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猫はやり直しを所望する

 ドッドって、心臓が暴れていた。


 全身を巡る血が沸騰したみたいになってる。


 顔が熱い。


 冷やそうと両手で顔を包んでみたけど、まったく意味がなかった。


 さっき聞こえてきた言葉が、ずっと頭の中をグルグル回っている。


 ワゴンの上に置かれていた水の入った洗面器を届けようと、扉をノックするところで、そこがよく閉まってなかったらしく、少しだけ開いた隙間からそれが聞こえてきた。


“アシーナを愛してる。アシーナを愛しているんだ”


 驚いて、持っていた洗面器が傾いて、床に水をこぼしてしまった。


 そのはずみで扉が開いて、メルさんがこっちを見てて、思わず逃げてきたけど、私は、この後、どんな顔でメルさんと会えばいいの!?


 本当に、さっきのは、私の幻聴じゃない?


 あの舞踏会の日、血を吐いたメルさんが倒れるのを見て、生きた心地がしなかった。


 抱き起こして、名前を呼んでも、苦しそうに喉を押さえて、また血を吐いて。


 頭が真っ白になっていたけど、ヨハネス様が駆けつけてくれて、毒を飲まされたようだと教えてもらったから、すぐにメルさんが育てたピオルネのことを思い出した。


 失いかけて、初めてその大きさに気付くって、私はどれだけのんびりした性格なのか。


 初めて一緒に出かけた日、多くの女性の視線を集めるメルさんを見て、私がメルさんを独占したいって思いがすでに生まれていたのに。


 自分の中にそんな感情が芽生えるとは思いもしなかった。


 メルさんは、初めて会った時から私には正直だったと思う。


 貴族だから、普段は隠すべきところは隠しているけど、やはり私には良くも悪くも正直であった。


 それが、ヨハネス様が話をしに来た時から、何か隠していることがあるとは思っていたけど、まさか自分に対しての想いなどとは思ってもみなかった。


 嬉しいと、それが素直な私の感想だ。


 この二ヶ月もの間、私こそが離婚したくないと思っていたのに、結局、本当にそれを望んでももいいのかわからず、臆病になったまま、自分では何も決められずに、自然と離婚となる事を傍観するままにしてしまった。


 まだ、私達は終わらなくていいのかな。


「あ、キティ」


 トコトコと、角を曲がってキティが私のところにやってきた。


 何かを首輪に結んでいる。


 手紙のようで、それを開くと、“驚かせてごめん” と書かれてあった。


 メルさんはまだ動けないから、キティにこの手紙を託したんだ。


「キティ……私の手紙も運んでくれる?」


 自分が濡れている上に、床の水もこぼしっぱなしだから、まずはリゼに助けを求める。


 それからキティを抱き上げて、部屋に戻ると、短い手紙を急いで書いた。


 思い切って、“嬉しかったです” と、そう書いた手紙をキティに預けて、メルさんの部屋の前まで移動した。


 床はすでに綺麗になっている。


 扉の隙間からスルリとキティが入っていったから、そっと扉を閉めて部屋に戻った。


 翌朝になるまで、メルさんの所に行くことができなかった。


 顔を合わせるのが恥ずかしかったけど、これ以上は変に思われるからと、でも一人で行けなくて、朝食を運ぶドリスさんの影に隠れるようにしてメルさんの部屋を訪ねていた。


「おはようございます。メルキオールさん、今朝の体調はどうでしょうか」


 ぎこちなくなかったかな。


 自然に言えたかな。


「おはよう、アシーナ」


 メルさんの方は、いつも通りに見える。


 でも、会話が続かない。


 私達の間に流れる妙な空気を察してか、ベッドから降りたキティは、足元をうろうろとしている。


「えっと、昨日のは、聞こえていたってことだよね?」


 先に口を開いたのはメルさんだった。


「はい……」


「忘れてくれて構わないから。むしろ、聞かなかったことにして」


「それは、できません」


 いまだにずーっとあの言葉が頭の中で繰り返される。


「嬉しかったって、嫌じゃなかったの……?」


 こちらを窺うように見ている。


 なので、ぶんぶんと首を振った。


「えっ、本当に?嫌じゃなかったの?」


 さらに縦に何度も首を振る。


「本当に!?アシーナ、僕と結婚してくれ!」


 破顔して、堪えきれずといった様子のメルさんがそれを言った途端に、何故かキティがジャンピング猫パンチをメルさんの顔面にして、その絶妙なタイミングに驚いた。


 呆気に取られたけど、怪我をさせたのではないかと、慌ててキティを抱きあげる。


「だ、ダメよキティ、メルキオールさん大丈夫でしたか!?」


「うん。肉球があたってむしろ気持ち良かった。キティ。僕はたまに、君が人間ではないのかと思えてくるよ。おかげで我に返った。こんな状態の僕が、ベッドの上でかこつけて言うことじゃなかった。夜着姿で、ムードも何もあったもんじゃないよね。キティが怒るのも当然だ。ちゃんと前のように動けるようになってから、君に求婚してもいいかな?」


 あ、そうだった。


 私はたった今メルさんに求婚されたのだ。


「私……いつも自分からは何もしなくて、本当に待っているだけでいいのでしょうか?」


「いいんだ。むしろ僕に、始めからやり直させるチャンスをくれないかな?」


「メルキオールさんが、そう言ってくれるのなら」


 改めてプロポーズされるとなると、照れ臭くなってしまう。


 今度こそメルさんと夫婦になれるのか。


 嬉しいという思いが隠しきれない。


 それはメルさんも同じなのか、照れ隠しのように二人で笑い合っていると、キティがお腹を出してゴロゴロしだしたので、二人で代わる代わるお腹を撫でてあげていた。














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― 新着の感想 ―
[一言] さすが伊達にアイドルじゃないな。やるじゃないか(ハロー、…ではない)キティw
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