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登校途中に繋がった異世界からやんごとなき方として戻ってきてしまった話  作者: kaioosima
第一章 パイが増えても中身がメリットだけとは限らない
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001 一昨年、世界遺産になったのに…

主人公の地元が描かれますけど、話は今回から早々に面倒くさいことになっていきます。

 ○2023年4月7日朝 日本国 鹿児島県南部 海士臣島(あまとみしま) 海士臣市○


「……ふう、今日が入学式か…」


 地球と呼ばれる惑星の日本と言う弧状列島の島の一つで、ある一人の少年がまだ重たそうな瞼を擦っていた。

 少年はこの地域では珍しい金髪碧眼と白い肌を持った白人系で、その人種の中でも妖精と呼ばれそうな美しさがあった。


「…ミカエル-! もうそろそろ朝食が出来上がるから早く来なさいー」

「今すぐ行くよー」


 寝室で目を擦っていた途中で、母親からよばれたその少年の名はミカエル・カールソン。

 この日本国にある亜熱帯性の島の一つで、具体的には鹿児島県本土と沖縄県の間にある離島である海士臣島(あまとみしま)に住む、今年から地元の県立高校に入学予定の少年である。

 ちなみに、海士臣島はこの星での最大の国際機関である国連の文化教育機関によって、保護されて残されるべき対象に指定される、世界自然遺産へ一昨年に登録された島の一つである。


「…おー、やっと起きたかミカエルー、今日は中学時代から同じ文芸部に入っていた皆と揃って高校の入学式に行く予定だろー」


 その島に住まう少年の両親が自身の寝室を出て居間に出ると、そこには茶を飲んでいる父ダニエルと、彼の妻であるマリアが朝食を机上に並べている姿があった。


「お父さん今日も機嫌が良さそうだねー。今回のラノベの売れ行きも順調そうだねー」

「ああ、お前が色々と面白い事を考えてくれるからなー」


 ミカエルと楽しく言葉を交わすダニエルの仕事は、昨今で言う異世界もの系ラノベを書いているラノベ作家だった。

 ちなみに、ダニエルとマリアはその名が示す通り出身は北欧だが、幼少期に見た日本のアニメに凄く嵌って、それに携わる仕事がしたいという一心で日本語を勉強し、日本にまで移住したという経歴の持ち主である。

 そのダニエルだが、現在の彼が書いているラノベシリーズは、今やここ日本で漫画やアニメ、ゲームになるまでのヒット作品になっていた。


「…それと言えば、お父さん…昨晩に見た夢なんだけど…」


 ちなみに、そのラノベ作品が売れ出したのはミカエルが物心つき始めた幼少期より見てきた、夢の内容を元ネタとして取り入れ始めたからであった。


「む? どんな感じだ? この前に聞いた内容は…スプラッター且つ生々しい描写が多かったからなぁ…。一昨年にはこの島も世界自然遺産になったから…市役所の人達にもここの宣伝に協力を求められているから…」

「あーうん、今回はーあんまり血を見る内容じゃないけど…その分に人間の…まー他の種族込みでドロドロした部分が多いというか…」


 但し、その内容はあまりにも詳細的且つ具体的すぎて、自身の作品に取り入れているダニエルもエゲツナイ内容の時には時々引いてしまうことが度々あった。


「…あー二人とも、今日は入学式があるのと久々に本土へ渡らなくちゃいけない用事があるんだからあまり時間をかけないでねー」

「「あ、はーい」」


 だが、今回はマリアの横やりで二人が現実に戻った事で落ち込むことはなかった。


「…ふーーー、久々に父さんも本土の出版社に行くなー。内容は携帯電話で伝えればいいかー」


 実家でのやり取りから十数分後、ミカエルは今年から入る高校の入学式に出るために家を出た。


「…あの二人はーーー…っと、まだ来てないな…。あの二人が来るまでの間…少しそこのベンチで座って待つか…」


 その途中でミカエルは中学からの親友たちを待つため、適当なベンチに座って目を瞑るが、心地よかったのか睡魔に誘われて意識が現実より離れていく。


(……ここは…? 父さんの作品の元にもなっている夢での世界観からして…どのあたりの星での話だろう…?)


 そして、視界が闇から晴れたミカエルが目にしたのは、地球とは明らかに異なる異星での風景であった。

 周囲は漆黒の黒曜石で構成された山岳地帯で構成され、それらはつい最近に大きすぎる力で強引に掘られたような谷が無数に走り抜けていて、無数の星が輝く夜空は所々でノイズが掛かったような歪みが生じ、そこから時折り人の形をした霞のような何かが行き来していた。

 その中でミカエルは自身の金髪が赤い髪に変わっていたり、背丈が低くなってより妖精のような雰囲気を強めていて、その身に纏う黒基調の東洋的の呪術師や古代中国の皇帝に中南米系の神話の神々を合わせたような衣装を纏って威厳を出してはいるが、水晶の地面に写しだされているその表情はあまりにも長すぎる年月による翳が染みついた老人の如きやつれたものとなっていた。


(…何と言うか、夢の中なのに…夢の僕って色々現実ではありえねー設定なのに…この戦いの後のめっさしんどい感じって妙にリアリティーがあるというか…まるでーー、“作家になろうよ”の転生系作品に出てくる…ボス系キャラに転生したような状況なのに…色々現実臭い話が多いんだよなー…)


 夢の中でのミカエルは記憶の租借による細かい違いこそあるが、どの夢でも大まかな基本設定や共通点があった。

 ミカエルが見る夢の世界は、異世界から伝わってきた魔法技術によって文明が高度に発達し過ぎた事で一度はイフの歴史を辿った地球ごと滅びたが、その影響は銀河中に散らばり、複数ある異世界の銀河を巻き込んでしまって生まれた新たな世界が舞台という壮大を通り越して大雑把な世界観であった。

 その中で、ミカエルは時代や星に見た目など細かい違いはあるが、最盛期には銀河系全域を支配する国家を築き上げた“ヴァンパイア”と言う亜人種の皇帝であった。

 この夢の世界でヴァンパイアは、地球起源人類も含めた数百は越す知生種族を支配下に置く“帝国”と呼ばれる超大国の貴族として君臨していた。

 吸血で力を増したり回復させたり、並みの人間をはるかに凌駕する知力や生命力と魔力、それらに裏打ちされて他種族から見れば絶望的な戦闘力を誇るヴァンパイアという種族で、最強の一角と歌われる存在が、ミカエルの夢の中における自身の一貫した立ち位置であった。


(…この様子は他の同胞に迷惑が掛からないように…またどこか辺境の惑星で、おびき寄せた“神定の英雄”を上手く始末した跡のかな―――)

「今度こそ最後だぁ! 魔皇(まおう)ーーーーーーーー!!」


 ミカエルがその戦闘の痕が無数に広がる荒涼とした黒き大地を適当に散策していると、背後にある大きな山ほどのサイズはある黒曜石を穿ちぬいて、一本の清廉な光を放っているが彼方此方に罅が入って砕け散りそうな日本刀のような刀が、夢の中でのミカエルの呼び名の一つを叫びながら彼の背目掛けて襲い掛かってきた。


「(―――あ…やばい…このパターンは…)ッ…もう少しだがまだ生きていたか…ッ……」


 ミカエルがそれに気付くのが遅れて振り返った瞬間には、その刀の剣先でわずかだが彼の頬に一閃の傷が入れられ、一瞬だが血が生じるがそれは淡い白色の砂と化し、やがて徐々にだが傷口も白砂に変わるようにして広がっていく。


「……やった、やったよ…仇は…とれたよ…皆…」


 その傷にミカエルの意識が裂かれている間に、彼に傷をつけた刀の使い手である明瞭な少年のような容貌をした少女は、その全身の大半を覆っていた白砂の塊と化していた体が急速に崩壊していき、最後に本懐を遂げたように涙混じりの笑みを浮かべた顔が地面に砕け散り、全てが白砂と化して風に流されるように消え去った。


「…我が主…巻き込んで家族を奪ったような私の担い手になってくれて…申し訳ありませんでした…ですが、ようやく…我が本懐は遂げられました…ありがとう…これで、全ての人々は…自由に…平和に…」


 残されたのはその少女の手に握られていた一本の刀だった残骸だけで、そこからは酷く消耗してはいるが澄んだ女性の声が響いてきた。

 それにミカエルは退屈と一抹の憐憫を多分に交えた表情で近づいてきた。


「…“夜の暴王”よ…あなたはもう終わりです…その…私達がこの姿になると同時に得た“神代の毒”はあなた達の体内に入れば…何年かかろうとも…あなたでも…死に誘います…その終わりが来るまで…自らが犯してきた罪の重さを噛み締めなさ…」

「…あーー喜んでいるところ悪いけどさ。君が考えている基準での平和や自由なんてのは人類には永遠に多分来ないよ。もう政治体制からして僕はもう隠居人で今では二代目皇帝の子と試験や民選で選ばれた子達が政治の実権を握っているから、初代皇帝死亡なんて大ニュースにはなっても一月になれば別の話題に取られるし。何より君を君の願いからそんな風に作り変えた神様と、僕たちヴァンパイアと協定結んで存在を認め合った神様は同一の存在なんだから」

「…い…え…?」


 刀はその姿に苦しさを増しつつも本懐を告げた人間特有の喜色を声に滲ませていたが、変わらない様子のミカエルが言い放った内容に妙な寒気を感じ取った。


「あーちょっと困りますよーそれ以上のネタバレはーー!? まー今回も弱っている間に回収して記憶含めて色々作り直しますから別にしゃべられても問題ありませんけど色々手間がかかりますからー!」


 そこで砂漠の遊牧民を母六したような恰好をした少女が何処からともなく現れ、刀の破片をテキパキと集めて袋の中にしまい直した。


「…あなたは…アー…シャ…!? どういう…意味で…!?」


 どうやら刀は知り合いらしいその少女アーシャに問いを放つが、それは彼女に入れられた袋の栓を堅く閉められたことで止められてしまう。


「…あーもう、あなた達がバカスカと魔法を撃ちまくったおかげでこの星自体が次元や空間が不安定になっちゃって、部分的ですが異世界と繋がったり、そこと魂やら人の漂流が激しくなって来たりしたのでー。危ないからもう今回は帰りますねー! それでは魔皇さんさようならー!」

「ああ、いいよー。とは言っても時間軸的には今回が初だろうけどーー…他の時みたいに…この体が死を迎えても魂は別の同族の肉体で転生し直すだろうから~…。まー、その時には今回ので空いた異世界との穴や支流などで…まーた色々と面倒なのやそれの初代みたいなのが流れてくるだろうけど…まーー、その間には選挙で選んだ二代目ヴァンパイア皇帝のあの子が…上手く処理してくれるだろうしー。つーか“魔殺しの武器”なんてチートもいいところでしょ…まーー、ヴァンパイアがチート批判するのもあれだけど…」

「し、神皇様ーーー!? いったい何がーーー…!?」


 それからサーシャの身が光に包まれてその場から姿を消すと、ミカエルはこの夢の世界での自身の呼び名の一つで遠くから呼ばれて、誰かが大勢駆けつけてくる気配を感じながらも、バタンと倒れて意識が再び遠のきだしていった。


「…おー! ミカエルー! 今日も面白い話を聞かせてくれよー! 俺もー子供の頃に向こうへ行ってた頃の話をするからさー!」


 そうしてミカエルの意識が再び陥った闇を晴らしたのは、彼の幼少期からの悪友でファンタジー作品や手品が好きな同性の悪友、幻田(げんだ)宗一(そういち)と合流した。

 ミカエルは現つの世界のベンチに座ってそのまま眠り、夢の世界へ落ちていた所で彼の手で顔をピシッと叩かれて戻ってきのであった。


「…まーた子供の頃に車にはねられて一週間くらい寝込んでた間の夢の話ー? 宗一も飽きないなー。まー夢の中では何年かいたらしいから話すネタには事欠かないらだろうけどさー…」


 ミカエルが親しそうにしつつもやや鬱陶しさを見せる宗一にはある特徴があった。

 それは小学校の頃に観光客が借りていたレンタカーにはねられて、一週間ほどの昏睡状態にあったのだが、その間に彼は地球とよく似たファンタジー世界に漂流していたというのだ。

 目が覚めた後に宗一はその事を詳しく周囲に話したが、子供の戯言として周囲からは真面に扱っては貰えなかった。

 自分がどれだけ詳しく述べても相手にされない日々で落ち込んでいた宗一の前に現れ、話があった相手がミカエルだった。

 不思議と宗一の話す内容に、ミカエルは自身が度々夢の中で見る内容との共通点があったことから彼に親近感を覚え、互いの夢の話から始まって今では悪友の間柄となった。

 中学時代も同じ文芸部に属していた二人は、ダニエルの執筆活動にもネタの提供という形で協力するようになっていた。


「それよりもさー! お前の親父さんが連載中の“小学生夏休みの間の異世界勇者日記”の第二章の漫画化は何時だよ!? あれって俺が主役みたいなもんだからさー!!」

「またそんな朝っぱらから大声を出して…少しは近所迷惑を考えなさいっての」


 その所縁での通学途中での会話が宗一によって盛り上がろうとした時、割り込んできた存在が一人いた。

 やや退色して栗色に見える長髪をポニーテールにし、この島国の女子高生にしては高い170センチ台の長躯をスポーティーに引き締まらせたスタイルにし、活発さを印象付けさせる整った面貌をしつつも、気の強そうな印象を与える女子だった。


「あ、羽地田さんおはよう」


 ミカエルが挨拶をしたその女子の名は羽地田(うちだ)美優紀(みゆき)

 彼とは幼少期からの幼馴染みの間柄で、現在は小学校時代より始めたバスケ部を中学時代でも続け、高校でも期待されている女子高生だ。

 ちなみに、ミカエルと宗一の話はよくある中二病的な話として適当に聞いているだけの身である。


「相変わらず夢のねえ奴だなぁ、小学校時代にバスケの県大会で本土の鹿児島まで行った点取り女の名が泣くぜ」

「うっさい宗一、あんたみたいに高校にも入ろうって齢になって、現実と妄想の区別もつかないようなのとは違うわよ」

「え、でもさー…描いている漫画のネタに困ったとき、僕がネタを提供している父さんに良く相談をしに来ててー…痛い!?」


 但し、美優紀はその一方で漫画家を夢見ているという秘密があり、それを知るミカエルは揶揄おうとするも、脛を勢いよく蹴られて涙目にされて黙らされてしまう。


「う、うっさい! さあ! さっさと入学式に行きましょう!」


 自身の恥部に触れられた美優紀は肩を怒らせながら男子二人に背を向けると、二人を先導するかのように通学路をガシガシと進みだした。


「…しかし、何度見ても…子供の頃に建てられたこのループ橋…夢の中で出ていた“円門(サークル)”に似ているなぁ…。こっちでは見晴らしのいい海辺沿いに立っているのとは違って、利用者の選定をし易い閉鎖された場所だったけど…」


 そうして三人で通学路を進んで行く突中、ミカエルは自宅がある山の中腹から市街へ降りる途中に存在するその未知であるループ橋に、何度目になるかわからない懐かしさを覚えていた。

 ミカエル達がよく行き来するループ橋は、通常なら山の斜面に沿ってジグザグに曲がりながら進んで行くところを、大きな柱に支えられた回転状に登っていく橋を中心に構成された道路である。


「あんたまたその話? そんなのまだ赤ん坊の頃にここをよく見てたから物心ついてから前世の記憶だ―みたいな感じになってるだけよ」

「いや、これが出来上がるのは小学校に上がるころだった。その前のカトリック系の幼稚園で物心つき始めた頃から円門(サークル)は何度も夢に出ていたからー…!?」


 美優紀に呆れられつつもミカエルがループ橋の中心にある大きな空間を見つめていたその時、ループ橋の外側からその中心部に目掛けて大きな突風が吹き抜けてきた。


「キャアアアァアア!? な、何これ!?」

「ぬおおおおおお!? 何だぁああ!?」

「いぃぃ痛いいいイ!?」


 その風のあまりの強さとそれに混じる砂に目を傷めつけられる感覚に、美優紀と宗一は瞼を閉ざして身を縮めさせた。

 三人がそうして身を守っている間も風は強まり続け、やがてループ橋の大きな中心の空間に竜巻が生じた。


「ンンん!? この強い風の音はまさか竜巻が…ってうおおおお!?」


 そうなると三人の中で一番身体能力は低いミカエルは、竜巻の風に身を引き寄せられ始めて、やがてループ橋の内側の手すりにたたらを踏みながら引き寄せられ始めた。


「な!? あ、あぶな―――!?」


 それを見た美優紀は身を襲う痛みにめげずミカエルを引き留めようとするも、それが悲劇(?)の始まりとなった。


「だ、駄目だ! 引き寄せられ…!?」


 強風に押され続けるミカエルは助けようとする美優紀も手を掴もうとするも、彼の手は不幸にも美優紀の手を掠って代わりに彼女の衣服に掛けられた。


「―――あ…???」


 ミカエルは強風にあおられ続けている勢いで、掴んだ美優紀の制服の胸元を掴んだ状態で引きずられ、あまりの勢いでシャツまで引き千切って、その下にあるブラとそれに守られた女性の象徴まで外気に晒してしまう。

 それが現実の時間に換算して数秒程だが、三人を何十秒にも感じられるスローモーションのような感覚に陥らせた。


「…って何すんのよこの変態!!!!」


 だが、現実で数秒以上が経過したころには顔を真っ赤にした美優紀が解き放った蹴りが、ミカエルの鼻っ面に叩き込まれた。


「ぶぼべぇぇ!!??」


 強風にあおられ続けていたミカエルは悲鳴と鼻血を残しながら足が地面より離れ、蹴られた勢いも重なってループ橋の内側の手すりも越えてその身は宙に投げ出される形となった。


「…ってやべぇ!」


 それを目にして現実に戻った宗一は慌てて駆け出して手を伸ばそうとするとするも、明らかに手遅れで、再び視界はスローモーションのような感覚に陥ってミカエルが重力に引かれて見えなくなっていく姿を見てしまう。


(…あ…やばい、…この下にはループ橋の一番真下にある公園の石畳…数十メートルくらいはあるから…普通に死ぬな…!?)


 一方のミカエルは自身の死を予感して走馬灯のような現象に陥り、それにつれて過去に見てきた様々な夢の光景もまた脳裏に移し出されるも、その最中にループ橋の下にある公園の異変に気付く。

 ループ橋の最下層に位置する公園の地面を大きく占める石畳を構成する煉瓦の隙間各所から、水銀のように澄んだ輝きを放つ液体が急速に漏れ出てきて、それは稲妻のような放電を放ち始めたのだ。


「…あ! しまったぁ! ミカエル待ってぇ―――!?」


 そこでようやく意識が目の前の現実に戻った美優紀は青ざめた表情で落ちようとするミカエルに駆け寄ろうとするも、そこで下の公園に生じていた水銀のような液体が噴水の如く上昇して、それにつれて稲妻もまた放電と発光を強め、両眼が焼き尽くされるような閃光に視界を埋め尽くされてしまう。


「―――えってキャアアアァアア!!??」

「ぬおおおおおおおお!!?? 眩しーーーーーーー!!??」


 それに伴って今度はループ橋の中心から外部に向けて衝撃波のような突風もまた起こり、美優紀と宗一は揃って飛ばされて外側の手摺に背を叩きつけられ、ループ橋を進んでいた車すらも横転してしまう。


「……い…いたたたたた…な、何が起きたの…!?」


 十数秒後に閃光と衝撃波が収まり、美優紀がまだ痛みが残りつつもどうにか回復した両眼を擦りながら立ち上がると、彼女は信じられないものを目の当たりにした。


「…え…な、な、な………何じゃこりゃアアアアアアアアァアア!!!!???」


 どうにか立ち直った宗一も驚いたそのループ橋の中心部には、周囲を鏡のように映し出す水銀のような金属で構成された巨大な柱が出現し、それは天にまで高く突き上がって空中に大きな波紋のような現象を生じさせていた。


「…だ、誰かー…医者をおおお…」

「…ちょ…何よこれ!? あんた達が好きな週刊アトランティスにでも載ってそうな現象がどうして起きてるわけ!?」

「そんなの俺に聞かれても知るわけねえだろ! あ、でもー…これって確かにダニエルさんが見せてくれたラノベの挿絵の原画に出てきた円道(サークル)に似てるような…!?」


 周囲で横転した車から漏れ出てくる悲鳴も入らないまでの混乱状態に陥った美優紀と宗一は口論を始めるが、そこで突然出現した水銀状の巨大柱の表面が何やら大きく盛り上がり始めたのを見て言葉が止まってしまう。


「…え? な、何あれ…何かが今にも出てきそうな感じなんだけど―――!?」

「モォオオオオオオオ!!」


 美優紀がそれに嫌な予感を覚えた直後、そこから水銀のような膜を雪破って緑色の巨大なスライムのような体に、漫画に出てくる可愛い目玉が二つほどついた巨大な生物が現れた。


「―――あってマジでファンタジーみたいな生き物が出て来たー!!??」


 それに美優紀が驚愕を露わにするが、巨大スライムは悲鳴を上げる彼女に少々驚いたような眼差しを一瞬向けるも、直ぐに視線を横転した車に向けた。


「う、うわぁぁ!? な、何だぁ!?」

「おっさん! 驚くのは後にして今はあれから逃げるぞ!!」


 横転した車の一つから這い出てきた中年男性はその近づきつつある巨大スライムに驚くが、宗一は彼を抱えてその場から離れさせた。

 そして、邪魔する者がいなくなった巨大スライムは体の一部を何本かの手のような形状に変化させ、車を掴んで自らの身に取り込み始めた。


「うわ!? 何か取り込んだ所から車が徐々に煙を上げ始めて溶けだしてるよ! ああいう食性までリアルにファンタジーぽく無くていいの―――」

「モ~~~~」


 それに嫌そうな感じで既視感を覚えた美優紀だが、その彼女の身もまた背後から伸びてきた巨大スライムの手に掴み上げられてしまう。


「―――おってキャアアア!?」


 美優紀が悲鳴を上げ乍ら気付いた頃には、水銀の巨大柱より現れたらしい別のスライムがその手を伸ばし、彼女もまた半分透けて見える己の体内へ取り込もうとしているように見えた。


「み、美優紀―――!?」


 それを目にした宗一が彼女を救おうと駆け出したその時、水銀の巨大柱の表面の一角が勢いよく突き破られ、そこから赤紫色のフードを身にまとった何者かがその手に日本刀に似た刀を握りしめた状態で現れた。


「しっ!!」

「「ブモォオオオ!!??」」


 そして、その刀の一部が砂のように変化して伸びながら纏まっていき、やがて鎖付きの巨大鉄球に変化すると、二体いる巨大スライムの目をそれで盛大に叩いて目を回させた。


「キャア!」

「―――いってオオッとぉ!?」


 それで解放された美優紀を宗一が下から抱きとめると、目をグルグル回した状態で地面に倒れた巨大スライムの片割れの側に、彼女を助けたと思わしき赤紫色のフードを被った人物が羽のようにふわりと地面へ降り立った。

 そして、その人物はフードの隙間から僅かに見える口元を動かし始めた。


「…全く…テロ組織による時空間接続点の違法操作実験を止めるべく来てみたら…何とか最悪の事態は止められたけど…あんまりよくない形で帰郷となったな…」


 その口元から発せられる声は、宗一と美優紀にとって、記憶にあるよりも深く大人びていて且つ老成も感じさせる深い声だったが、確かに二人にとっては今先ほどに姿を消してしまったあの友人に似ていた。


「…え、あ、あんた…その声…まさか…!?」


 宗一がそのフードの人物に恐る恐るながら声を掛けようとするも、そこで水銀の巨大柱の一角が石を投じた水面のような内側から弾け、そこから再び新たな人物が出てきた。


「神の…じゃなくてミハイル君! いつもいつもその身で軽率な真似はしないでください! アアァ! 今度はよりによってこちら側の人間族と思わしき者達にまで気付かれてますし!」


 そうして現れた人物は、古代ローマと日本戦国期のを折衷したような甲冑に現代の迷彩服のような塗装がされた細身の鎧を着た女性で、目元は同様の模様がついたゴーグルで隠されていたが、その荒げた声や威圧感を抜きにすれば、普段は凛とした雰囲気が似合う二十代前半と思わしき、流れるような金髪が似合う美女だった。

 だが、その身に纏う光輝さを感じさせる雰囲気及び美貌と、横に向けて長く尖ったその耳は、ダニエルが書いているラノベの表紙にも出ている“エルフ”そのものだった。


「…い、いや…そんなこと言われても…もとはと言えばこっちにいる彼女がまた凡ミスやらかして連中に時空間接続点操作実験を可能にできるようにしたのが原因なわけだ…あいて!?」


 その美女に責められてフードの人物は声音が弱々しくなり、宗一たちにとって親しんだ彼の声に大分近くなったが、言い訳している途中で手に持つ刀の一部が手のように変化して彼にチョップを当ててきた。


「軽はずみなことは言わないでください。近くには現地の方々もいるのですから…」


 すると、今度はその変形した刀から十代半ばの清冽さを感じさせる女性の声が発せられて、チョップされた影響でフードがずれて面貌が露わになった少年を責め立ててきた。

 どういうわけか、その刀の声音はミカエルの夢に出て彼に傷をつけた刀のそれを若くしたようなものをしていた。


「いや、そもそもまた君が見た目は子供みたくなった間者に乗せられて実験に協力したのが今回の大事故の原因じゃない光代(みつよ)くん…」


 その光代と呼ばれる太刀に弱々しい声で言い返すフードの人物は、髪の色が金から黒に変わっていて、肌の色も浅黒くなっているが、その面貌と弱々しい声音からして、美優紀と宗一にはあの先ほどの水銀の巨大柱の出現の際に生じた閃光で消えたあの友人そのものだった。


「あ…あ! あんた! 何処からどうやって来たのかは知らないけど…ミカエ―――!」

「モオオオオオオオオオオオオ!!」


 だが、美優紀がその名を口にしようとしたその時、別の個所から出現したと思わしき別の巨大スライムがループ橋を何本も生やした足で駆け上って、山の上の住宅地に襲い掛かり出した。


「あーーーーーーーー--!!?? 久々に帰れた途端に僕の家がーーーーーーーーーー-!!??」


 それを目にした赤紫フードの人物は、完全に美優紀と宗一には聞き覚えのある悲鳴を上げ乍ら、背中からアメジストのような紫色の宝石で出来た大きな羽を生やすと、猛烈な勢いで飛翔して追跡しだした。


「ちょっとーーー神皇(しんのう)様ーーーーー!!??」


 エルフと思わしき美女は悲鳴じみた声である称号を口にしながら同様に飛翔して追いかけ始めた。


「―――ルって…あの声さあ…」

「ああ、完全にミカエルだよなぁ…」


 それを半ば呆然とした様子で美優紀と宗一は見送る他なかった。


「ギャオオオオオオオ!!」


 その為、水銀の巨大柱の別の表面から、今度は苔があちこちに蒸した岸壁のような肌を持つ巨大なイグアナに似た竜が現れて市街地に向けてゆっくりと歩を進め始めても、反応が大幅に遅れてしまっていた。

世界遺産になった島なのに、何だか想定外の不祥事が起こりつつありますね主人公の地元(いや、あんたが書いてるんだろby作者の身内)

次回から、本作主人公を介してその始め辺りの被害をどうにか抑えていく予定です…(多分)。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 世界遺産になった島、私はそんな設定思いつかなかったです。 主人公の容姿が、緋の目の彼に似ていて想像がどんどん膨らみました!! 文章量がすごくて、なんでこんなに書けるんだッ!?とびっくりして…
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