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Fゲーム  作者: 塚波ヒロシ
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第9章 Theme

第9章 Theme


 60キロ地点を越えた辺りで、僕たちの快進撃は停滞をしていた。

 10キロほど前に5位に着けていた黄色いオフロードカーがコースアウトして、コーナー脇の大木に追突、リタイアしているのを確認してからも順調にトップとの距離を詰めていたのだが、ダグからの通信が僕たちの不安をかき立てた。

「3位と4位は同じチームだ。フォーメーションを組んでるらしく、体当たりで5位のジープを潰したようだな。用心しろよ!」

 バトルゾーンにはまだ入っていないが、車体の剛性を武器に体当たりするのは認められている。恐らくコーナーに入った5位の車に自分たちに車体を当ててコースアウトさせたんだろう。

「ロム、見えてきたわ。あの2台ね……」

 ちょうど周りが開けた緩く長い上り坂の三分の一ほどに、恐らく車だろうなんだかデカい鉄の塊が砂煙を上げてゆっくり坂を登っている。

「データを確認したけど……あぁ、壊し屋ね」

 ミュートがフロントガラスの右寄りに彼らの顔写真と、何やらプロフィールを出してくれた。プロフィールを読む余裕はなかったけど、写真のいかにも悪人ヅラには見覚えがあった。

 名前こそ「エンジェル兄弟」となんて名乗っているが、やってる事は文字通り壊し屋だ。レースに出場しては他のレーサーたちをクラッシュ、リタイアさせ、それを愉しんでいる危ない二人組だ。

 ルール上は全く問題はないので彼らの危険なレーススタイルを咎める事は出来ないし、むしろそのスタイルで人気もポイントも高いレーサーなんだが、同じように他のレーサーからの嫌悪感も高い。

 ただ、だからと言って実力が無いわけではない。危険な走行をしなくても実は入賞は勿論のこと、優勝を狙う事が出来るほどの実力を持っている。

 単純に「趣味が悪い」奴らなのだ。とっくに次のランクCに出場できるはずなのに、自分達より圧倒的に弱いランクDのレーサーたちをクラッシュして楽しんでいるチンピラレーサーなのだ。

「アイツらを抜かせずにバトルゾーンに突入したら、体当たりじゃ済まないな……」

 近づき始めて分かったのだが、彼らの車はどちらも軍用車両だった。どちらも6輪の装甲車で、バトルゾーンでも無いのに天面に大砲や機関銃を出現させている。普通は手の内をバラさないためにも、バトルゾーンまで武装は不可視のままでいるのがセオリーだけど。威嚇してるつもりなんだろうな。

「どうする?フルスピードで突破するのがセオリーと思うけど……」と、ミュートが僕に提案する。

 2台のネイビーブルーの装甲車は、それぞれが右と左のきわを走っているため中央はガラ空きになっているが、明らかに罠だろうな。どうしたものかと思案するうちにも残りの距離はどんどん少なくなってゆく。

「ミュート、コースのマップを表示して。あと、少し手伝って欲しいんだけど……」

 僕はミュートに一つ作戦を提案した。もしかするとこの手ならば!問題がない訳じゃ無いが、今はこの手に掛けるしかない!


 レッドブルはドアがガルウィングのため、座席横の窓ガラスは乗用車ほど開かないので、通常サイズになったミュートの肩口までがやっと相手に見える程度になるはずだ。

「はぁーい!」

 2台の装甲車に左右を挟まれる位置まで迫り出したレッドブルの狭い窓からミュートが右隣の装甲車の運転席にとびっきりの笑顔で手を振る。

 一瞬の間があり、装甲車のレッドブルと面している左側のハッチが勢いよく開け放たれる。そこには鎖やら南京錠やらをジャラジャラ付けた黒革のぴっちりしたズボンに、ドクロのイラストの描かれた真っ赤なヨレヨレのタンクトップを着た、まるで毛を全身もぎ取られたニワトリ様なモヒカン男が立っていた。

 ニワトリ男は何かミュートに呼びかけているみたいで、イヤらしい目で砂煙の中のミュートを必死に見ようと、ハッチ脇の手すりを握りながら空いた手でメガホンを作っている。

「ミュート……、頼んだよ」

「うぅー!絶対に約束守ってよね!」

 ミュートは返事をするも、ニワトリ男を見たまま振り返らない。僕は視線を正面に直し、コースとディスプレイされたコースの俯瞰図を睨みつける。

 ミュートはさっき閉じたレースクイーンの衣装の上着の胸元に手を潜り込ませモゾモゾとすると、勢い良く白い布のような物を取り出した。僕は外部マイクをオンにする。するとニワトリ男の歓喜の叫び声がノイズ混じりに聞こえてきた!

「ぶ、ブラジャー⁉︎姉ちゃん、お、オレにそれをくれー」

 かかった!よし、もう一息だ!

 ニワトリ男の青少年には刺激が強すぎて、とても聞かせることができない「イヤらしい」叫び声に手応えを感じた僕は、ミュートに第二段階へ移行するよう言う。

 あ……、ミュートは確かに第二段階の行動をし始めたのだが、全く返事はない。やばい……怒ってらっしゃる。

 ミュートは無言のままミニスカート両脇からその内側に両手を潜り込ませ、お尻を浮かせるのと同時に一気にそれを足先に引き下ろした。

 窓からミュートがニワトリ男に見せつけたそれはオレンジ色のその小さな全身をまるで海中を泳ぐ魚の様にパタパタさせて、ミュートの指に引っかかってはためいていた。

 ニワトリ男が一瞬沈黙をし、レース中とは思えないほど静かな時間流れていた。しかしその刹那、外部マイクが壊れるかと思うほどの彼の絶叫がレッドブル車内に飛び込んできた。

「お……おパンツー!」

 彼の恥ずかしい絶叫は、まさに僕の作戦の最終段階への鬨の声となった!

 ニワトリ男は自動操縦をしているのだろう、彼の声に反応してレッドブルにジリジリと幅寄せし始める。

「ここだ!ジェットブースター展開!」

「了解!」

 今度はちゃんとミュートが返事をしてくれる。

 フロントガラスの左隅にワイプ画が展開し、レッドブルの外からの画像が映し出される。車体のルーフのさらに上に、大昔の映画の様に蛍光グリーンのワイヤーフレームが、レッドブルの鋭い剣の刃先のような車体には似つかわしく無い、無骨な四角い箱状の何かを一瞬で描き出す。

 それは僕が言った通り、まさにジェットエンジンを左右両側に搭載したブースターユニットだ!性能としてはシルバーナイトの装備に引けを取らないはずのそれは、誰が見ても強力な加速を生むことが分かるだろう。

 オレンジの布切れに気を取られていたニワトリ男の目の前に煌めきを伴って突然出現したソレは、奴を焦らせるには効果がテキメンだった!

「騙しやがって!OS!最大加速だー」

 ニワトリ男がハッチを閉めるときに発した言葉に僕はニヤリとし「急ブレーキ」を踏んだ!

 そう、ここは長い上り坂の頂点だったんだ。そしてここはバトルゾーンでも無い!

 ミュートの手のものを奪おうとしていたニワトリ男はすでに左にハンドルを切りすぎていた。そして左の装甲車は僕がブースターを「見せただけ」で、レッドブルを2台の装甲車でサンドイッチにして僕の中央突破を阻もうと右にハンドルを切っていた。

 僕は逆にブレーキを目一杯踏む事で、奴らはお互いに勢いよく側面同士をぶつけ合い、今度は逆にフラフラと離れようとする。

 しかしもう遅い!彼らには急に崖から飛び降りた様な感覚に陥っただろう。不安定な状態で背の高い装甲車で、しかもフルスピードで下り坂に突っ込んだんだ。コースアウトを避けるために今度はお互いに内側にハンドルを切ったため、鼻先同士を接触した2台の装甲車はゆっくりと外側に回転しながら僕の視界から落ちて消えていった。

 ドガッシャーンと大きな破壊音が聞こえてから、僕はレッドブルのアクセルをゆっくり入れて安全な速度で坂を降り、横転し煙を上げている2台の装甲車の間を悠々と走り抜けていったのだった。


「まぁ、上手くいったんじゃない?」

 2台の装甲車から充分にリードをした辺りでミュートがわざとらしくため息を交えながらやっと問いかけてきた。

 実の所、ニワトリ男とのバトルが終わってから彼女は今まで一言も話してくれなかった。

 あぁ、コレは怒っている。

 そう思って僕もレースに集中するフリをして、彼女が何か話すまで無言を通していた。

 思い付きとはいえ、彼女にはずいぶん恥ずかしい作戦を実行してもらったんだ。正直、ビンタの一つぐらいは覚悟していたんだけど……。

「ゴメンね、ミュート」

 一瞬で人形大のサイズに表示を変えたミュートが、ヒラヒラとダッシュボードの上に舞い上がり、フワリと腰掛ける。目の端で見ると、両腕を腰に当て、足を組んでいる。

 彼女はこれまたわざとらしくフンッと鼻を鳴らしてソッポを向いてしまった。

「勝つためとは言え、私にヘンタイ紛いの事をさせたんだからね!覚えておきなさいよ!」

「お手柔らかにお願いします……」

 するとミカがインコムで会話に割り込んできた。

「2人とも仲が良いんだから」

「ミカー!そもそもアンタ達2人が作戦を立てないから、こんな事になったんでしょう?」

「ご、ごめんなさい。でもでも、ダグがロムさんの作戦の方が面白いからって……」

「わー!ミカ、バラすなよ!」

 反対側のスピーカーからダグの狼狽が聞こえる。

「お、面白いですって⁈聞き捨てならないわね、ダグ!」

「しまった!……すいませんでしたっ!」

 なんかスピーカーの向こうでダグとミカが2人して腰を折って謝罪している光景が目に浮かぶ。

 自分がミュートの尻に敷かれつつある実感は少なからずあったんだけど、こりゃそれ以上で、うちのチームリーダーがミュートになる日もそんなに遠くないんじゃないかなと思えてきた。

「それよりダグ、前を走る2台の様子は?」

「おう、それなんだが。2位の奴がずいぶんペースを上げていて、少しずつ差が縮まってきているな」

「あと、一位のレーサーの情報を手に入れましたよ」

「情報から貰おうか、ミカ」

「ハイ!」

 一位のレーサーの名前は「ドラゴンライダー」と言うらしい。らしいと言うには理由があって、彼も僕と同じく万年ノーマークのレーサーだったからだ。一月前のレースから新しいマシーンに乗り換えてから突然トップ集団に食い込む様になり、4戦して2回優勝、2位と5位を一回ずつしている。

 それまではオロチとか言う車で最高8位と言う成績だったが、新マシーン「スーパードラゴン」に乗り換えてからは成績がぐんと上がり、人気が出てきているとの事だ。

 僕と似たような状況なのにマークしてなかったのは、完全に僕たちの落ち度だったんだが、僕の練習とセッティングの多忙さでそこにまで手が回らなかったのが歯痒い。

 スーパードラゴンはオフロードバギーらしく、2回の優勝ともダートコースで、勿論今回のレースとも車の相性としてはもってこいだ。

 対して2位の車は入賞常連組の黒いスポーツカーだ。

 優勝回数は数えるほどしかないが、ほぼ毎回シルバーナイトと同じレースだったため2位に甘んじていただけで、彼が居ないとなれば間違いなく今回の優勝候補の筆頭である。

 彼の駆るマシーンはコルベットと言う車をかなりチューンナップしていて、実車ファンからの人気が高い。

 正直、この2台を相手にするのはからりしんどい。出来れば1台ずつ相手にしたかったんだが、差が詰まりつつあるとなると、最悪三つ巴の争いになるかも知れない……。

「このペースだと、前の2台にはどこで接触出来そう?」

「今のペースなら……バトルゾーンに入って直ぐだな」

「うわぁ、最悪だな!」

「ロムさんがバトルゾーンに入った所で、前方500メートルの所に2台が位置する予測です」

「流れ弾には気を付けろよ!」

「了解だ!」

 僕は緩やかなコーナーを抜けたのを確認して、目一杯アクセルを踏み込んだ。決戦はもうすぐそこにまで迫っているのがチーム全員の声の端々に感じ取られて、次第に緊張感が高まっていった。

ここまでお読み頂いで、誠に有難うございます。

楽しんでいただきましたら幸いです。

まだまだお話は続きます。

面白かったと思っていただけましたら

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