夫は私をガン見した
侍女曰く、ドレスは女性の戦闘服だそうだ。
殿方を虜にするためだとか、同性に見下さられないようにするためだとか、そんな理由でらしい。
19才にもなって社交界に全く縁のない私には、よく理解できない感覚だ。
だから、されるがまま身支度を整えてもらって、待ち人がいる客間へと足を運んだ。
そもそもクラム伯爵家の当主であり、ここの主人であるはずの旦那様が客間で待たされているのもおかしな話ではあるけど。
「お待たせしました、旦那様」
部屋に入ると、私の旦那様であるメルキオールさんはソファーに座っていた。
座ったまま、部屋に入った私をガン見していた。
黒い髪に褐色の肌は男性らしさを醸し出していて、それでいて上品で優しげな目元を強調する青い瞳。
うん。
客観的に見ても素敵な男性だから、私が妻なのが、今さらながらに申し訳ないな。
メルキオールさんの祖父である侯爵様の命令で私と結婚させられた可哀想なこの方は、世の貴婦人に大人気のとても端正な顔立ちをされている。
物腰も柔らかい方だから、尚の事たくさんの女性を惹きつけているらしい。
「君は……本当にアシーナなのか?」
「はい、アシーナです」
「随分と……ふっくらしたんだな……」
その言葉を聞いて、自分を一度見下ろして、また顔を上げてメルキオールさんを見た。
猫とゴロゴロしてばかりの生活で、懸念していた事ではあった。
「はい、おかげさまで、何不自由ない生活を送らせてもらえたので……ごめんなさい……太り過ぎですか?」
「いや、すまない、失言だった。別に、太っていると言ったつもりはない」
メルキオールさんは、気まずさを誤魔化すように視線をテーブルに乗ったカップに向けた。
「それで、ご用件は……?」
「ああ……その……」
人のいい旦那様は、言い出しにくいのかな。
「離縁についてでしょうか?」
「君は、離婚したいのか?」
その言葉を聞き、さも驚いたかのように、旦那様は目を見開いている。
あれ?
違ったのかな?
間を取り持つように、こほんと咳払いをした旦那様は、
「いや、その……仕事がひと段落したから、君の様子を見に来たんだ」
三年ぶりにですか?
と、思ったままを口にはできなかった。
嫌味のようだから。
決して、メルキオールさんに不満を言うつもりはない。
それは、本当だ。
季節ごとの手紙のやり取りはあったし、メルキオールさんが私が領地から出る事を嫌がっていたというだけで、その他の嫌なことなど何もされていない。
向かい合って座ったメルキオールさんが、今度こそ何を言うのか。
端正なお顔だから、いくらでも黙って見つめていられるけど、離婚の話じゃないのなら、なんなのかな?
「今まで、君をここに放置してすまなかった」
「ふぇ」
まさか、謝罪されるとは思わずに変な声が出てしまった。
そもそも、謝罪されるようなことは何もない。
「旦那様が謝る事は、何もありません。私はここで穏やかに過ごせています」
「旦那様ではなく、メルキオールと名前で呼んでもらえるかな」
「はい、では遠慮なく」
「僕が、君のことを面倒だと思って放置していたのは確かなんだ」
いやいや、メルキオールさんは正直過ぎでしょう。
「本当の放置とはどんなものか知っているので、メルキオールさんのこれは放置とは言いませんよ」
それを伝えると、メルキオールさんはますます表情を曇らせていた。
慌てて言葉を付け足す。
「なので、私はまったく気にしていません!ところで、メルキオールさんは何かご用件があったのではないですか?」
すこしだけ表情を和らげたメルキオールさんは、話し始めた。
「僕が今日ここを訪れたのは、君に頼み事があってなんだ」
うーん、離婚の話ではない頼み事とは。
はて?と首を傾げると、
「実は、君に、タウンハウスへ来てもらいたいんだ」
「タウンハウスへ、ですか」
タウンハウスとは、つまり、王都の屋敷へと言うことだ。
「私が何かお力になれることがあるとは思いませんが?」
学校に通ってなくて、教養もあまりない私が、女主人としての役目を果たせるわけでもなく、王都に出向いたところで何ができるかな?
「君は、ただタウンハウスにいてくれるだけでいい。ここと同じように過ごしてもらって一向に構わない。欲を言えば、一度だけ一緒に夜会に参加してもらえたらと思うけど」
メルキオールさんは、人が多く集まる場所が嫌いだと聞いた。
滅多に夜会やお茶会には参加しないと。
そんな方が、私と夜会に?
「メルキオールさんの期待に添えるかはわかりませんが、お望みとあらば、どこへでも行きます」
今まで楽して過ごさせてもらったお礼に、何か一つくらいは恩返しをしたいとは思っていた。