッサは我に返って“やっちまった”と言う表情を浮かべた。
「こらーーー! 街中で痴女同然の格好で映画の撮影みたいな暴力行為を起こして破壊行為をしているという女は貴様かー!?」
「ポ!? ポリスメン!?」
続けて警察帽に嵌らない大きなアフロヘア―を生やしたこわもての警察官が現れ、その登場にカルッサは大きく引き攣った表情を浮かべた。
「小さな子供まで傷つけるとは何という凶悪犯だ! 現行犯逮捕だー!」
「「「「「えーーーーー!?」」」」」
「い、いや!? 最後は解釈次第ではだけど…他は違う…アーー!?」
警察官は他の子供達が驚く中で、何とか誤解を解こうとするカルッサの手に手錠を素早くかけた。
「…あ、あれーーー…人の少ない土地を経由しながら山地に導いて対応しようとしたのに…やけに人外的な感じで見覚えのある人がいる光景になってきたぞー…。現実世界に戻れたつもりだったのに…まだ“神訂暦世界”のままかなー?」
「…先生、残念ですがここは先生が前にいたこともあるという世界です…」
その様子を壊れた商店の物陰から嫌な意味で既視感を覚えた苦笑いを浮かべているミカエルと、彼に光代と呼ばれる刀と同じ声をした黒い長髪の大人びた美少女が盗み見ていた。
今回、主人公は表向き(?)はあんまり出番がありませんでした。
次回より、現実世界に戻れたと思っていた主人公の思いが、次々と裏切られていく場面が島の内外どちらも含めて描写される予定です。