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Fゲーム  作者: 塚波ヒロシ
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第4章 ドリームシフト

第4章 ドリームシフト


 ダグは叫ぶことは多いが、無言で口に入れたチキンの骨をだらし無く落とす程不作法では無かったはずだ。

 僕の誕生パーティーの次の日の早朝、ミュートを連れ立って箱の中身を持って彼の家に訪れた。珍しく父が仕事前に僕たちを車で送ってくれたのだった。

 車から降りる時「ダグをビビらせて来い」と言ってくれたのが何だか嬉しかった。自分のとっておきを息子の親友に見せるんだ、チョット自慢もしたいんだろうな。

 今まで厳しい父と思っていたんだが僕の中での印象が少し変わった気がする。親しみが湧いたと言うか。ソレは昨日会ったばかりのミュートもそうだ。ダグとミカに彼女を紹介し、その後すぐに母に持たされたパーティーで食べ切れなかったチキンやケーキなどをさらに盛り付け直しているミュートを見ると、やはり僕は彼女の事が気になって居るってのを実感する。パーティーの後、僕の部屋でレースの事とか日常の事を説明したりしたのだが、彼女は結構聞き上手で話し上手だってのがよく分かった。ただまだ僕の事をさん付けで呼ぶ辺り、まだまだダグとミカみたいな関係とは程遠いとも感じる。

 さて、例の箱の中身は手の平大の真っ赤なスポーツカーの模型だった。触れるって事はコレは現実化されているものだって事だ。コマンドを指令すれば今すぐに僕が乗り込むこともでき、レースにもダグの家から帰る時にも走らせる事ができる。しかもコレにはロケットランチャーとマシンガンまで付いていた!

 レースの中にはバトルゾーンが設けられているレースもあり、ゾーン内では火器やブースターが使える。参加する程ランクが高くないけど、高ランクのレースは必ず、低ランクのレースでも火器以外は使用可能ゾーンはあるからオプション装置はコレからの成長に絶対必要だ。

 そんなこの車を見てダグはさっきの状態となったわけだ。あ、僕は昨日チキンは落としていない事を断っておく。

「ヒロムさんはケーキの苺で同じ事をしてましたね」言わないでよミュートさん。

「おいおい、マジかよ!すぐに解析するぞ!良いよな」

「勿論だ!その為に朝から来たんだ」

 言うが早いかダグは空中に画面を三つも出し、立ったままミニカーを色々な角度から見て写真を撮る。ソレを別の画面で合成しあっという間に立体モデルを完成させた。

「ミカ、フォローしてくれ。コイツ、何者なんだ」

 あっため直したチキンを持ってきたミカがミュートを残して隣のキッチンからトコトコと駆け寄り、ダグと向かい合う。ミカは画面を9つも出し、立体モデルを操作し始めた。さすがアイズは処理速度がハンパない。実は三つも画面を同時操作するダグもかなり優秀なのだがアイズのソレは何倍も早く処理できる。コレでも本気じゃないはずだ。

「ヒロムさん、やりましたね!旦那さまが言った通りになりましたよ…」

 僕の隣で並んで解析作業を眺めていたミュートが囁いた。僕もニヤニヤが止まらない。さぁダグ君、この先はもっと凄い秘密があるんだぜ!


「お前の父上に乾杯だ!」

 一通り解析作業し、ソレが終わるのに30分はたっぷり時間を使った。その後僕とミュートの説明を聞き、解析に間違いや見落としが無いかを精査して更に30分。誰も目をやらないテレビからは午前の情報番組が始まった。

「それにしても凄いデータでした!紐付けされた映像データも膨大で、しかも現実化しているんですから。これなら…」

「コレなら一つ上のクラスのレースでもブッチギリの優勝間違い無いな…」

 ダグがコップの中の水を飲み干し、高々と掲げる。僕も少し中身が残っていたがそれに合わせた。珍しく興奮した口調のミカはミュートと目を合わせウンウンと頷いている。

「うん、僕もそう思うんだ!だから今まで溜め込んレースポイントを使う時だと思うんだ」

「って事は、2台で参加って事か?」

「そうだ!フェアレディにはダグが。この赤い車には僕が乗り込む。少なくとも4ポイントは入手出来る!」

「ヒロムさん、優勝するぐらいの事は言って下さいよ」とミュートが口を尖らせる。そりゃそうだ!こんなモンスターマシンを駆ってブービーは有り得ないな。

「ごめんごめん!でダグ、次のレースはいつなんだ?」

「ちょうど一週間後。車を増やす手続きとかもあるからな。明後日のレースには無理だろ?」

「そっかー。僕は早くコイツをお披露目したいんだけどなー」

「焦んなよ。ソレにまだコイツに乗ってもなけりゃマシーンネームさえ未登録じゃないか…」

「フッフッフッー!実はこの子の名前はもう決まっているのですよ!」

「そうなのミュート?父さんは僕が自由に決めて良いって…」

「ちゅんちゅん丸です!コレしかありません!」

 僕たち残りの3人はチキンを口から落とすような不作法者では無い。コンソールの入力画面を出そうとするうら若き女性を羽交い締めする程度の常識人なのだから。


「レッドブルねぇ。強そうで良いんじゃ無いか?」

 謎の関節技をミカに決められ、あまりの痛さに部屋の隅で静かに体育座りをしているミュートを無視し、僕は入力画面に並んだ文字列を見てちょっと満足げだった。ダグが言うように力強い、荒々しい名前の響きが一言で言うとかっこいいと思っている。

 この赤い新車はフロントノーズが平べったく直線的だ。ちょうど車の鼻先に当たる部分にエンブレムが付いていて、そのには今にも駆け出しそうな雄牛が描かれていた。もちろんそこから取った名前だ。

「ほらミュート、泣いてないで帰るぞー」

「うぅー、パロスペシャルかけるだなんて酷い…」

 先程ミカがミュートの悪行を止めた関節技名らし。聞いた事ないけど。

「ロム、レースの手続きと車の調整は俺とミカでやっておく。お前はシミュレーターでレッドブルをモノにしておくんだぞ」

「オーケー、ダグ。何かあったら連絡するよ」

「何もなくても連絡するんだ。レッドブルはフェアレディと違って相当じゃじゃ馬だぞ?毎日走行データを俺に送るんだ」

「わ、わかったよ。なに心配してるんだよ…」

「ふぅ。まぁいいや。とにかく練習はかかすなよ。コイツで勝てないなら後がないからな」


 保護者のように心配するダグとミカと別れ、僕とミュートは家路に着いた。本当はレッドブルで帰りたかったんだがダグにきつく止められた。慣れない車でいきなり公道を走るな!だそうだ。何だよ全く。

 しょうがないから、近くのパーキングでシェアカーを借りて帰る事とした。今日は母が朝から「旅行」の買い出しの為に父と買い物に出掛けているから、昼は外で食べる事になっていた。遅めの昼食を僕のお気に入りのバーガーショップにしようかと助手席のミュートに声を掛けるとまだ肩を揉んでいた。

「そんなに痛かったの?ミカの技?」

「ん?いえ、大丈夫ですよ…」

「なら良いけど。いや〜、人間ってあんな風に身体が曲がるだなんてビックリしたよ!」

「あのねぇ、だったら助けてくださいよ!口から何か出しそうだったわ!」

「でちゃうー!何か出ちゃうー!って泣いてたもんね」

「笑ってるし!本当にもう!で?食事を買ったらシミュレーターで練習ですね」

「うん。メチャメチャ楽しみだよ!こんなモンスターマシンに乗れるだなんて!」

「そう…。なら良いですが。私がちゃんとモニターするから安心してくださいね。当然ビシバシ指導もしてあげますから」

「お手柔らかにお願いしますよ、ミュートさん!ダグは心配していたみたいだけど、なに一週間もあるんだ、乗りこなしてみせるさ!」

 その日の夕方、僕は胃の中の物を全部吐き出してしまい、ダグの心配がその通りになってしまった事を悟ったのだった。


「なななんんんでぇぇままがががらないいいい!」

 何で曲がらないんだと言おうとしたのだが、ダートの凹凸とコントロールを失った車体が左右に尻を振るため喋る事が儘ならない!

「喋らないでロムさん!舌を噛み切るわよ!」

 チクショウ!ステアがこんなに安定しないだなんて!アクセルもブレーキもギアもタイヤも僕の言う事を何一つ聞きやしない!正にモンスターマシンだ。エンブレムに描かれるはずだ。コイツはレースとかドライブとかじゃ無い、闘牛に跨るロデオって奴だ。

 最後の直線をフラフラと走り終える。前回の走りを教訓に、今回はクラッシュしないようにスピードを抑えたはずなんだが、今度はコーナーリングが全く安定しない。僕はぐったりとシートに沈み込んだ。ミュートがタイムをメットのシールドに表示するのだが、ソレを見て更に僕はぐったりした。フェアレディで走ったベストスコアよりも遅いだなんて。

「ロムさん、少し休憩しましょう…」とミュートが一言告げる。彼女も気落ちしているのが声のトーンからも伝わる。あ、でもロムって呼んでくれるのがちょっと嬉しいかも。

 フロントガラスの風景がレース場からいつもの家のガレージ内に戻る。実車に接続した簡易シミュレーター装置を外し、ゆっくりとレッドブルのガルウィングを開く。タオルを持って駆け寄ってきたミュートが心配そうに洗面器を出してくれる。

 今回は大丈夫、とメットを外しながら答える僕に彼女は部屋で少し休憩をする事を提案してくれた。

 ダグには分かったいたんだと今はっきりと確信した。今の僕にはコイツを使いこなせないどころか、もしダグの帰宅にレッドブルに乗って帰ろうものならば絶対に交通事故を起こしていた事を。悔しい気持ちもあったがアイツはソレをあの場で明言しなかった。その心遣いをありがたいと思える程、今は惨めだっだ。何が優勝だよ…。

 部屋に戻り、レーシングスーツを脱ごうとしたが手に力が入らなかった。ハンドルを目一杯の力で握り続けた為手が言う事を聞かなくなってしまったらしい。

 気付いたミュートが僕のレーシングスーツを脱がし、グラブを外してくれた。

「ロムさん、ちょっと待っててね!」

 グラブの中の僕の両手は手の皮が裂け、まるで殺人鬼のソレみたいに血塗れだった。ソレじゃなきゃ魔剣を抜く資格がないのに触ってしまい、電撃で拒否されたお調子者の盗賊のようだ。正にレッドブルに僕は拒否されたって訳だ。

 ミュートが新しいタオルやテーピングやらを持ってくる間、僕は強張って震える両手を見つめていた。いや、実際にはたった2回しか走っていないシミュレーションの事がフラッシュバックしていた。

「僕じゃアイツは乗りこなせない…」

 うわ言のように口から出たが、ソレこそが真実なんじゃないかと思えた。

「もう諦めちゃうの?」

 血まみれの手にそっとタオルをかけてくれたミュートに気づいたお陰でやっと視線を動かす事ができた。視線の先にはミュートがちょっと困ったような顔で僕を見上げていた。

「沁みると思うけど、先ずはお風呂に入ってきたらどうですか?反省会はそこからにしましょ?」

「あ、うん…」

「これじゃ身体が洗えないですね。なんなら私が洗ってあげましょうか?」

「あ、うん」

「ば、バカー!冗談でしょ、もう!さっさとお風呂に入ってください!ちょっと臭いんですから!」

「うん、分かったよ…」

 すでにスーツを脱がされていた為脱いだのは下着だけだったが、ソレさえも脱ぐのに時間がかかった。湯船から桶で湯をすくい、頭からかぶる。手が焼けるように痛いけど、なんだか自分の痛みなのか分からなくなってきた。もう一度湯をかぶる。もう一度、もう一度…。

「そんなに被ったらお風呂のお湯無くなっちゃうわ」

突然のミュートの声にビクッとし後ろを振り返る。そのにはビキニ姿のミュートが仁王立ちしていた。

「やっぱり放心してましたね」

「え…。ちょっ、ちょっと!僕今裸なっ…」

「タオルで隠しておいて!あと手は上げておいて!さっきロムさんが言ったんですよ?一緒に入りたいって」

「あ……そうですね……」

「そんな手じゃ体が洗えないでしょ?可哀想だから私が洗ってあげますから、素直に従って下さい」

「はいー…」

「水着でも恥ずかしいんですから、まったく…」

「すみません、お手数お掛けします」

「ハイハイ、先ずは背中から洗いますよ。って、こっちにも擦り切れがあるわ。沁みるけど我慢してね」

「ひぃ!優しくしてね」

「はぁ、もう…。で、二回しか走ってないけど、どうでしたか?」

「完全に敗北だよ。レッドブルに弄ばれたきぶんだね」(ミュートの喋り方、素が出てきたみたいだなぁ。基本的にお姉さんキャラなのかなぁ…)

「そうよね、前の車よりもタイムが遅いんじゃ…。ロムさんって結構腕に筋肉がついてるのね」

「そりゃ一応鍛えてますから。あ、そのほぐし方気持ち良いー」

「ありがと。肩もこんなに強張ってるね。で、勝算は…難しいですかね…」

「もうちょっと言い方があるだろ?あ、脇の下は優しくしてね」

「はいはい、うわぁ、胸にもベルトが食い込んでたのね。全身傷だらけ!」

「もうさっきから全身がチクチクしてるんだよ」

「たった2回でこんなになるだなんて。ちゅんちゅん丸って殺人マシーンじゃない!あ、頭洗いますよ。痒いところは有りますかー?なんてね」

「実は頭もヒリヒリするんだけど…」

「やだ、メットで切れてるじゃないの!んもー」

 なんかお風呂の素晴らしさにこの歳になって初めて気付いたかもしれません。両親が外出中で本当に良かった!

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