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Fゲーム  作者: 塚波ヒロシ
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第8章 Truth

第8章 Truth


「さぁ、今回も始まりました。Dランクレース!」

 特設スタジアムに最上段に設けられた実況席からは、この街のローカルラジオで一番人気のパーソナリティが軽快なアナウンスをしている。

 12台のレースマシーンは楕円形のコースの、数字のゼロの右の縦棒に行儀良く縦2列に並んでいる。違い違いに並んだマシーンからはまだエンジン音は聞こえない。その代わり進行方向の右側にひな壇の様になっている観客席からは声援やヤジが飛び交う。

 この街の人たちはこのレースがお気に入りで、毎週開かれるローカルレースを思い思いの飲み物や食べ物を手に熱心に観戦しにきている。

 それもそのはずで、このローカルレースはこの街に住んでいる住人は無料で観戦できるのだ。街おこしとして始まったこのレースは歴史も古く、ここから次の大きなレースに出場する為の登竜門としてカーレーサー達には有名で、このレースから始まった有名レーサーも少なくはない。

 住人達は明日のトップレーサーになりそうな新人レーサー達を品定めに足繁くレース観戦をしに来ているのである。

 最近の有料物件といえば、先日大きなレースへの切符を手に入れたシルバーナイトが真っ先に上がるだろう。彼はこのレースを含め、いろんなDランクレースで何戦も優勝し、そのポイントでいよいよCランクレースに挑戦できる事となった。僕たちみたいにやっとDランクレースで入賞ポイントが貰えるかもしれない弱小チームとはわけが違う。

 いいや、今回の僕らも今までの万年ブービーとは違うはずだ。ミュートが加わったチームも、手に入れたマシーンも、そして僕自身も。そう信じている。

 ……んだけど、コックピットに座って開けたドアから聞こえる周りに歓声や実況が凄く遠くに聞こえる。逆に自分の心拍の鼓動が、まるですぐ隣でドラムが無茶苦茶に叩かれている様にドカドカジャンジャンとうるさくてしょうがない。

 自分でも勘づいている。緊張と高揚で僕は浮き足立っていた。アクセルに添えた右脚のガクガクが止まらなくなってきた。メットの中で何度も深呼吸しているが、するたびに息が苦しい。もうすでにスーツの中は汗びっしょりだ。せっかく母さんがデザインして、作ってくれたのに。

 昨日の電話で教えてくれた通りクローゼットの奥に大事にしまってあったこのスーツは僕の体にピッタリだった。同じく置いてあったメットも母さんのデザインで、ベースになっているのは有名メーカーの最新式の商品だ。

 両親は僕がコレらを身に付け、このレースで華々しい成績を収める事をどれほど期待しているかがこの装備からも感じ取れた。

 しかし当の僕は、その期待感すらもプレッシャーとして受け取ってしまった。僕はどんだけ肝が小さい男なんだ!涙が出てきそうだよ……。


「ロム、観客に手は振らないの?レーサーの紹介が始まるんじゃない?」

 ミュートが運転席のガルウィングを開けて僕に尋ねた。その後ろにはミカもいる。

 2人はいわゆるレースクイーンの格好をしている。チューブトップビキニに超ミニスカート、前のはだけたジャケットを着ている。ツヤのある素材で作られているので、日光を反射して眩しく光っている。

「もうすぐコールされますよ。早く出てこないと……」と白をベースにスカイブルーのラインが入ったコスチュームのミカが、バカにデカい日傘の下から僕に顔を見せる。ミュートはラインが赤の同じコスチュームだ。

「ホラ、メットも外して……ってどうしたのよ!」

 震える手でやっとメットは外したものの、いまだ運転席で青ざめて座っている僕の顔を見てミュートも青ざめてしまった。

「情けないよ……。体中が緊張しちゃって……」

 強張って握る事ができない両手を見て、僕は小さい子供のようにか細く答えた。言ったそばからさらに手が震えて来ているのが分かる。分かっているのにそれを止める事が出来ない。

 そう感じた瞬間、僕の顔と両手の間にミュートの顔が横から差し込まれた。そしてそのまま僕の顔にどんどん接近し、僕とミュートの唇がピッタリと重なった。

 ミカが驚きの声を短くあげる。でもそれはいよいよ始まった出場選手の読む上げに反応した歓声にかき消されてしまった。

 余りのことに時間の感覚が失われてしまい、ミュートとの口づけが一瞬の事なのか、何分もの事だったのか把握できないままの僕に、唇を離して手を引いて運転席から僕をほじくり出したミュートは、顔を茹蛸みたいに真っ赤にし、それなのに僕の横でとびきりの笑顔でモデル立ちした。ミカも日傘をたたみ、僕の顔が観客や空中カメラに見えるようにして、ミュートに合わせてポーズを取る。

「流石にオッパイは見せられ無いけど……どう?震えは止まったかしら?」

 隣で笑顔で観客に手を振りながらミュートがおずおずと聞いてきた。彼女は僕に話しかけながらも、顔だけは観客席やカメラに向かっている。僕も彼女に倣って観客席に大きく手を振った。さっきとは別の鼓動の高鳴りで顔が熱くなってきたが、幸か不幸かミュートは僕と顔を合わそうとはしない。キスの後の彼女の表情は見たいけど、僕の真っ赤な顔を見せるのもなんだか恥ずかしいので、そういう意味で助かった。

「ありがとう、ミュート……。なんか目が覚めたみたいに元気が出てきた。コレなら戦える……」

「単純ねー、男って!美女にキスされただけでコレだもん!」

「自分で美女って言ってれば世話無いよなー!ナビもシッカリ頼むよ?」

「ハイハイ。はぁー、手間がかかる人だこと」

「エヘヘー、私見ちゃいましたよー?2人がチューしてるところ!」

「ダグには内緒にしておいてくれよ?」

「そうそう、彼に言ったら恒例行事になっちゃうもん」

「あ、それ良いかもな!」

「……ばか!ホラ、観客に愛想を振り撒いてよ!ロムの紹介が始まるわよ!」

 結局、運転席に座るまでミュートとドラマのようなキスの後の見つめ合いは出来なかった。

 万年11位の僕のレースは、走る直前から波乱尽くしだった!


「どう、私の姿は見えてる?」

「オッケー、ノイズもなくダッシュボードの上に座っている様に見えるよ!」

「通信は良好っと。気になる事はある?」

「今は問題なさそうだよ。なんか有れば逐一報告するよ」

 ダッシュボードの上の、おままごとの人形サイズで映し出されているミュートは相変わらずレースクイーンの格好のままだ。彼女は了解したと言わんばかりにサムズアップする。

「相棒、始まるぞ。あんまり焦るんじゃ無いぞ!」

「ダグ。もう一回コースレイアウトを聞かせてくれ」

「おう。手短にだがな……」

 今回のレースはまずは一周4キロのオーバルコースからスタートする。一週目は追い越し禁止なので順位は11位のままだ。最初の停止位置に再度止まり、シグナルとともに本番が始まる。

 もう一度コースを一周するとスタートラインに転送スクリーンがコース幅いっぱいに展開される。スクリーンに車ごと突入すると、短い舗装された直線コース、そしてメインのオフロードコースが繋がっている。

 オフロードコースは周回路ではなく全長102キロの一本道だ。上下に起伏が激しく、コーナーも殆どが減速やドリフトをしないと曲がることはできない角度になっている。また、わざわざ泥濘や砂地を設けてレーサーのスピンを誘うトラップも至る所に設置している。

 そして最大のヤマ場は100キロ地点、つまり残り10キロになるとバトルゾーンが展開される。

 ここから各車に搭載された武器、加速装置、浮遊装置など有りとあらゆる武装が使用可能となる。ここで毎回順位が大きく変動し、当然リタイタする車が続出する。

 シルバーナイトみたいに大加速で一気に逃げ切ることも出来るし、大火力をもって後続車を全て叩き潰す事も可能だ。

 今回のポールポジションは、この数回グングン頭角を現して、優勝し続けている「スーパードラゴン」。コイツもシルバーナイトと同じく大加速で逃げ切るタイプのレーサーだ。

 僕のレッドブルはバルカン砲とロケットランチャーで火器を選択しているし、例のアレを使うにしてもバトルゾーンに入るまでには最悪でも横並びになっていないと優勝は難しい計算になる。

「……言うわけだ。どうせブービーからのスタートなんだ、遠慮せず前回で抜いてゆけ!」

「了解だボス!それとミカにミュート」

「はい、どうしました?」

「どうしたの?」

「優勝したら、今日はシャンパンを飲もう!」

「はい!」

「いっつも水だったものね。了解よ!」

「さぁ!レースを始めようか!」

 僕はキーを回し、もう1人の相棒の目を覚まさせたのだった。


 レッドブルはやはり強力なマシーンだ。そして何よりミュートの制御が怖いほど的確だ。

 オーバルコースの二週目、最後の180度コーナー前にはすでに3台抜いて8位になった僕は7位の黒いスポーツカーを捕らえていた。

「いい調子よ、ロム。バンクを使って加速するからアウトから抜くわよ」

 ダッシュボード中央で立ち上がる小さなミュートが振り上げた手で僕のコースを指示する。するとフロントガラスに緑の蛍光ライトで走行ラインが画像として描き出される。

 ハンドルとアクセルを操作してそのラインにレッドブルを乗せるとミュートが加速を指示。目一杯にアクセルを踏み込むとレッドブルが猛々しくそのエンジンを吠えたてる。

 コーナーの外側に向けて僕もレッドブルも引っ張られ、ハンドルと僕の両腕がギチギチの軋みをあげる。

「今よ!インに切り込んで!」

 歯を食いしばっている僕は唸り声しか上げず、ハンドルをさらに左に切る。レッドブルはタイヤから悲鳴を上げながらも、すり鉢状のコーナーの最上段から急激に駆け下りる。その半ばで黒いスポーツカーを抜き去り、コーナーに置き去りにした。

「よっしゃ!コレで早くも入賞圏内だぜ」

 ダグの歓喜の声がイヤホンから聞こえる。

「ここからが本番だぞ、ダグ!」

「おっとすまない。気が早かったな。さぁストレートを超えたら長いオフロードだ。転送明けに気を付けろよ。6位との差は1秒半だ、ここで加速しすぎておかまを掘るなよ?」

「了解ボス!」

 ストレートコースに入り、右手に観客席が見えてきた。父さんと母さんも来ているはずだ。時速100キロを優に超えた車内から見えるはずも無いんだが、やっぱり目を向けてしまう。

「ちゃんと来てるわよ、ホラ」

 ミュートがフロントガラスの右下に小さな画面を出してくれた。そこには僕のチームロゴの描かれた旗を振りながら左から右に同時に首を振ってレッドブルを追う両親の歓喜の顔が映し出されていた。どちらも右頬にチームロゴをペイントしていて、父さんに至ってはどこで買ったのか大きなウシの顔を象った帽子まで被っている!

 僕は両親が見えてないのが分かっていながらもハンドルを握った右手の親指を上に立てた。

「転送ラインよ。いきなり風景が変わるから注意して!3……2……1……」

 ミュートのカウント終了と同時に僕たちは紫色に光る転送スクリーンに突入した。

 ほんの一瞬だけだが浮かび上がるような感覚が全身を包む。

 毎回ながらこの瞬間はちょっと気持ちが悪い。そう感じた瞬間にはいつもの重力が蘇り、危うくハンドルを取られそうになる。視界には舗装路の先に広大なサバンナが広がっていた。そしてすぐ正面には砂煙をあげ疾走する6位の車……恐らく救急車がベースになっている車がいた。

「ストレートが終わると左の急カーブよ。そこで抜くわよ!」

 オフロードに入って揺れが酷くなったダッシュボードに立つのを諦め、僕の頭の左前方に浮遊しているミュートが指示をする。

「ここじゃダメなのか?」

「ダメね!あの車体でなら体当たりされたらこちらが負けるわ。」

「なるほどね。ならコーナーで相手が外にブレた瞬間……」

「インから刺す!練習の成果が出てきたようね!」

「ミュートのマッサージも効いてきたぞ!」

「う……嬉しい事言っちゃって!さあ、仕留めるわよ!」

ミュートがガイドラインをフロントガラスに描く。今度はブレーキタイミングとアクセルタイミングまで書き込まれている。

「了解!ぶち抜く!」

 レッドブルにドリフトをさせ、救急車の内側に並びながらコーナーに入った僕たちは、コーナーの出口では予定通り6位にその順位を上げていた。

 

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