第3章 Close Encounters Of The Third Kind
第3章 Close Encounters Of The Third Kind
「貴方が私のマスターか?」
「マ、マスターって?」
返答に困る僕の横から父が代わって答えた。
「そうだよ、ミュート。コイツは私の倅のヒロムだ。ミュートの新しいマスターになる」
父の返答の間も僕を睨みつけていた彼女は、それを聞き終わると今度は父に視線を移すのだが、僕に向けていたのと違い随分と柔らかな表情となっていた。
「えーと、旦那さま。どうでした?英雄王ぽかったでしょ!」
「いやー、素晴らしかったよー!ビデオをちゃんと見てきたんだね」
「そりゃもう!しかもこのコスチューム!奥さま最高です!」
「サイズもぴったりで良かったわぁー!それ、私の手作りなのよ」
「えー!デジタル作成じゃないんですか?奥様のセンスってプロレベルですよコレ!」
え、どう言う事?僕を置き去りにして三人で分かってる感出さないでよ。今日は僕の誕生パーティーじゃないの?
「父さん、この人はどこに誰だよ!あとこの部屋はなんなんだ?」
「おっとスマンスマン!この子はミュート:ラスルグ。この部屋の司書みたいなもんだ」
父が彼女を僕の正面にやる。この…美人さんが司書、この部屋の管理人って事か。
「ハジメマシテ ヒロムサン ドウゾヨロシク オネガイシマス」
彼女はなんかワザとなのかカタコト口調で話し、カンフー映画のように右の平手に左のゲンコツを胸の前で合わせる礼をした。何故そんな事をするのか全く分からないがさっきの感動を返してくれ。美人が台無しだ。
「彼女は私達のこのコレクションルームを管理してくれていたんだ」
「そう、お父さんのオモチャ箱と私の本棚よ」
父と母が仰々しく両手を広げ部屋を見渡す。僕も釣られて視線を巡らすが、ぱっと見ものすごい量の本と資料だ。下衆な話なのだがこれを売れば新車どころかレースチームを丸々一つ買う事が出来るんじゃないだろうか。
「船に乗った当時はただの古本や中古の玩具程度だったんだけどな。Fスポーツが盛んな今、このコレクションがどれだけ貴重なのかはヒロムの方がわかってるんじゃないかな」
僕の肩に手をやった父は分かりやすく自慢げである。当然だ。この部屋にある物はおそらく全てが「出航前」にデータ化して積んだ物に違いない。何故なら今や使う機会さえもない「漢字」が並んだ表題に使われているし、(翻訳機能をオンにしていれば、カーボンの僕でも読むことぐらいは出来る)それに別の棚に並んでいるミニカー達は半分以上見た事のない車種だ。そのほかにも天井には全く見覚えのないアニメのポスター、二つ並びの事務机には誰かの手書きのマンガ絵のカッコいいサイバー兵士のイラストとかもある。そして最も僕の目を引いたのはその机の左隣にドンと置かれている巨大な全面ガラス張りのショウケースだ。
その中には全く見た記憶がない、いや知る機会すらないSFマシーン達の玩具が所狭しと並んでいた。ミサイルをコレでもかと翼に装着した純白に真っ赤なラインの施してある戦闘機らしいもの。装甲車を積んだホバークラフトは両舷にクリアブルーのアンカーが付いている。その横では黒いヘリコプターが透明なスタンドの上に乗っているので、まるで飛んでいるようだ。メカライオンにメカタイガー、動物型のメカもある。そして最上段には…
「スーパーロボット…」
そう、スーパーロボットが決めポーズをとっていた。Fスポーツプレイヤーなら全財産を失ってでも手に入れたい、あの人が乗り込んで操縦する巨大な戦闘用ロボットの立体物がそこにあった!一つも今まで見た事がないロボットばかりだった。
何故ならロボット同士で闘うバトルフィールドは高額なチケット代で、テレビも有料チャンネルだ。小遣いの全部をチームの運営に費やしている僕やダグには中々見る事が出来ないし、そもそもその元になるアニメや映画、当時の玩具のCMですら持ち主が他人に見られる事で自分のFスポーツでの優位性をなくすと言う事で世に出回ることはない。
そんな些細な情報ですら僕たちの世界ではとても貴重で高価なのだ。今やFスポーツに関わる全ての情報が強さと金になる。その最たるものがスーパーロボットやスーパーマシーンの記録映像なんだ。
それでも年に一回程、どこかの金持ちチームがスーパーロボットを手に入れたとのニュースが流れ、たった一枚の写生画が添えられる。確か去年は宇宙戦争フィールドを専門にしているチームがワールキューレとかってロボットを手に入れたとニュースが流れた。純白で胸を黒と赤のラインが横断しているデザインで、マシンガンのようなものを構えていた。5年前に発見されたファイブレオとか言うロボットに比べ、スマートなシルエットで素早い動きができるとアナウンサーは解説していた。
「触ってもいいの…?」
あまりの事にショウケースのガラスに触れる僕に手の震えが止まらない。あの憧れのロボットが僕に手に入るかと思うと感激を通り越して今にも気絶しそうだった。ミュートの言葉を聞くまでは!
「ごめんなさい、ヒロムさん。見えているのはあくまで立体映像で、まだほとんどが実体化していない言わばビジュアルインデックスなんです。触ったりましてやFスポーツに出場させるためにはポイントやキャッシュが必要です。一応画像を360度ビジュアルにして目の前に表示することは可能なんですが…」
「…え?じゃぁ今度のレースには…」
「ごめんな、ヒロム。私と母さんの持っていたポイントだけじゃ、この莫大なデータを現実化するには全然たりなかったんだよ」
「そんなぁ。これこそ絵に描いたモチじゃないか!」
「コラ!ヒロム!お父さんにそんなこと言うんじゃありません!このコレクションを貴方に残すためにどれだけ苦労したのか分からないの?」
あまりに感激し、そしてあまりに落胆してしまったため、父にとんでもない事を言ってしまった僕自身がそれにビックリしてしまった。なんに努力もなしに文字通り宝物を受け取ったため有頂天になってしまったようだ。
「ごめん母さん、ひどい事を言っちゃったね」
シュンとする僕の肩を父が軽くこづいた。
「そりゃお前が残念なのは分かってたさ。Fスポーツに使うために残したわけじゃなかったんだけど、このコレクションのひとつでも持ってレースに出れば優勝もポイントも賞金も間違いなしだからな!まぁ人生そんなに甘くは無いぞ!」
「それにヒロムさん、ちゃんと聞いていましたか?私の言葉。残念がるのは早いと思うんですが」
「…え?…」
首を傾げる僕にミュート両親は不敵な笑みを向けるのだった。
僕たち4人は階下のダイニングに戻り食事を再開した。そこで両親から改めてミュートの紹介とあの部屋の説明を受けた。
ミュート:ラスルグは出航前に作られたかなり初期のアイズだ。本当は僕よりも年齢は高いのだが、何年に一度のアイズ全体のアップデート期間や父の用事の時にしか活動しておらず、それ以外は部屋のセキュリティを自動で行っていたために全活動時間を合計すると19歳になるらしい。停止中には体の老化も止まってしまうので、100歳越えのお婆ちゃんではないのが僕には嬉しかった。
彼女は言葉の端々にどうやらアニメや映画の台詞回しを使っているらしく、それをこれまたどうやら完全に理解している両親の笑いを誘っていた。そもそも両親がガチオタクだと今日初めて分かった僕は彼らの会話にほとんどついてゆく事ができない。
ミュートはさっきの「マスターか?」以降は丁寧な言葉使いだが堅苦しい訳ではなく、寧ろ年相応の話し振りだ。さっきは美人が台無しだと思ったが逆に美人なのに気さくで接し易い。格好もさっきのブルーのドレスは真っ赤なパーカーに濃いめのネイビーのデニムパンツへと着替え、豊かな金髪は首の後ろあたりでシュシュで纏めている。教室にいる同級生のような感じだ。言い直そう。教室にいるクラスのマドンナって感じだ。美人なので危うくずっと見つめてしまう。
彼女の役割はあの部屋の管理で、部屋の中の物は彼女の許可なく使用どころか閲覧すら出来ない。それはウチの両親すらそうなのだ。その為両親ですら自分のコレクションを勝手に整理する事は出来ない。それとは逆にミュートは持ち主の両親の許可なしにあのコレクションに手を加える事ができる。と言っても本人にその気は無いので大丈夫との事だ。
それ以外はアイズとしての能力は普通らしい。かなり初期に作られたアイズなのだが定期的なアップデートや診断を受けているので、最新版のアイズとなんら変わらない。つまりだ、そこら辺にいる女子と何も変わらないのだ。まぁ僕より見た目もオタク度もかなり高い事は言うまでも無いけど。
今回驚いたのはウチの両親もかなりガチのオタクだと言う事だ。いや、だったと言うべきか。ウチの両親もアイズである。ここに居る両親が、と言う意味だ。僕は受精卵の状態でこの船に乗り込んだ。そこから宇宙の旅を何十年と続けているから両親の本当の年齢はとっくの昔に百歳を超えているはずだ。
地球にいる両親が未だ存命とは思えない。でも、今目の前にいる両親はどちらも四十代だ。ここに居る両親は地球にいた両親の精巧なコピーとして僕のこの船での誕生と一緒に作り出されたアイズだ。といっても、コレは僕だけじゃない。ダグの父親だってそうだし隣の家のササモトさんの両親もそうだ。胎児や受精卵しか載せられなかったこの船にはカーボンの大人は乗せる事ができなかった。その為誕生した子供を育てるのはその本当の親の行動や性格、嗜好をデジタルコピーしたアイズの一番の役割なのだ。現在は大人のカーボンは社会を形成できる程の人口いるし、カーボン同士なら新しい子供を作る事が可能だ。それはこの船のコンピュータも社会全体でも推奨している。それでもまだ受精卵状態で冷凍保存されているカーボンがずいぶん残っているし、コピーとは言えやはり我が子を我が手で育てたいと言うのが親の望みなんだろう。だからこそ、現在地球から運んできた子供がこの世界で誕生や覚醒する場合は十中八九、親のコピーのアイズが務めている。そしてアイズ自身もコピーだと言う事を理解してもその務めを拒否することはあまり聞いた事がない。大昔にはAIが人間に反乱して戦争になるとか学者が声高に叫んでいたらしいんだけど、そんな事は無かったようだ。実際、この近所で見かける大人はまだ殆どがアイズなんじゃないかな?
さて、そんな両親なのだが「地球に居た」頃は2人揃って僕を妊娠する二十代半ばまでガチガチのオタクで消費と生産に明け暮れていたとの事だ。2人ともアニメにゲーム(Fゲームじゃなくテレビゲームってやつだ)マンガに小説(噂に聞いた事がある。ライトノベルというオタク向けの読みやすい小説の事)に小遣いや給料を費やして居た。その中でも父は玩具コレクションと今では伝説となったプラモデル作成(しかも手作業)で、母はイラストを描き、即売会で売って居たのだった。その即売会場で父が母に一目惚れをし、一生に一度の猛アタックをしてめでたく結婚なった。さっきの部屋で観させてもらったのだが若い頃の2人が結婚式で仲良く手を取り合っている画像があった。いや、説明してくれたから僕も分かったんだけど、どうやらそうらしい。何故そんな事を言うのかと言うと2人して爬虫類の表皮や爪などを使った全身甲冑を身に付けていたからだ。画像の下には説明文でレウスとレイアのG級装備と有るが何のことやらわからない。母のもう一つの特技のコスチューム作成の賜物なんだそうだ。なんで結婚式の画像に賛同者全員で焚き火をし、そこで一斗缶程の巨大な肉を焼いているんだろう。しかも教会の前の草ぼうぼうの空き地で!昔の風習かなんか何だろうな、きっと。
そんな2人に結婚してすぐに移民計画の話が飛び込んできた。大して貯金が残って居なかった両親は必死に仕事をしたが目標額にはギリギリ届きそうに無かった。そこで泣く泣く2人のコレクションを現金化したのだった。中には高額で売れた物も有りそのお陰で僕を船に乗せる事ができ、なおかつミュートを用意することも出来たのだった。
そこで2人は踏ん切りがついた。ミュートの処理能力を使い、売るつもりが無かったコレクションを全てデータ化したのだった。売らずに残して居たコレクションは当時でも稀少価値が高い物や骨董価値が付いたものが多く、両親はいつでも閲覧は出来ると自分達に言い聞かせてその後全てを現金化したとの事だった。
その金を使ってこれだけのデータとミュートを船に乗せたんだそうだ。ただ生まれてくる僕に自慢をするためだけに。そして一緒に遊ぶために。その話しをしているときの父は僕の目の前にも関わらず薄らと涙を流していた。
相当な覚悟だったんだろうな。僕だって自分が半生をかけてまで集めたコレクション、例えばレーサーチップスの写真付きカードや復刻版ミニカーとか。ソレをを手放さなければいけないのはこの身を切り刻まれるほどだ。その悔しさや残念さは母も同じだと思い目をやると、あれれ案外平気そうな顔だった。不思議そうな僕に気づいた母がニコニコ答えてくれる。
「ほらー、母さんのコレクションって主に本だったから、触れなくっても中身は読めちゃうのよー。お父さんと違って」
母上様はこう言う時もお元気ですね。でもちゃんと感謝しています。感動は薄れましたが。
そこからは地球の情勢はどうなったのかは分からない。地球は遥か後方で、一応電波は受信出来るらしいが実際の時間と何十年とタイムラグがある為正確な状勢は分からない。時々政府から発表があるがあまり良いニュースは聞いた事がない。戦争こそしていないが災害で多くの人が命を落としているのだけは周知されている。決まってその後には「我々が人類の希望なのです」とお決まりの言葉が続くのだ。僕たちみたいに地球の事をこの電脳空間で再現されたコピーでしか体感出来ない人達は、それほど実感がないのだろう。ソレが問題といえばそうなんだが、政府からして深刻に捉えてないように感じる。
「さてと、経緯はさておきヒロムにはもう一つプレゼントがあるんだ」
父がそういうともう一つ宝箱を出してきた。今ミュートが首にかけている青い宝石のネックレスが入っていた箱と同じものだ。
「ウフフ、実はコッチが本命なのよ?」
母がニコニコして僕に笑いかける。ミュートもチキンを頬張りながらウンウンと頷いている。期待していいの?現金ですか!ポイントですか!フェアレディをやっとパワーアップ出来るような代物ですか!
おそるおそる箱を受け取り、フタを開けようとする僕に母が慌てて口を挟む。
「さっきの呪文で開くんだけど、覚えてる?」
…メモをくれる話しはどうなりましたっけ…